「ちょっと待てい!」
危うく、ボートから落ちるところだった。一体、何を言ってるんだこの人……いや、このお化け。
「なに。今も、好きなんだべ。『分かんねぇ』って、どういうこと?」
強めのトーンで聞くと、フネはケロッとして答えた。
「だって、覚えてねぇんだもん、顔も名前も年齢も。ただ、その子と『卒業式の日一緒に桜を見る』って約束したことはちゃんと覚えてんだ。それに、『大好き』って気持ちはずっと消えなくて」
どういう感覚なんだろう。誰かも分からない人のことが、今も好きって、なんだ……?
「年齢もわかんないって……あれ?」
そう言えば。私は、恐る恐る聞く。
「フネは、生きてたら何歳なの?」
高校生の姿の幽霊ってことは、亡くなったときに高校生だったってことなんじゃないだろうか。だとすれば、確実に生きている場合の実年齢は私よりも上ということになる。バリバリため口聞いちゃってたけど、大丈夫なんだろうか。
この質問にも、フネは首を傾げる。
「それも、わかんねぇ。ただ、今は、この姿でいるのが一番しっくりくる気がするからさ」
「あ、そんな簡単に、好きな姿になれるの?」
「うん。ただ、元の顔のつくりとか体型は変えられねぇ。年齢くらいなら自由自在に操作できる」
へぇ……そんなもんなんだ。なんだか、羨ましい。
年齢を操作できるなら、私は幼稚園くらいまで戻りたい。あのくらいの年齢のときが、友達もいて一番楽しかった気がするし。
その後は、他愛もない話をしてしまった。今年は外国からのお客さんが随分多いねとか、お化け屋敷とはまた違う小屋から悲鳴が聞こえてきたんだけどあの小屋はなんなんだべね、とか。なぜかついさっき知り合ったとは思えないくらい話が弾んで、あっという間に時間が過ぎた。
「あれ、そろそろ、戻らないとダメな時間じゃねぇ?」
フネに言われ、スマホで時間を確認してハッとする。そろそろボート、返さなきゃいけない時間じゃん!
「まずい!もう、戻らなきゃ」
急いでボートを漕いで、ボート置き場に着く。無事、辿り着けて良かった。
「あー、楽しかった!」
うーんと気持ちよさそうに伸びをするフネは、もうこの世にいない人には見えなかった。
「結局、なんにも話進展してませんけど、大丈夫?」
聞くと、フネは大きく頷いた。
「なんも、楽しかったからいいんだ」
言った後で、フネはちょっと寂しそうな顔になって言った。
「急に話しかけて、ごめんな。でも、本当に楽しかった。ありがとう」
嬉しそうな笑顔でフネが言ったとたん、フネの輪郭がぼやけ始めた。その体が、徐々に透けていく。
「え?」
ちょっと待ってよ、何?一つも解決してないのに、まさか、成仏するの?
「え、フネ、ちょっと待っ……」
私が言い終わるより先に、その姿が春の景色の中にすうっと消えて行く。
あたしは、しばらくはその場に立ち尽くし、ほとんど独り言みたいに言った。
「……変な夢だったなあ」
危うく、ボートから落ちるところだった。一体、何を言ってるんだこの人……いや、このお化け。
「なに。今も、好きなんだべ。『分かんねぇ』って、どういうこと?」
強めのトーンで聞くと、フネはケロッとして答えた。
「だって、覚えてねぇんだもん、顔も名前も年齢も。ただ、その子と『卒業式の日一緒に桜を見る』って約束したことはちゃんと覚えてんだ。それに、『大好き』って気持ちはずっと消えなくて」
どういう感覚なんだろう。誰かも分からない人のことが、今も好きって、なんだ……?
「年齢もわかんないって……あれ?」
そう言えば。私は、恐る恐る聞く。
「フネは、生きてたら何歳なの?」
高校生の姿の幽霊ってことは、亡くなったときに高校生だったってことなんじゃないだろうか。だとすれば、確実に生きている場合の実年齢は私よりも上ということになる。バリバリため口聞いちゃってたけど、大丈夫なんだろうか。
この質問にも、フネは首を傾げる。
「それも、わかんねぇ。ただ、今は、この姿でいるのが一番しっくりくる気がするからさ」
「あ、そんな簡単に、好きな姿になれるの?」
「うん。ただ、元の顔のつくりとか体型は変えられねぇ。年齢くらいなら自由自在に操作できる」
へぇ……そんなもんなんだ。なんだか、羨ましい。
年齢を操作できるなら、私は幼稚園くらいまで戻りたい。あのくらいの年齢のときが、友達もいて一番楽しかった気がするし。
その後は、他愛もない話をしてしまった。今年は外国からのお客さんが随分多いねとか、お化け屋敷とはまた違う小屋から悲鳴が聞こえてきたんだけどあの小屋はなんなんだべね、とか。なぜかついさっき知り合ったとは思えないくらい話が弾んで、あっという間に時間が過ぎた。
「あれ、そろそろ、戻らないとダメな時間じゃねぇ?」
フネに言われ、スマホで時間を確認してハッとする。そろそろボート、返さなきゃいけない時間じゃん!
「まずい!もう、戻らなきゃ」
急いでボートを漕いで、ボート置き場に着く。無事、辿り着けて良かった。
「あー、楽しかった!」
うーんと気持ちよさそうに伸びをするフネは、もうこの世にいない人には見えなかった。
「結局、なんにも話進展してませんけど、大丈夫?」
聞くと、フネは大きく頷いた。
「なんも、楽しかったからいいんだ」
言った後で、フネはちょっと寂しそうな顔になって言った。
「急に話しかけて、ごめんな。でも、本当に楽しかった。ありがとう」
嬉しそうな笑顔でフネが言ったとたん、フネの輪郭がぼやけ始めた。その体が、徐々に透けていく。
「え?」
ちょっと待ってよ、何?一つも解決してないのに、まさか、成仏するの?
「え、フネ、ちょっと待っ……」
私が言い終わるより先に、その姿が春の景色の中にすうっと消えて行く。
あたしは、しばらくはその場に立ち尽くし、ほとんど独り言みたいに言った。
「……変な夢だったなあ」