現在クマちゃんは黒服の格好いい青年に抱えられ移動中である。
彼らが住む街へと連れて行ってくれるらしい。
◇
多少の問題はあったが、すでに森での目的を達成していた黒服と金髪の青年二人は街に戻った。
極大な森林のすぐ側に存在するその街は、常に大勢の冒険者と商人で賑わっている。
先程森から帰ってきた二人もまた、冒険者として依頼をこなしてきたばかりだ。
数百年前から存在するその街には大きな街にふさわしい名前があったはずなのだが、色々なことに大雑把な冒険者達が「森の街」と呼び続けたせいで元の名前を知るものはほとんど居ない。
因みに大森林も森林も、冒険者達はひとくくりに〝森〟と呼ぶ。
なにやら可愛らしい小物があふれる店内。
リーダーである青年の買い物が終わるのをうつろな瞳で待つ金髪の青年リオの視線の先には、先程森の中で出会ったばかりの謎の生き物〝クマちゃん〟がいる。
嫌な予感は的中した。
可愛らしさとは無縁の青年ルークの腕の中にいる、真っ白でふわふわな可愛らしいクマちゃん。
もこもこした生き物は街中で一際異彩を放っていた。
しかし残念ながらそれを気にしているのはチャラそうな外見のわりに真面目な男リオだけだった。
「リーダー……まさかそれ、クマちゃんに着ける気じゃないよね」
少しだけ高いかすれ気味の声は店の中でもよく通る。
クマのぬいぐるみを「クマちゃん」と呼んでいるように見える迂闊な男リオも、周囲の女性客から二度見されている。
――幸か不幸か、本人は気付いていないようだ。
顔は良いが黒い服に無表情の、現在この可愛い店の中で一番浮いているルークは、高い身長に見合った長い指を器用に動かし、クマちゃんの首元に彼がいま選んだばかりの赤いリボンを結んでいる。
綺麗な蝶々結びの幅の広い真っ赤なリボンは、クマちゃんの真っ白でふわふわな被毛にとてもよく似合っていた。
◇
真っ赤なリボンでおしゃれになったクマちゃんは、現在冒険者のルーク達が活動の拠点にしている街の酒場にいる。
剣や杖を持った者、何の武器かわからない物を持っている者、何故か書類と酒を持っている者など、様々な人間が出入りしているのが見える。
冒険者達に〝酒場〟と呼ばれるこの場所は、冒険者ギルドと酒場と宿が一つになったこの街の中でも最大級の施設だ。
正しくは酒場ではなく冒険者ギルドだが、そう呼ぶ者はいない。
壁と一体になって設置されている、魔石と呼ばれるものを利用し高い技術で造られた巨大な掲示板。
その周りには、依頼を確認する冒険者達。
酒場内にいる人間の数と比べて、多くはない。
いつもは賑わっているはずの、依頼の受注や報告に使用される大きなカウンターも、酒場内のほぼ全員が別のことに気を取られているせいか閑散としている。
夕暮れ時。
これから混み始めるであろう時間帯の酒場と、クマちゃん。
――不吉な組み合わせだ。
異様に目立つ謎の生き物に、酒場内はざわついている。
整った顔立ち、高い身長、無表情、黒い服。
見る人に威圧感を与えるルークが微かに目を細め、ギシリ、と椅子を鳴らす。
――周りが少しだけ静かになった。
「そりゃみんな騒ぐでしょ。俺でも見ちゃうって。しかもなんかケーキ食ってるし」
そのまま座ると椅子の高さが足りずテーブルから顔が出せないクマちゃんは、ルークの膝に乗り、先程注文してもらったブルーベリーと生クリームが添えられたケーキを食べている。
ぬいぐるみのような顔にある黒いつやつやの目をキリッとさせ、とても真剣な表情だ。
「なにあれかわいい~! もきゅもきゅしてるぅー!」
大きすぎて持ちにくそうなフォークを使い、白いもこもこの手で一生懸命ケーキを口に運ぶクマちゃんの姿を、可愛いもの好きの冒険者たちが興奮気味に見つめている。
冒険者の何人かが「クマだ!」と言いながら仲間を呼びに二階や外へ駆けていった。
「あれってなんかやべぇモンスターとかじゃねぇの?」
リオはざわめきの中からクマちゃんに対する暴言を聞き取った。
やはり誰も見たことがない生き物というのは警戒されてしまうのだろう。
クマちゃんがケーキの横に添えられていたブルーベリーを、持ちにくいフォークで刺そうとしている。
この時点で、リオはすでに嫌な予感がしていた。
力みすぎて激しく揺れ動くフォークに、側面を強くこすられ回転がかかったブルーベリーが、皿の上から消えた。
被害者らしき男性冒険者の周りから人々の話し声が聞こえてくる。
「なんかぁ目にブルーベリーが飛んできたんだってぇ」
「あの人さっきぬいぐるみの悪口いってた人じゃない?」
「ブルーベリーって目にいいんだっけ」
「直接いれても効果あるの?」
「勢い良くいれすぎでしょ」
リオは事件の一部始終を見ていたが、犯人がクマちゃんであることは伏せておいた。
怪我はしていないはずだ。
これ以上被害者が出る前にこの場から立ち去りたいリオは、クマちゃんが食べ終えるのを見守っていたルークの腕にクマちゃんを抱えさせると、すぐに一人と一匹を二階の部屋へ押し込んだ。
