大好きなルークと共につかんだ勝利の喜びと彼の指を噛み締めていたクマちゃん。
 先程まで何故かルークとクマちゃんを目を細めて見ていたリオが、何かに気付いたように窓際へ近付いていった。
 
「なんか人増えてねぇ?」

 リオが窓の外を眺め、不思議そうに言う。
 クマちゃんにはよくわからないが、冒険者は家の外の人間の気配などもわかるらしい。

 
「ああ、妙だな。……怪我、ってわけではねぇみたいだが。――少し見てくる」
 
 ソファで書類を見ていたマスターは、窓の方へ視線を投げ、立ち上がるとドアから出ていった。
 
「本当に、どうしたのだろう。皆が今日のリーダーのように、いつもよりも戦いに力を入れた、というわけではないだろうし」 

 一人掛けのソファにゆったりと座っていたウィルが、長い睫毛を伏せ、何かを考えるように呟く。
 たとえ一番灰色が強い野菜ジュースを飲んだとしても、元々の魔力が強い人間でないと、大きな変化は――と考えた所で思い出した。
 大きな変化のありそうな人間が最初に〈クマちゃんのお店〉に来たのではなかったか。


 喜びと指を噛み締めていたクマちゃんだったが、若手冒険者達が遊ぶカードを見て、ふと思い出した。
 ――カードには、占いが出来る物もある。
 何故占いが出来るのか、自分でもよく分からないまま、クマちゃんも自分のカードが欲しい、と思った。
 しかし、先程遊んだカードとは何か違う気がする。どう違うのか分からないが。
 とにかく、自分で作るには、色が付けられる道具が必要だ。
 紙と色を付けるものと、魔石でなんとかなるだろう。
 今朝マスターが言っていた。クマちゃんが何か欲しくなったとき。『その時はルークに伝えるか、俺に直接言ってくれればどうにかする』と。

 早速伝えよう。マスターはお外へ行ってしまったから、ルークがいいだろう。
 指から口を一旦離し、ルークの膝から降りる。そして、リュックの中からペンを取り出し、ソファの上の紙を床に下ろす。
 紙が少ない。とにかく短く、要件だけを伝えなければ。難易度が高いが、やるしかない。

 

「クマちゃんそれマスターの書類じゃね?」

 室内の変化を感じ取ったリオが、視線を窓からクマちゃんに移すと、ソファの上にあった紙が床に散らばっている。
 そして可愛い肉球のついたもこもこの手で、くしゃりと掴み、何かを書いているようだ。
 リオの声はクマちゃんの可愛いもこもこの耳には届かない。集中しているのもあるが、あのもこもこは、時々リオの言葉を聞かない困ったもこもこなのだ。 

 南国の鳥のような男ウィルは何かを考えていて、クマちゃんがくしゃくしゃにしている書類には気付かない。
 気付いても気にしない可能性もあるが。――あの美しい、派手な外見の男は、酒場の他の人間と比べても雑なところが多く、書類だって、多少くしゃくしゃでも読めれば良い、と思っていそうだ。

 ルークは可愛いクマちゃんを見つめている。一生懸命ペンで何かを書いているクマちゃんが可愛いからだろう。
 実際リオだって、マスターの書類が多少読みにくくなると分かっていても、あの可愛い一生懸命なクマちゃんを止められない。
 手元から紙を奪っても、替わりに渡せる白い紙など持っていない。

「く……れよ、ん、え、……の、ぐ? ……お絵描きする道具が欲しいってこと?」

 独創的な文字をなんとか読み解き、クマちゃんに尋ねる。
 クマちゃんが少しだけ頷いている。なんとか正解のようだ。

 頷くクマちゃんと見つめ合い、リオが頷きを返していると、ドアが開いてマスターが戻ってきた。

「…………そうだな。ソファの上に、書類を置きっぱなしにしていった俺が悪いな……」

 片手で目元を覆うようにこめかみを揉み、ソファの下で書類をくしゃくしゃにしている問題児クマちゃんを抱き上げる。
 それから優しくもこもこの可愛い頭を撫で、クマちゃんに「お前の分の白い紙も、持ってくれば良かったな。――悪かった」と言った

 それを見ていたリオは思う。
 マスターは、クマちゃんが急ぎで伝えたいことがあったのに、紙が無かったせいでこうなったと思っているようだが、何かを書きたい時に最初に目に入ったのが書類であれば、例えリュックの中に白い紙があったとしても、あのもこもこは書類に書くだろう。

「くれよん……絵の具? 絵が描きたいのか。――外にいる奴に伝える。少し待ってろ」

 床に散らばったくしゃくしゃの書類から、答えを見つけたらしいマスターが腕の中のもこもこに声を掛ける。

 マスターとリオは勝手に付け足して読んだが、クマちゃんが書いたのは〈クレヨン絵の具〉ではない。


 正解は【くれよ絵の具】だ。


 半分不正解のマスターはクマちゃんを何度か撫で、ルークに、もふ、と生暖かい可愛いクマちゃんを渡すと、また外に出ようとした。

「ねぇマスター。もしかして外に皆がいるのは、氷のような彼が原因なのではない?」

 考え事を止めたウィルが、ドアにふれようとしていたマスターに尋ねる。

「――ああ。まぁ、お前なら気付くか。モンスターが減るのがいつもより早いってのと、森が寒すぎるからと温泉に入りに戻ってきたらしい」 

 呼び止められたマスターがウィルに視線だけ向け答え、「気になるなら、お前らも外に来い」と言い残し外へ出る。

 
 それまで黙ってクマちゃんを愛でていたルークが、もこもこを抱いたまま立ち上がり、ドアに近づくと、何も言わずにそのまま外へ出ていった。 
 窓の側に居たリオが後に続き、ソファから、シャラ、と音を鳴らし立ち上がったウィルも、少し遅れて外へ向かった。


