ルークにご飯を食べさせてもらったクマちゃんは現在、自分のお店へ楽器を取りに来たところである。
食事のとき、彼が視線で伝えてくれた。
よだれかけはもうしなくていいと。
でも、とクマちゃんは考えた。
ご飯の時だけなら、リボンが汚れなくて便利な気もする。
うむ。時々ならつけてもいいかもしれない。
せっかくルークがクマちゃんのことを思って買ってきてくれたのに、いらないとは言いたくない。
朝は少しだけ嫌がってしまったが、可愛いクマちゃんにはなんでも似合うのだ。
少々子供っぽい格好だったとしても問題ない。うむ。
◇
「クマちゃんさっきの可愛くないから可愛いやつにしてくんね?」
しつこいリオは格好いいのより可愛いのが好きなようだ。
演奏家はリクエストにも応えなければ。
可愛い演奏というのはどういうものだろうか。
クマちゃんが演奏するならなんでも可愛いと思うのだが。
「クマちゃんこれは?」
リオが指さしているのは木琴だった。
うむ。ではそれにしよう。
「この舞台も運ぶかい? 酒場の中央に設置していつでも演奏出来るようにしたら良いのではない?」
ウィルが気の利いたことを提案してくれたので、うむ、と頷く。
「他にはあるか」
片手で台を持ったルークがクマちゃんに聞いてくれた。
クマちゃんは彼をじっと見つめ『クマちゃんはそれでいいと思います』という気持ちを伝えた。
すぐにわかってくれたルークは、空いている方の手でクマちゃんを抱っこして酒場へ向かう。
木琴はリオが運んでくれるらしい。うむ。
クマちゃんは視線で『すごく木琴を運んでますね』と感謝を伝えておいた。
「めっちゃ見られてる……」
◇
ルークが酒場の中央に台を置く。
彼がクマちゃんを抱いたまま、周りにあるテーブルの一つを片手で掴むと、
「いやいやいや、ルークさんちょっと待ってください俺ら普通にまだ食ってるんで。今すぐ自分らで動かすんで、指示お願いします」
どうやら食事中のテーブルだったらしい。
ルークなら零さず運んでくれるから問題ないと思う。
他のテーブルにいる人達が「ルークさんやべぇ。俺らまで運ばれる。……おい、お前ら早く動くぞ」あちこちで移動を開始する。
「リーダーやべぇ。あいつら乗せたまま片手で運ぶかと思った」
「彼なら普通にやるのではない? 僕は運ばれるほうにはなりたくないけれど」
リオとウィルは運ばれたくなさそうだ。
何故だろうか。ルークに抱えて貰うのは嬉しいことなのに。
◇
設置された舞台の上で丁寧にお辞儀をする。
「かわい~。挨拶してるのかな?」
「クマちゃんて演奏も出来るんだ?」
「どんな曲だろうな」
「ああ、楽しみだな」
冒険者やギルド職員達が近くのテーブル席に座り、クマちゃんの演奏が始まるのを待っていた。
ルーク達はクマちゃんの舞台のすぐ横の席で見守ってくれているから安心だ。
木琴の前へ移動し演奏の準備をする。
最初はクマが出てくる曲がいいだろう。
何処で聴いた曲なのかわからないが何故か楽器に触れると曲を思い出す。
ピンク色の肉球がついたもこもこの手で名前の分からない棒を持つ。
なんとなく、懐かしい気持ちになりながら間違えないように音を鳴らしていく。
「わぁ~。聴いたこと無い曲だけど明るい感じでかわいいね」
「本当だ。何の曲なんだろう」
「一生懸命でかわいいな」
「軽快な感じの曲だな」
一曲目の終わりに周りに目をやると、近くの席に氷のように冷たいが実は優しい男クライヴがいるのが見えた。
頷いているのを見ると楽しんでくれているのだろう。
二曲目はちょうちょの曲がいいかもしれない。
「これもかわいいね~」
「ね! 今かわいいって言葉で思い出したんだけど。あの話聞いた?」
「え? なんの話?」
「このギルドの格好いい感じの美人の子いるじゃん」
「うん。彼氏はちょっとかわいい感じの顔だっけ?」
「そう、その彼氏なんだけど。最近浮気したらしいよ」
