無事目的の場所へ同行することが出来たクマちゃんは、現在街で素材集めをしている。
◇
冒険者の男達が話していたのを聞いて車でこっそりついて行こうとしたのだが、スピードが出すぎて失敗してしまった。
――彼の足は大丈夫だろうか？
お詫びにあとで当店イチオシの改良版〈甘くておいしい牛乳〉をたくさん飲んでもらおう。
冒険者の腕の中から見る商店街は、たくさんの人で賑わっている。
森の街らしくあちこちに大きな木が生えており、その周りを囲むように開かれている屋台もあった。
商売人達も買い物客も皆笑顔で、暗い顔の人間はいないようだ。
戦闘をしない彼らは、まだ森の異変を知らないんだろう。
集客の為競うように上げられる声は時々激しすぎて喧嘩のようにも聞こえるが、それでも皆楽しそうだ。
「安いよ安いよっ！」
「こっちの店のが美味いよ！」
「バカヤロー！ 勝手なこと言ってんじゃねーぞ！」
「どっちも美味いんだからいいじゃないですか」
「じゃあ両方買ってけコノヤロー！」
「いえ。そんなにいらないんで」
「ちょっとアンタたち！ 喧嘩するんじゃないよ！」
「喧嘩じゃねー！ 集客だ！」
「こっちの店のが美味いよ！」
「アンタがそういう事いうからこうなったんじゃないか！」
「ねぇママぁ、本当はどっちがおいしいの？」
「コラ！ そういうことお店の前でいっちゃ駄目でしょ！」
「こっちの店のが美味いよ！」
「それしか言えねぇのかテメー！」
少し激しい商店街を抜けると、噴水のある広場が近付いてきた。
広場をぐるりと囲う緑は背の高いものも多く、天井のように茂る葉の隙間から射す光が美しい。
噴水の周りには陽気な音楽を奏でる者や大道芸をする者、ベンチに座り何かを飲みながらそれを眺める者、足を止めそれを観賞している者もいる。
広場にある屋台や露店では、お酒や酒のつまみ、歩きながら食べられるお菓子、装飾品等を扱っているようだ。
「お兄さん一杯飲んでかない？」
「おつまみありますよー」
「お酒の後に甘いお菓子はいかがですか？」
「子供のお小遣いで買えるものもありますよ。是非見ていってください」
「おかぁさん、一個買っても良い？」
「そうね、じゃあ一緒にかわいいの選ぼうか」
「結構キツイのも置いてますよ。強い人は挑戦してみて下さい」
「じゃあ、一杯だけ」
「わぁすごーい！ 強いんですね！」
「良い飲みっぷりですね。もっと強いのもありますよ」
こちらは商店街と違って全体的に落ち着いた雰囲気だ。
お酒を飲んでいる人達も静かに味や音楽を楽しんでいる。
噴水の中央にある白い像が気になる。
しかしそれよりも楽しそうな大道芸が観たくなったクマちゃんは、自分を抱える冒険者の腕を先の丸い爪でカリカリした。
「ん？ もしかして大道芸が観たいのか？」
腕にくすぐったい刺激を受けた冒険者の男が、大道芸に視線を固定し彼の腕をカリカリしているクマちゃんに尋ねる。
――そちらを見たまま、うむ、と頷くクマちゃんを連れ、冒険者達は大道芸の目の前まで移動した。
「おー。相変わらず凄ぇな。最近は仕事ばっかでこんなん観る余裕なかったよなぁ」
「そうだな。最近行くのは森と武器屋くらいか。毎日酒場に居ても落ち着いて酒を飲んでる奴は多くないだろう」
二人の会話も耳に入らず熱心に大道芸を見つめるクマちゃん。
楽しくてカッコイイ大道芸人達。
彼らは手に持っている物をどんどん上空に放り投げているのに一つも地面に落とさない。
派手な衣装に派手な化粧は見ているだけでおもしろい。
どこかの派手な男とは別の方向に派手な彼らは、陽気な音楽に合わせ踊るように体を動かしながら、まるで簡単な事でもしているみたいに他所を向いたまま、落ちてきた物に一瞬だけ触れ、軽い仕草で上空にそれを投げていく。
時々背後に回した手で受け取ったり、歩いて移動しながら行われるそれに、初めて大道芸を観たクマちゃんは夢中になった。
「すげぇ興奮してんな。鼻ふんふんいってねぇか」
