そうなのだ。本州最北県にある私たちのまちは、とても冬が長い。だから、どんなに春の訪れが早い年でも、三月上旬――卒業式シーズンに桜が咲くことなんてまずありえない。なんならまだ、桜吹雪のかわりに本物の吹雪が吹き荒れているだろう。
例え何かの間違いで初恋の子と再会できたとしても、卒業式の日にこの場所で桜を見るなんて、九十九パーセント不可能だ。
だけど、幽霊くんは真剣な顔を崩さない。
「わかってる、難しいことだって。でも、約束なんだよ。これ果たすまでは、天国に行けねぇし」
きゅっ、と唇を結ぶ幽霊くん。何かお願いごとをする前みたいな目で、私のことを見てくる。
「なぁ。名前、なんって言うんだ」
「……奈良岡やよい」
なんだか嫌な予感がするけど、私が逃げるより先に彼は言ってしまった。
「なぁ、やよい。出会えたのも、何かの縁だ。一緒に、卒業式の日にあの子と桜見る方法、一緒に考えてくれねぇ?」
「あー……」
どうしよう。なんて言って、断ろう。
だって、絶対無理!初恋がどう、卒業式の桜がどうという以前に、幽霊が成仏する方法を幽霊と一緒に考えるなんて、無理過ぎる!
こっちが必死に拒否する方法を考えているというのに、幽霊くんは勝手に話を進めている。
「まあ、こんな芝生の上で話するのもなんだし、舟でも乗りながら話さねぇ?あっちに、和舟が出てるっきゃ。あれ、ずっと乗ってみたかったんだけど、一人だと寂しくて――」
「やめて!幽霊と和舟に乗るなんて絶対イヤ!」
三途の川じゃないんだからさ。
「だいたいあの舟、他のお客さんたちと一緒に乗るやつだよ。あんたの姿は私以外には見えてないし、声も聞こえてないんでしょ。あの舟であんたと会話したら私、一人で喋ってるヤバいやつだと思われちゃうよ」
「そっかぁ。それもそうだなぁ」
幽霊くんは、「うーん」と考えたあと、ぽんと手を打った。
「んじゃあ、手漕ぎボートはどう?あれは、二人きりで乗れるべ」
「あぁ……」
そう言えば、大人数で乗る和舟の他に、手漕ぎのボートもあったね。本当は断りたくて断りたくてしょうがないけど、目の前にいるのは幽霊なのだ。今は穏やかに見えるけど、逆上して呪われる、みたいなことがあったらたまらない。拒否しきれないよ……。
「……わかった。いいよ」
「マジで?よっしゃ」
無邪気にガッツポーズを決める幽霊くん。この瞬間、あたしの「一人でゆっくり桜を堪能する」という計画は、音をたてて崩れ落ちた。
「したら、早速一緒に行こう!」
「待って、その前にさ。君は、名前、何って言うの」
本人に向かって「幽霊くん」って呼ぶわけにはいかないし。彼は、ちょっと考えてから言った。
「あんまり、生きてた頃の記憶ねぇんだよなぁ。自分の名前も覚えてねぇんだけど……まあ、とりあえず『フネ』って、呼んでくれ」
「フネ?」
うなずく幽霊くん。いいのか、それで。なんか、どちらかと言うと女性的な響きの名前じゃない?
「なに?生きてたときの名前が、そんな感じだった気がするの?」
聞いてみると、幽霊くん――フネは目をキラキラさせて笑った。
「ううん。船が、好きだから」
例え何かの間違いで初恋の子と再会できたとしても、卒業式の日にこの場所で桜を見るなんて、九十九パーセント不可能だ。
だけど、幽霊くんは真剣な顔を崩さない。
「わかってる、難しいことだって。でも、約束なんだよ。これ果たすまでは、天国に行けねぇし」
きゅっ、と唇を結ぶ幽霊くん。何かお願いごとをする前みたいな目で、私のことを見てくる。
「なぁ。名前、なんって言うんだ」
「……奈良岡やよい」
なんだか嫌な予感がするけど、私が逃げるより先に彼は言ってしまった。
「なぁ、やよい。出会えたのも、何かの縁だ。一緒に、卒業式の日にあの子と桜見る方法、一緒に考えてくれねぇ?」
「あー……」
どうしよう。なんて言って、断ろう。
だって、絶対無理!初恋がどう、卒業式の桜がどうという以前に、幽霊が成仏する方法を幽霊と一緒に考えるなんて、無理過ぎる!
こっちが必死に拒否する方法を考えているというのに、幽霊くんは勝手に話を進めている。
「まあ、こんな芝生の上で話するのもなんだし、舟でも乗りながら話さねぇ?あっちに、和舟が出てるっきゃ。あれ、ずっと乗ってみたかったんだけど、一人だと寂しくて――」
「やめて!幽霊と和舟に乗るなんて絶対イヤ!」
三途の川じゃないんだからさ。
「だいたいあの舟、他のお客さんたちと一緒に乗るやつだよ。あんたの姿は私以外には見えてないし、声も聞こえてないんでしょ。あの舟であんたと会話したら私、一人で喋ってるヤバいやつだと思われちゃうよ」
「そっかぁ。それもそうだなぁ」
幽霊くんは、「うーん」と考えたあと、ぽんと手を打った。
「んじゃあ、手漕ぎボートはどう?あれは、二人きりで乗れるべ」
「あぁ……」
そう言えば、大人数で乗る和舟の他に、手漕ぎのボートもあったね。本当は断りたくて断りたくてしょうがないけど、目の前にいるのは幽霊なのだ。今は穏やかに見えるけど、逆上して呪われる、みたいなことがあったらたまらない。拒否しきれないよ……。
「……わかった。いいよ」
「マジで?よっしゃ」
無邪気にガッツポーズを決める幽霊くん。この瞬間、あたしの「一人でゆっくり桜を堪能する」という計画は、音をたてて崩れ落ちた。
「したら、早速一緒に行こう!」
「待って、その前にさ。君は、名前、何って言うの」
本人に向かって「幽霊くん」って呼ぶわけにはいかないし。彼は、ちょっと考えてから言った。
「あんまり、生きてた頃の記憶ねぇんだよなぁ。自分の名前も覚えてねぇんだけど……まあ、とりあえず『フネ』って、呼んでくれ」
「フネ?」
うなずく幽霊くん。いいのか、それで。なんか、どちらかと言うと女性的な響きの名前じゃない?
「なに?生きてたときの名前が、そんな感じだった気がするの?」
聞いてみると、幽霊くん――フネは目をキラキラさせて笑った。
「ううん。船が、好きだから」