「な、なんで? 仲良かったよね?」
「それが、格好いい子より可愛い子の方がいいって、広場の近くのお店で働いてる子に手出したんだって」
「なにそれ~。ひどい! 格好いい美人の何がだめなの?」
「ひどいよね。あの美人の子だって格好いいけど可愛いとこだってあるでしょ。……でもさぁ男は結局可愛い子のほうがいいのかなーって。まぁ冒険者やっててそんなん無理だけどね」
「なぁ、今なんか音乱れなかったか?」
「ああ、なんか急に曲調が変わった気がするんだが」
クマちゃんの高性能な耳が変な会話を拾ってしまった。
かわいいクマちゃんには関係のない話だ。
格好良くて可愛いクマちゃんには関係ないはずなのに、何故か急に不安を感じる。
大人気店の店長クマちゃんは格好良いだけじゃなく可愛いのだから、ルークは浮気したりしない。
ちょうちょじゃなくて鶴と亀が思い浮かぶのは何故だろうか。
「あれ? 曲変わったわけじゃないよね? なんだろ……何か不安になる曲。……それで格好いい美人の子はどうしたの?」
「本当だ、よくわかんないけど、なんか……不安になる。……それがさぁ『遊びなら一回だけ見逃してやる。違うのならボコボコにする』って言ったらしいよ」
「な、なんか勇ましいね」
「でも見逃そうとしたって事は大好きってことじゃん? それなのにその男。それに気付かないで『だから、そういうとこが可愛くないんだよ! ……もう、別れよう』って自分が悪いくせにマジでムカつくわー。まぁその後ボコボコにされてたけど」
「だ、大丈夫だったの?」
「その彼氏の知り合いが引きずって運んでたらしいから平気なんじゃない? まぁ結局別れたらしいけど。その格好いい美人の子、ボコボコにしたあと泣いてたらしいよ。『貴様の様な男を好きだった自分が情けない』って」
「な、なんか泣き方も格好いいね」
「なぁ、曲がどんどん不安を煽る感じになっていくな……」
「ああ、なんの曲かわからないが、はっきりと不安を感じる……凄い才能だ」
クマちゃんには関係ない話だったが、なんとその二人は別れてしまったらしい。
浮気。そして別れ。
原因は、格好いいから。
ルークはそんなこと気にしないし、クマちゃんはかわいくもあるから大丈夫。
でも、好きなのに、別れてしまうこともあるということだろうか。
手が勝手に悲しい曲を弾いてしまう。何故頭に牛が浮かんでくるのだろう。
「な、なんだろ……なんか涙が出てくる……それで、その子って別れたあとどうなったの?」
「ね……凄い泣ける。……それがさぁ、さっき話した、彼氏の知り合いが『俺は昔からずっとお前の事が好きだった。でも、あいつの話をするお前が幸せそうに見えたから……』って」
「な、なにそれ! え、それもネトラレっていうのかな」
「びっくりだよね。……別れたあとだから大丈夫じゃない? ギリギリかもしれないけど」
「なぁ、なんでこんなに悲しいんだろうな……」
「ああ、音楽で泣いたのなんて初めてだ……やるな、あのもこもこ」
格好いい女の人は別れたあと別の男に拾われてしまうらしい。
牛も誰かの手に渡ってしまう。
クマちゃんはルークに捨てられたりなんかしない。
でも、不安でしかたない。
悲しい気持ちでいっぱいのまま、曲は終わってしまった――。
酒場の客が全員で立ち上がって力強く拍手をしてくれる。
酒場内すべての席で鳴るその音は耳が痛くなる程で、皆喜んでくれたのが伝わってくる。中には泣いている人達もいる。
クマちゃんの悲しみが皆に伝わったんだろう。
かわいい曲では無かったかもしれない――。
また不安になったが、演奏を最後まで聴いてくれた皆にお礼をしなければ。
クマちゃんは名前のわからない棒をもこもこの手でそっと置いた。
舞台の前で丁寧におじぎをすると、ルークがクマちゃんを抱っこして小さな可愛い花束を渡してくれた。
クマちゃんはハッとした。
もしかして、ご飯の前に買いに行ってくれたのだろうか?
