目が覚めた時、花音(かのん)は病室にいた。

(あれ……? 私……)

 札幌で生まれ大学は東京でピアノを専攻していた美樹(みき)花音は、音楽一家に生まれ素晴らしい感性を持ち、たぐいまれな才能を発揮してショパン国際コンクールに臨んだはずだった。

 ポーランドのワルシャワまで来て、本戦にてピアノ協奏曲をオーケストラと共に弾く――はずだったのに。

 目に映るのは白い天井だ。

(会場……行かないと)

 起き上がろうとしてベッドに手をつこうとし、自分の手に違和感を覚えた。

「あぁ……!」

 酸素マスクをつけられた口が、絶望の声を漏らす。

 花音の手にはギプスがつけられ、どう考えてもコンクールに戻るのは不可能に思えた。

「起きた? 花音」

 それまで気付かなかったが、側には椅子に座った祖母洋子(ようこ)と、母の奏恵(かなえ)がいた。

 二人ともかつてショパン国際コンクールで受賞した、有名ピアニストだ。

 だからこそ、花音もこのワルシャワで輝かしい結果を残す事を期待され、彼女自身もこの上なく奮起してコンクールに臨んだのだ。

 それが――。

「私……。手が……」

 呆然として、あまりのショックに涙すら流せないでいる花音を、二人は気の毒そうな目で見てくる。

 責められるより、その目が何よりもつらかった。

「……迂闊だったわね。あなた、早朝にホテルを出てイヤフォンをしながら散歩をしていたでしょう? それでトラックに気付けず事故に遭ったのよ」

 洋子は溜め息混じりに事故の顛末を話す。

 大音量で課題曲を聴いていた花音は、確かに注意散漫だっただろう。

 その結果、一生を左右するコンクールを台無しにしてしまった。

 周りからは〝数年に一度の鬼才〟と言われ、予選でもトップ通過していた。

 幼い頃から花音にピアノの英才教育をしてきた祖母と母も、だからこそ落胆を隠せないでいる。

(私が、愚かだったから……)

 絶望した花音の耳には、そのあと祖母と母が何を言っていたのかすら入らなかった。