「観たことが無かったんだろう。あいつらがこういうのに興味をもつとは思えないしな」
もこもこは興奮して冒険者の腕に先の丸い爪をキュム、と立ててしまっている。
彼らはそんなクマちゃんを叱ることもせず、微笑ましげに見つめた。
出会い頭に一発くらわせたクマちゃんと一発くらった人間達。
一匹と二人は、そんなことなど最初からなかったかのように一緒に大道芸を楽しんだ。
クマちゃんがハッとし、冒険者の腕をカリカリする。
親切な彼らはそのたび立ち止まり、何かを欲しがれば買い与え、リュックに入らない物の荷物持ちをしながら、もこもこのお出かけに付き合った。
◇
優しくて親切で心が広すぎる冒険者達はクマちゃんとその荷物を〈クマちゃんのお店〉まで運び、犯人をマスターに突き出すこともせず『またな』と言って店を後にした。
お店に残ったクマちゃんは、荷物の整理をしつつ彼らのことを考えていた。
被害者の彼にはたくさん改良版〈甘くておいしい牛乳〉を飲んでもらった。
その際何故か『もう元気だからな？ どこも悪くねぇからな？』とあとで元気じゃなくなるかもしれない彼に遠慮されてしまった。
なのでクマちゃんは『もうすぐどこかの腱が悪くなるかもしれないので遠慮しないでください』という気持ちをこめて、ふたたびお鍋にたくさんの牛乳と凄くたくさんの砂糖をいれた。
クマちゃんをずっと抱っこしてくれていた冒険者にも飲んでもらうと、
『すごいなこれは。会議で聞いてはいたが、疲労も回復するというのは本当にありがたい』と目を細めて喜んだ。
いっぱい褒めて撫でてくれたお礼に瓶に入ったのも渡そうとしたら『瓶の方は、発売されたらまた買いに来る』と残念ながら断られてしまった。
うむ。多分マスターが言っていた購入者リストなどの決まりがあるからだろう。
先程冒険者達に買ってもらった物を使い、宣伝用アイテム作りを再開する。
車も少し改良したほうが良いかもしれない。
今のままだとまた誰かの足回りをドンしてしまう。
外で色々なものを見て、作りたい物が増えてしまった。
それから、あとでマスターのところで衣装を着るのを手伝って貰おう。
◇
「どうした、何かあったのか？」
クマちゃんが立入禁止区画の奥にある扉をカリカリすると――扉が開き、マスターがすぐに抱き上げて撫でてくれた。
――台車アキレスドン事件を知らず『何かをしたほう』を自陣に引き込んでしまったギルドマスター。
たくさん撫でられた罪人は満足し、リュックから取り出した衣装をマスターに見せた。
「……なんというか、随分見覚えがある形の服だな……」
とても――。
マスターの目の前に出てきた衣装は、真っ黒で、銀髪で、無表情の男が着ている物と似ている気がする。
黒い子供服のようなそれは、腕も胴もとても短い。
似ているが――格好良くはない。
つぶらな黒い瞳はとても期待した表情で彼を見ている。
もこもこが――おそらく――一番格好いいと思っている服を否定するわけにはいかない。
「……格好いいな。着てみるか？」
もこもこの手がぐいぐいと押し付けてくる服を受け取り、着せてやろうと思ったマスター。
「おい、何でこの服はこんなに固いんだ？」
見た目は服だ。だが何故か、触ると鉱石のように硬い。
部分的に硬いだけならどうにかなるかもしれないが、何故全体がこんなに硬いのだろうか。
この硬さでちゃんと服の形をしている。それは確かに凄いことだ。だが硬い。
――これを着て、もこもこは動けるのか？
着せるために腕を通せるのか確認しようとするが、そもそも広げられない。
もしもこれを着たら、腕が曲がらないか、無理に曲げようとすれば腕に災いが起こるだろう。
これは服ではない。服の形の置物だ。
こんなに可愛らしく期待した瞳で見上げてくるクマちゃんに、これは服ではないから着ることは出来ない、と告げなければならなくなったマスター。
どう伝えれば傷つけずに済むのか……。