マスターのところに居るのだと思っていたのに。
嬉しくてふんふんすると、いつものように優しく撫でてくれた。
うむ。大人気店の店長クマちゃんの演奏会は大成功である。
〝大人気店の格好良い店長クマちゃん〟
『格好いい子より可愛い子の方がいいって、広場の近くのお店で――』
一瞬脳裏を過ぎった言葉。
クマちゃんの心臓を名前の分からない棒が『クマちゃん格好いい――』と叩いた。
――少しだけ憂鬱な気持ちが残ってしまったような。
おそらく演奏が凄すぎたせいだろう。
早く肉球をなめて落ち着かなければ――。
今日は寝る前にルークにたくさんなでてもらおう。
そして、明日からちょっとだけお洒落にも気をつけよう。
クマちゃんは絶対にルークに振られたりしない。
でも念のため〝かわいい〟を増やさなければ。
食事のとき、彼が視線で伝えてくれた。
よだれかけはもうしなくていいと。
でも、とクマちゃんは考えた。
ご飯の時だけなら、リボンが汚れなくて便利な気もする。
うむ。時々ならつけてもいいかもしれない。
せっかくルークがクマちゃんのことを思って買ってきてくれたのに、いらないとは言いたくない。
朝は少しだけ嫌がってしまったが、可愛いクマちゃんにはなんでも似合うのだ。
少々子供っぽい格好だったとしても問題ない。うむ。
◇
「クマちゃんさっきの可愛くないから可愛いやつにしてくんね?」
しつこいリオは格好いいのより可愛いのが好きなようだ。
演奏家はリクエストにも応えなければ。
可愛い演奏というのはどういうものだろうか。
クマちゃんが演奏するならなんでも可愛いと思うのだが。
「クマちゃんこれは?」
リオが指さしているのは木琴だった。
うむ。ではそれにしよう。
「この舞台も運ぶかい? 酒場の中央に設置していつでも演奏出来るようにしたら良いのではない?」
ウィルが気の利いたことを提案してくれたので、うむ、と頷く。
「他にはあるか」
片手で台を持ったルークがクマちゃんに聞いてくれた。
クマちゃんは彼をじっと見つめ『クマちゃんはそれでいいと思います』という気持ちを伝えた。
すぐにわかってくれたルークは、空いている方の手でクマちゃんを抱っこして酒場へ向かう。
木琴はリオが運んでくれるらしい。うむ。
クマちゃんは視線で『すごく木琴を運んでますね』と感謝を伝えておいた。
「めっちゃ見られてる……」
◇
ルークが酒場の中央に台を置く。
彼がクマちゃんを抱いたまま、周りにあるテーブルの一つを片手で掴むと、
「いやいやいや、ルークさんちょっと待ってください俺ら普通にまだ食ってるんで。今すぐ自分らで動かすんで、指示お願いします」
どうやら食事中のテーブルだったらしい。
ルークなら零さず運んでくれるから問題ないと思う。
他のテーブルにいる人達が「ルークさんやべぇ。俺らまで運ばれる。……おい、お前ら早く動くぞ」あちこちで移動を開始する。
「リーダーやべぇ。あいつら乗せたまま片手で運ぶかと思った」
「彼なら普通にやるのではない? 僕は運ばれるほうにはなりたくないけれど」
リオとウィルは運ばれたくなさそうだ。
何故だろうか。ルークに抱えて貰うのは嬉しいことなのに。
◇
設置された舞台の上で丁寧にお辞儀をする。
「かわい~。挨拶してるのかな?」
「クマちゃんて演奏も出来るんだ?」
「どんな曲だろうな」
「ああ、楽しみだな」
冒険者やギルド職員達が近くのテーブル席に座り、クマちゃんの演奏が始まるのを待っていた。
ルーク達はクマちゃんの舞台のすぐ横の席で見守ってくれているから安心だ。
木琴の前へ移動し演奏の準備をする。
最初はクマが出てくる曲がいいだろう。
何処で聴いた曲なのかわからないが何故か楽器に触れると曲を思い出す。
ピンク色の肉球がついたもこもこの手で名前の分からない棒を持つ。
なんとなく、懐かしい気持ちになりながら間違えないように音を鳴らしていく。
「わぁ~。聴いたこと無い曲だけど明るい感じでかわいいね」
「本当だ。何の曲なんだろう」
「一生懸命でかわいいな」
「軽快な感じの曲だな」
一曲目の終わりに周りに目をやると、近くの席に氷のように冷たいが実は優しい男クライヴがいるのが見えた。
頷いているのを見ると楽しんでくれているのだろう。
二曲目はちょうちょの曲がいいかもしれない。
「これもかわいいね~」
「ね! 今かわいいって言葉で思い出したんだけど。あの話聞いた?」
「え? なんの話?」
「このギルドの格好いい感じの美人の子いるじゃん」
「うん。彼氏はちょっとかわいい感じの顔だっけ?」
「そう、その彼氏なんだけど。最近浮気したらしいよ」
「な、なんで? 仲良かったよね?」
