「クマちゃんてカードゲームとか出来るんすか?」

 クマちゃんという生き物がなんなのかよく分かっていない若手冒険者の一人が、マスターに尋ねる。
 
「こいつは文字も読めるし書ける。簡単なやつなら、すぐ覚えるだろ」

 クマちゃんを溺愛しているマスターは、可愛いもこもこの字が少し独創的で読みにくいことは言わない。

「へぇー。薬も作れるし、演奏も出来るし、魔法もすげーし、クマちゃんて何でもできるんすね」

 若手冒険者はマスターが少し盛って話したことに気付かない。彼の中のクマちゃんは、出来ないことなど何もない完全体クマちゃんに進化したようだ。
 無害に見えるもこもこは、宣伝カーによる自損事故など、時々結構な問題を起こしているのだが、目撃者が少ない上、被害者が皆クマちゃんを訴えず許してしまうので、何も知らない人間の目に映るもこもこは、ただの可愛らしく能力の高い凄い生き物だ。

「クマちゃんすごいね」 
「うん。すごい」

 若手冒険者達全員がクマちゃんを褒めだしても、マスターは、
   
「そうだ。白いのは可愛くて優しくて賢い」

と彼の膝の上でカードの絵柄を若手冒険者達に見せるように持っているクマちゃんを撫でるばかりで、誤った情報を訂正することをしなかった。


「じゃあ簡単なやつでいいすか?」 

 若手冒険者はそう言って道化師のカードをマスターとクマちゃんに見せる。
 森の街の人間が、『簡単なやつ』『一番簡単なやつ』『最後にあれ持ってたら負けるやつ』『道化師のやつ』と呼んでいるもので、手札に同じ数字のカードが揃ったら捨て、最後に道化師のカードを持っている者が負け、というカードゲームだ。

「ああ、それでいい」

 マスターは、クマちゃんが肉球のついた手に持っていた二枚のカードを「一旦、配り直すから離そうな」と抜き取ろうとしたが、何故か抵抗に遭い、もう一度「すぐに返してやるから一旦手を離せ」と言って、ようやくそれを取り返すことに成功した。

「この、道化師のカードを最後に持ってたやつが負け、だ。わかったか?」

 ルールを説明し、マスターが最後にそう言うと膝の上の可愛いクマちゃんが深く頷いた。ちゃんとわかったらしい。

 配り直されたカードが多すぎて、上手く持てないクマちゃんの肉球のついた手をマスターが横から支え、見守る。彼は参加者ではなく、クマちゃんのお手伝いだ。

「じゃあ、目の前のカードから好きなやつを選んでみろ」

 クマちゃんがカードを引く番になり、マスターが優しく教える。
 もこもこのクマちゃんの手が目の前のそれに掛けられた。

「いやいやいや、クマちゃん手首押すのやめて! マスター、クマちゃんがズルしようとしてくるんすけど」

 若手冒険者の手首に肉球のついた手を掛け、手札を全部見ようとする狡猾なクマちゃん。悪質な初心者である。

「ああ、説明が足りてなかったか……。これはな、相手がなにを持ってるか分からない状態で遊ぶものなんだ。手首は駄目だ」

 可愛いクマちゃんが、初めてのカードゲームでズルなんてするはずが無いだろう、とルールの説明を付け加えるマスター。
 素直な初心者クマちゃんは、今度は大人しくカードを選び、カードの絵柄を見て、又相手の手札に戻した。

「いや、今一回見たよね。それもうクマちゃんのだから」

 若手冒険者は、道化師のカードを自分に返してきたクマちゃんに、冷静に対処した。

 
 嫌な絵柄のカードを始末したいクマちゃんは、他の若手冒険者の手がクマちゃんの嫌いなカードに近付くたび、口元がもふっと膨らんでしまい、結局負けてしまった。
 落ち込んだ可哀想なクマちゃんがマスターの膝の上で丸くなり、マスターが慰める。

「お前は初心者なんだから、いきなり勝つのは難しいだろ。――ほら、他の遊びにするか?」  

 優しく声を掛け、丸くて可愛らしいもこもこの頭を撫でるマスターだったが、クマちゃんは膝の上で丸くなったままだ。
 絶対に負けたくなかったらしい。
 マスターが仕事に戻らず優しくクマちゃんを撫で続けていると、家のドアが開いた。