 ルークに抱っこされたクマちゃんが外に出ると、湖はたくさんの冒険者で賑わっていた。

「さみー」
「ほんとそれ」
「大型モンスターよりやばい」
「間違いない。絶対勝てないし」
「勝てるわけねーだろ。生態系変えられそうな相手に」
「俺ら絶滅すんじゃね?」
「お前と俺をひとかたまりみたいに言うんじゃねーよ」
「でもここに逃げてきた奴らまとめてもあの人には勝てねぇな」
「ああ、氷像みたいにされるわ」
「それは嫌だ」
「お前の氷像とか美しくねー」
「じゃあお前は自分が美しい氷像になれると思うのかよ」
「思うわけないよねぇ」
「誰だ今代わりに答えたの」

 クマちゃんにはよくわからない事も言っているが、悲壮感はないようだ。
 寒いと言いながら、すぐにお風呂に行かないのは、もしかして、あの大きさのお風呂では皆で入れないということなのでは。
 大変だ。急いでもっと大きいのを作らなければ。
 ルークに地面に降ろしてもらい、すぐに石を集める。

「もしかしてクマちゃん、また露天風呂つくるの?」

 リオの質問に頷き、また石を探す。


「クマちゃんは本当に可愛らしいし優しいね。石は僕が集めておくから、リーダーはクマちゃんと場所を整えてきたらいいのではない?」

 ウィルは話ながら魔法を使い、自分の目の前に石を集めだした。

「ああ」

 ルークは愛らしいクマちゃんを褒め、地面で石を拾っていたもこもこをフワリと抱えると、リオに視線で指示を出し、最初に露天風呂をつくった場所からやや離れたところへ移動した。
 

 ルークに抱えられたクマちゃんが大きな露天風呂建設予定地の前で待っていると、すぐにリオが手に袋を持ち走ってきた。 
 先程ルークはリオに〈クマちゃんのお店〉に纏めて置いてある、冬の支配者クライヴからの贈り物を取ってくるよう頼んでいたようだ。

「ここにすんの? 魔石何個だせばいい?」

 リオがクマちゃんに尋ねる。
 クマちゃんは肉球をリオに見せるように、もふもふの口の横あたりに手を上げた。

「いや、肉球は可愛いけど俺それじゃわかんねーから」

 何故かリオはクマちゃんが立てている指の本数が分からないらしい。どうしてだろうか。

「五だろ」

 すぐにルークが答えてくれた。「えぇ……」風のささやきも聞こえた。
 指の立て方が何かおかしかったのかと思ってしまったが、特に問題はないようだ。


 森へ少し入り、魔石を地面に置いてもらい願いを込めて杖を振る。
 目の前に、クマちゃんの願った通りの大きな広場が出来た。

「おー。すっげぇ。マジで最初からこうだったみたいに違和感ないよね」

 森が煌めき、大きな広場が出来る様子は一度見いても慣れないらしい。
 リオが感動している。

「そうだな」

 ルークに撫でてもらっていると、側でザッと強い風が吹いた。
 おそらくウィルが魔法で石を近くまで運んでくれたのだろう。続けてガラガラと硬いものがぶつかる音がする。

「とても素敵な広場だね」

 ウィルが出来たばかりの広場へ入ってきて言った。

「じゃあ後は前と同じで石を円形に並べればいいんだよね?」

 リオの質問に頷くと、ルークが片手を少し動かし、ウィルが広場の側へ運んでくれた石が、次々と中へ入ってきた。

 三人が石を並べていき、クマちゃんが肉球で石をペチペチと叩き、リオが「……その音かわいい……」と悔しそうに呟き、無事、巨大露天風呂は完成した。

 たくさんの冒険者が一度に入れるようにつくられたそれは、直径が十メートルを超える巨大な露天風呂だ。
 現場職人クマちゃんは深く頷いた。うむ。これなら皆温まれるだろう。
 そういえば、洗う場所がいるのだった。――ついでに作っておこう。

 リオが「すげーでけー。マジすげー」と湯に手を入れている横を通り、芝生を叩きながらルークを見る。

 一人と一匹の気持ちはすぐに通じ合い、クマちゃんがいる場所に石と魔石を置いてくれた。

「え? まだなんか作んの?」

 露天風呂を見ていたリオが顔を上げ、クマちゃんに尋ねるが、今は忙しいので作業を進めてしまおう。
 ただの石だと寂しいだろう。頑張って可愛いものを作らなければ。
 近くの植物をむしって魔石の上に載せ、杖を振る。
 
 地面の一部に真っ白なタイルが敷かれ、近くの樹からいくつか枝が伸び、そこに青く光る花が咲いた。


「何か美しいものが出来たね。あの青く光る花は見たことが無いけれど――」

 光る花を見ていたウィルが呟く。

「めっちゃ綺麗じゃん。露天風呂でこの光る花眺めながら入るかんじ?」

 湯から手を出し、雫をはらい、嬉しそうに樹の枝に光る花へ近付くリオ。 
 すると花は光を強め、ウィルの「魔力を感じるね」という声と共に、花から温かい湯が雨のように降り注いだ。

「…………いや、すげーけどめっちゃ濡れたんだけど……」

 頭上の花から降り注ぐ湯に全身を濡らされながら、リオはもう一度「すげぇけど……」と呟き、つぶらな瞳で可愛くこちらを見つめ頷く、共に濡れて細くなったクマちゃんへ、無表情で頷きを返すのだった。