彼らが住む街へと連れて行ってくれるらしい。
◇
多少の問題はあったが、すでに森での目的を達成していた黒服と金髪の青年二人は街に戻った。
極大な森林のすぐ側に存在するその街は、常に大勢の冒険者と商人で賑わっている。
先程森から帰ってきた二人もまた、冒険者として依頼をこなしてきたばかりだ。
数百年前から存在するその街には大きな街にふさわしい名前があったはずなのだが、色々なことに大雑把な冒険者達が「森の街」と呼び続けたせいで元の名前を知るものはほとんど居ない。
因みに大森林も森林も、冒険者達はひとくくりに〝森〟と呼ぶ。
なにやら可愛らしい小物があふれる店内。
リーダーである青年の買い物が終わるのをうつろな瞳で待つ金髪の青年リオの視線の先には、先程森の中で出会ったばかりの謎の生き物〝クマちゃん〟がいる。
嫌な予感は的中した。
可愛らしさとは無縁の青年ルークの腕の中にいる、真っ白でふわふわな可愛らしいクマちゃん。
もこもこした生き物は街中で一際異彩を放っていた。
しかし残念ながらそれを気にしているのはチャラそうな外見のわりに真面目な男リオだけだった。
「リーダー……まさかそれ、クマちゃんに着ける気じゃないよね」
少しだけ高いかすれ気味の声は店の中でもよく通る。
クマのぬいぐるみを「クマちゃん」と呼んでいるように見える迂闊な男リオも、周囲の女性客から二度見されている。
――幸か不幸か、本人は気付いていないようだ。
顔は良いが黒い服に無表情の、現在この可愛い店の中で一番浮いているルークは、高い身長に見合った長い指を器用に動かし、クマちゃんの首元に彼がいま選んだばかりの赤いリボンを結んでいる。
綺麗な蝶々結びの幅の広い真っ赤なリボンは、クマちゃんの真っ白でふわふわな被毛にとてもよく似合っていた。
◇
真っ赤なリボンでおしゃれになったクマちゃんは、現在冒険者のルーク達が活動の拠点にしている街の酒場にいる。
剣や杖を持った者、何の武器かわからない物を持っている者、何故か書類と酒を持っている者など、様々な人間が出入りしているのが見える。
冒険者達に〝酒場〟と呼ばれるこの場所は、冒険者ギルドと酒場と宿が一つになったこの街の中でも最大級の施設だ。
正しくは酒場ではなく冒険者ギルドだが、そう呼ぶ者はいない。
壁と一体になって設置されている、魔石と呼ばれるものを利用し高い技術で造られた巨大な掲示板。
その周りには、依頼を確認する冒険者達。
酒場内にいる人間の数と比べて、多くはない。
いつもは賑わっているはずの、依頼の受注や報告に使用される大きなカウンターも、酒場内のほぼ全員が別のことに気を取られているせいか閑散としている。
夕暮れ時。
これから混み始めるであろう時間帯の酒場と、クマちゃん。
――不吉な組み合わせだ。
異様に目立つ謎の生き物に、酒場内はざわついている。
整った顔立ち、高い身長、無表情、黒い服。
見る人に威圧感を与えるルークが微かに目を細め、ギシリ、と椅子を鳴らす。
――周りが少しだけ静かになった。
「そりゃみんな騒ぐでしょ。俺でも見ちゃうって。しかもなんかケーキ食ってるし」
そのまま座ると椅子の高さが足りずテーブルから顔が出せないクマちゃんは、ルークの膝に乗り、先程注文してもらったブルーベリーと生クリームが添えられたケーキを食べている。
ぬいぐるみのような顔にある黒いつやつやの目をキリッとさせ、とても真剣な表情だ。
「なにあれかわいい~! もきゅもきゅしてるぅー!」
大きすぎて持ちにくそうなフォークを使い、白いもこもこの手で一生懸命ケーキを口に運ぶクマちゃんの姿を、可愛いもの好きの冒険者たちが興奮気味に見つめている。
冒険者の何人かが「クマだ!」と言いながら仲間を呼びに二階や外へ駆けていった。
「あれってなんかやべぇモンスターとかじゃねぇの?」
リオはざわめきの中からクマちゃんに対する暴言を聞き取った。
やはり誰も見たことがない生き物というのは警戒されてしまうのだろう。
クマちゃんがケーキの横に添えられていたブルーベリーを、持ちにくいフォークで刺そうとしている。
この時点で、リオはすでに嫌な予感がしていた。
力みすぎて激しく揺れ動くフォークに、側面を強くこすられ回転がかかったブルーベリーが、皿の上から消えた。
被害者らしき男性冒険者の周りから人々の話し声が聞こえてくる。
「なんかぁ目にブルーベリーが飛んできたんだってぇ」
「あの人さっきぬいぐるみの悪口いってた人じゃない?」
「ブルーベリーって目にいいんだっけ」
「直接いれても効果あるの?」
「勢い良くいれすぎでしょ」
リオは事件の一部始終を見ていたが、犯人がクマちゃんであることは伏せておいた。
怪我はしていないはずだ。
これ以上被害者が出る前にこの場から立ち去りたいリオは、クマちゃんが食べ終えるのを見守っていたルークの腕にクマちゃんを抱えさせると、すぐに一人と一匹を二階の部屋へ押し込んだ。