「それが、格好いい子より可愛い子の方がいいって、広場の近くのお店で働いてる子に手出したんだって」
「なにそれ~。ひどい! 格好いい美人の何がだめなの?」
「ひどいよね。あの美人の子だって格好いいけど可愛いとこだってあるでしょ。……でもさぁ男は結局可愛い子のほうがいいのかなーって。まぁ冒険者やっててそんなん無理だけどね」
「なぁ、今なんか音乱れなかったか?」
「ああ、なんか急に曲調が変わった気がするんだが」
クマちゃんの高性能な耳が変な会話を拾ってしまった。
かわいいクマちゃんには関係のない話だ。
格好良くて可愛いクマちゃんには関係ないはずなのに、何故か急に不安を感じる。
大人気店の店長クマちゃんは格好良いだけじゃなく可愛いのだから、ルークは浮気したりしない。
ちょうちょじゃなくて鶴と亀が思い浮かぶのは何故だろうか。
「あれ? 曲変わったわけじゃないよね? なんだろ……何か不安になる曲。……それで格好いい美人の子はどうしたの?」
「本当だ、よくわかんないけど、なんか……不安になる。……それがさぁ『遊びなら一回だけ見逃してやる。違うのならボコボコにする』って言ったらしいよ」
「な、なんか勇ましいね」
「でも見逃そうとしたって事は大好きってことじゃん? それなのにその男。それに気付かないで『だから、そういうとこが可愛くないんだよ! ……もう、別れよう』って自分が悪いくせにマジでムカつくわー。まぁその後ボコボコにされてたけど」
「だ、大丈夫だったの?」
「その彼氏の知り合いが引きずって運んでたらしいから平気なんじゃない? まぁ結局別れたらしいけど。その格好いい美人の子、ボコボコにしたあと泣いてたらしいよ。『貴様の様な男を好きだった自分が情けない』って」
「な、なんか泣き方も格好いいね」
「なぁ、曲がどんどん不安を煽る感じになっていくな……」
「ああ、なんの曲かわからないが、はっきりと不安を感じる……凄い才能だ」
クマちゃんには関係ない話だったが、なんとその二人は別れてしまったらしい。
浮気。そして別れ。
原因は、格好いいから。
ルークはそんなこと気にしないし、クマちゃんはかわいくもあるから大丈夫。
でも、好きなのに、別れてしまうこともあるということだろうか。
手が勝手に悲しい曲を弾いてしまう。何故頭に牛が浮かんでくるのだろう。
「な、なんだろ……なんか涙が出てくる……それで、その子って別れたあとどうなったの?」
「ね……凄い泣ける。……それがさぁ、さっき話した、彼氏の知り合いが『俺は昔からずっとお前の事が好きだった。でも、あいつの話をするお前が幸せそうに見えたから……』って」
「な、なにそれ! え、それもネトラレっていうのかな」
「びっくりだよね。……別れたあとだから大丈夫じゃない? ギリギリかもしれないけど」
「なぁ、なんでこんなに悲しいんだろうな……」
「ああ、音楽で泣いたのなんて初めてだ……やるな、あのもこもこ」
格好いい女の人は別れたあと別の男に拾われてしまうらしい。
牛も誰かの手に渡ってしまう。
クマちゃんはルークに捨てられたりなんかしない。
でも、不安でしかたない。
悲しい気持ちでいっぱいのまま、曲は終わってしまった――。
酒場の客が全員で立ち上がって力強く拍手をしてくれる。
酒場内すべての席で鳴るその音は耳が痛くなる程で、皆喜んでくれたのが伝わってくる。中には泣いている人達もいる。
クマちゃんの悲しみが皆に伝わったんだろう。
かわいい曲では無かったかもしれない――。
また不安になったが、演奏を最後まで聴いてくれた皆にお礼をしなければ。
クマちゃんは名前のわからない棒をもこもこの手でそっと置いた。
舞台の前で丁寧におじぎをすると、ルークがクマちゃんを抱っこして小さな可愛い花束を渡してくれた。
クマちゃんはハッとした。
もしかして、ご飯の前に買いに行ってくれたのだろうか?
マスターのところに居るのだと思っていたのに。
嬉しくてふんふんすると、いつものように優しく撫でてくれた。
うむ。大人気店の店長クマちゃんの演奏会は大成功である。
〝大人気店の格好良い店長クマちゃん〟
『格好いい子より可愛い子の方がいいって、広場の近くのお店で――』
一瞬脳裏を過ぎった言葉。
クマちゃんの心臓を名前の分からない棒が『クマちゃん格好いい――』と叩いた。
――少しだけ憂鬱な気持ちが残ってしまったような。
おそらく演奏が凄すぎたせいだろう。
早く肉球をなめて落ち着かなければ――。
今日は寝る前にルークにたくさんなでてもらおう。
そして、明日からちょっとだけお洒落にも気をつけよう。
クマちゃんは絶対にルークに振られたりしない。
でも念のため〝かわいい〟を増やさなければ。