「あれ? クマちゃんどうしたの? マスターなんかやった?」

 家に入ってきたリオがマスターの膝で丸くなるクマちゃんを見て尋ねる。

「やるわけねぇだろ。――それより、お前ら。いくらなんでも休憩には早すぎるだろ。何かあったのか?」

 数時間後に休憩に来るはずのリオ達が、一時間も経たずに帰ってきたことを心配するマスター。

「問題ではないと思うけれど、リーダーがいつもより張り切ってモンスターを倒してくれたからね」 

 ウィルは涼やかな声でマスターの質問に答え「周りに敵がいなくなってしまって」と続け、シャラ、という音と共に一人掛けソファに座った。

「……そうか。じゃあ異変が起こったわけでは無いんだな」 

 マスターが顎髭をさわり考えるように話すと、膝の上の丸いクマちゃんをルークの大きな手が攫っていった。

「どうした」

 ルークはクマちゃんの、いつもはまん丸の可愛らしい瞳が、今は悲しげなのを見て、もこもこの顎下をくすぐり尋ねる。

「あー。そいつは、さっき初めてカードゲームで遊んだんだが、……負けて少し、落ち込んでるだけだ」

 マスターはクマちゃんを傷つけないよう言葉を探そうとして、見つからず、結局そのまま事実を伝えた。


 敗北者クマちゃんは、大好きなルークに初勝利の報告が出来なかったことを悲しく思っていた。
 しかし、クマちゃんは気が付いてしまった。
 今自分を優しく撫でてくれているルークは何でも強い、ということに。
 何でも強いルークと一緒にカードゲームをすれば、あの、クマちゃんの嫌いなカードを引かずに済むのではないだろうか。

 クマちゃんはルークの腕の中から若手冒険者達が遊んでいるカードゲームを、肉球のついたもこもこの手で指した。


「遊びてぇのか」

 森の魔王のような、絶対に人と仲良く遊ぶタイプではない風貌のルークが、おねだりするクマちゃんを抱えたまま、若手冒険者達の輪に加わり、座った。
 後ろから「えぇ……リーダーの遊ぶってなんか違う意味に聞こえるんだけど」というかすれた声が聞こえる。

「え!! ルークさんカードゲームとかやるんすか?」

 いきなり自分達の輪に加わった、可愛いクマちゃんを抱いた最強の男にビビる若手冒険者。

「なんかカードで真っ二つにされそう」
「わかる」

 若手が全員ビビっているが、聞こえているはずのルークは反応しない。
 カードを配れということだろう。

 指の長いルークが、片手でカードを持ち、クマちゃんがその手に肉球をのせる。一緒に持っているつもりらしい。
 ルークとクマちゃんがカードを引く番になった時、ルークは膝の上の可愛いもこもこに、
 
「好きなのを選べ」

と無駄に色気のある声を掛ける。
 そしてピンク色の肉球がついたもこもこの手が一枚のカードを選ぼうとしたとき、ルークがクマちゃんのお手々の位置を、スッ、と隣にずらした。

「リーダー……それクマちゃん全然好きに選んでないじゃん」

 かすれた風のささやきはルークとクマちゃんの耳には届かない。
 若手冒険者達は「……今めっちゃずらされたんだけど。ていうか何でわかるんすか。なんか怖いんすけど」「今普通にずらしたよね」「見た」と口々に言うが、ルークとクマちゃんはいつも通りの顔をしている。
 クマちゃんが好きに選んだことになったカードは、問題なく手元のカードとペアになり、すみやかに場に捨てられる。
 そして当然その後も、何でもお見通しのルークはゲームが終わるまで、クマちゃんの可愛いもこもこのお手々を、堂々と動かし続けた。


 こうして操り人形クマちゃんは、目論見通り、初勝利をもぎ取ることに成功したのだった。


 大喜びのクマちゃんは興奮でふんふんと鼻をならし、何でも最強の男ルークの手を甘噛みしている。

「えぇ……。クマちゃんそれでいいの?」

 リオは、不正行為で手に入れた勝利に酔いしれているクマちゃんを見て、本当にお前はそれでいいのか、と尋ねるが、クマちゃんの耳には届かない。

「初めて遊んだんだから勝ちたくて当然だろ。そのうち自分で勝てるようになる」

 可愛いもこもこの喜びに水を差すリオに、マスターはまるで、クマちゃんがもう二度と不正行為をしないかのように擁護した。
 しかし、リオは思った。

(あの獣は、勝ちたければ何度でも操り人形になるだろう)と。