今日も〈クマちゃんタイム〉が始まってしまったマスターだった。
◇
冒険者の男達が話していたのを聞いて車でこっそりついて行こうとしたのだが、スピードが出すぎて失敗してしまった。
――彼の足は大丈夫だろうか？
お詫びにあとで当店イチオシの改良版〈甘くておいしい牛乳〉をたくさん飲んでもらおう。
冒険者の腕の中から見る商店街は、たくさんの人で賑わっている。
森の街らしくあちこちに大きな木が生えており、その周りを囲むように開かれている屋台もあった。
商売人達も買い物客も皆笑顔で、暗い顔の人間はいないようだ。
戦闘をしない彼らは、まだ森の異変を知らないんだろう。
集客の為競うように上げられる声は時々激しすぎて喧嘩のようにも聞こえるが、それでも皆楽しそうだ。
「安いよ安いよっ！」
「こっちの店のが美味いよ！」
「バカヤロー！ 勝手なこと言ってんじゃねーぞ！」
「どっちも美味いんだからいいじゃないですか」
「じゃあ両方買ってけコノヤロー！」
「いえ。そんなにいらないんで」
「ちょっとアンタたち！ 喧嘩するんじゃないよ！」
「喧嘩じゃねー！ 集客だ！」
「こっちの店のが美味いよ！」
「アンタがそういう事いうからこうなったんじゃないか！」
「ねぇママぁ、本当はどっちがおいしいの？」
「コラ！ そういうことお店の前でいっちゃ駄目でしょ！」
「こっちの店のが美味いよ！」
「それしか言えねぇのかテメー！」
少し激しい商店街を抜けると、噴水のある広場が近付いてきた。
広場をぐるりと囲う緑は背の高いものも多く、天井のように茂る葉の隙間から射す光が美しい。
噴水の周りには陽気な音楽を奏でる者や大道芸をする者、ベンチに座り何かを飲みながらそれを眺める者、足を止めそれを観賞している者もいる。
広場にある屋台や露店では、お酒や酒のつまみ、歩きながら食べられるお菓子、装飾品等を扱っているようだ。
「お兄さん一杯飲んでかない？」
「おつまみありますよー」
「お酒の後に甘いお菓子はいかがですか？」
「子供のお小遣いで買えるものもありますよ。是非見ていってください」
「おかぁさん、一個買っても良い？」
「そうね、じゃあ一緒にかわいいの選ぼうか」
「結構キツイのも置いてますよ。強い人は挑戦してみて下さい」
「じゃあ、一杯だけ」
「わぁすごーい！ 強いんですね！」
「良い飲みっぷりですね。もっと強いのもありますよ」
こちらは商店街と違って全体的に落ち着いた雰囲気だ。
お酒を飲んでいる人達も静かに味や音楽を楽しんでいる。
噴水の中央にある白い像が気になる。
しかしそれよりも楽しそうな大道芸が観たくなったクマちゃんは、自分を抱える冒険者の腕を先の丸い爪でカリカリした。
「ん？ もしかして大道芸が観たいのか？」
腕にくすぐったい刺激を受けた冒険者の男が、大道芸に視線を固定し彼の腕をカリカリしているクマちゃんに尋ねる。
――そちらを見たまま、うむ、と頷くクマちゃんを連れ、冒険者達は大道芸の目の前まで移動した。
「おー。相変わらず凄ぇな。最近は仕事ばっかでこんなん観る余裕なかったよなぁ」
「そうだな。最近行くのは森と武器屋くらいか。毎日酒場に居ても落ち着いて酒を飲んでる奴は多くないだろう」
二人の会話も耳に入らず熱心に大道芸を見つめるクマちゃん。
楽しくてカッコイイ大道芸人達。
彼らは手に持っている物をどんどん上空に放り投げているのに一つも地面に落とさない。
派手な衣装に派手な化粧は見ているだけでおもしろい。
どこかの派手な男とは別の方向に派手な彼らは、陽気な音楽に合わせ踊るように体を動かしながら、まるで簡単な事でもしているみたいに他所を向いたまま、落ちてきた物に一瞬だけ触れ、軽い仕草で上空にそれを投げていく。
時々背後に回した手で受け取ったり、歩いて移動しながら行われるそれに、初めて大道芸を観たクマちゃんは夢中になった。
「すげぇ興奮してんな。鼻ふんふんいってねぇか」
「観たことが無かったんだろう。あいつらがこういうのに興味をもつとは思えないしな」
もこもこは興奮して冒険者の腕に先の丸い爪をキュム、と立ててしまっている。
彼らはそんなクマちゃんを叱ることもせず、微笑ましげに見つめた。
出会い頭に一発くらわせたクマちゃんと一発くらった人間達。
一匹と二人は、そんなことなど最初からなかったかのように一緒に大道芸を楽しんだ。
クマちゃんがハッとし、冒険者の腕をカリカリする。
親切な彼らはそのたび立ち止まり、何かを欲しがれば買い与え、リュックに入らない物の荷物持ちをしながら、もこもこのお出かけに付き合った。
◇
優しくて親切で心が広すぎる冒険者達はクマちゃんとその荷物を〈クマちゃんのお店〉まで運び、犯人をマスターに突き出すこともせず『またな』と言って店を後にした。
お店に残ったクマちゃんは、荷物の整理をしつつ彼らのことを考えていた。
被害者の彼にはたくさん改良版〈甘くておいしい牛乳〉を飲んでもらった。
その際何故か『もう元気だからな？ どこも悪くねぇからな？』とあとで元気じゃなくなるかもしれない彼に遠慮されてしまった。
なのでクマちゃんは『もうすぐどこかの腱が悪くなるかもしれないので遠慮しないでください』という気持ちをこめて、ふたたびお鍋にたくさんの牛乳と凄くたくさんの砂糖をいれた。
クマちゃんをずっと抱っこしてくれていた冒険者にも飲んでもらうと、
『すごいなこれは。会議で聞いてはいたが、疲労も回復するというのは本当にありがたい』と目を細めて喜んだ。
いっぱい褒めて撫でてくれたお礼に瓶に入ったのも渡そうとしたら『瓶の方は、発売されたらまた買いに来る』と残念ながら断られてしまった。
うむ。多分マスターが言っていた購入者リストなどの決まりがあるからだろう。
先程冒険者達に買ってもらった物を使い、宣伝用アイテム作りを再開する。
車も少し改良したほうが良いかもしれない。
今のままだとまた誰かの足回りをドンしてしまう。
外で色々なものを見て、作りたい物が増えてしまった。
それから、あとでマスターのところで衣装を着るのを手伝って貰おう。
◇
「どうした、何かあったのか？」
クマちゃんが立入禁止区画の奥にある扉をカリカリすると――扉が開き、マスターがすぐに抱き上げて撫でてくれた。
――台車アキレスドン事件を知らず『何かをしたほう』を自陣に引き込んでしまったギルドマスター。
たくさん撫でられた罪人は満足し、リュックから取り出した衣装をマスターに見せた。
「……なんというか、随分見覚えがある形の服だな……」
とても――。
マスターの目の前に出てきた衣装は、真っ黒で、銀髪で、無表情の男が着ている物と似ている気がする。
黒い子供服のようなそれは、腕も胴もとても短い。
似ているが――格好良くはない。
つぶらな黒い瞳はとても期待した表情で彼を見ている。
もこもこが――おそらく――一番格好いいと思っている服を否定するわけにはいかない。
「……格好いいな。着てみるか？」
もこもこの手がぐいぐいと押し付けてくる服を受け取り、着せてやろうと思ったマスター。
「おい、何でこの服はこんなに固いんだ？」
見た目は服だ。だが何故か、触ると鉱石のように硬い。
部分的に硬いだけならどうにかなるかもしれないが、何故全体がこんなに硬いのだろうか。
この硬さでちゃんと服の形をしている。それは確かに凄いことだ。だが硬い。
――これを着て、もこもこは動けるのか？
着せるために腕を通せるのか確認しようとするが、そもそも広げられない。
もしもこれを着たら、腕が曲がらないか、無理に曲げようとすれば腕に災いが起こるだろう。
これは服ではない。服の形の置物だ。
こんなに可愛らしく期待した瞳で見上げてくるクマちゃんに、これは服ではないから着ることは出来ない、と告げなければならなくなったマスター。
どう伝えれば傷つけずに済むのか……。
今日も〈クマちゃんタイム〉が始まってしまったマスターだった。
