唐突な別れを経験し哀愁を帯びてしまったクマちゃんは、現在マスターの部屋の崖っぷちのような場所に立たされている。



「ん? 部屋から出たいのか? ……ああ、酒場のあの変……いや、お前の店に行きたいんだな」 

 机から下りようとしているもこもこに気付いたマスターが、クマちゃんを抱え扉を開き、もふ、と床に降ろす。
 ――だがもこもこは何故かよろよろしている。

「…………」

 気の毒に思った彼は、酒場に増設されてしまった〈クマちゃんのお店〉まで直接クマちゃんを運んでやることにした。



 数時間前に見た時と変わらず、端とも中央とも言えない絶妙に邪魔な位置にある〈クマちゃんのお店〉。
 マスターの手が軽くドアに触れると、チリン、という鈴の音と共にそれが開いた。
 先程もそうだったが、押してもいないのに何故開くのか――彼は考えかけ、すぐに止めた。
 存在が非常識なこの店に常識を求めるのは無意味だろう。

「じゃあ、俺は仕事に戻る。危ねぇからもう森へは行くなよ。……ん? ……なんだ、もしかして俺に用があるのか?」

 もこもこを床に置いたマスターが声をかけ店を出ようとすると、クマちゃんがマスターの黒いズボンを、くい、と引いた。
 クマちゃんは彼の言葉の最後にひとつ頷き、何故か数時間前と同じように鍋を温め始める。

「まさか……。おい、……もしかして俺にくれるつもりか? 俺は今は元気だから、心配しなくていいぞ」

 既視感を覚えたマスターがもこもこに声を掛けるが、一度決めたら必ず成し遂げるタイプのクマちゃんの耳には届かない。


 白くてもこもこした可愛いクマちゃんが、彼のためにゆっくりと、零さないよう一生懸命飲み物を運んでいる。
 もこもこの真剣な姿を見てしまった可愛いもの好きのマスターは、 
 
「…………ありがとうな」
 
『もう牛乳はいらない』とは言えなかった。 



 無事マスターに牛乳を飲ませ最高に元気になったことを確認したクマちゃんは、彼が店を出るのを――今度は――止めずに見送った。

 探索で採集したお宝を確認するためリュックを覗く。
 綺麗な花や木の実、光る石や透明な石。
 色々な物が入っていて見ているだけでとても楽しい。

 この綺麗な石を使って瓶を作ればいいのだろう。
 だが小さな石を全部集めてもたくさんの瓶を作るには足りない。
  
 
 クマちゃんは問題を解決するべく、杖と魔石を取り出した。



 森での調査を切り上げ酒場に戻った三人の目に――今朝までは無かったはずの――何かを彷彿とさせる白い建物が飛び込んでくる。

「リーダー。……なんか酒場にやべーもんが見えるんだけど……」
  
 驚いたリオがルークを呼ぶ。

 気付いていたらしい彼はすでにそちらへ足を向けていた。
 酒場内に出来た謎の『やべーもん』に動きを止めていた二人も、すぐに彼の後に続く。

「うーん。僕にはこの壁に描かれている白いのがクマちゃんにしか見えないのだけれど、君たち二人の目にはどう映っているのかな」

 青い髪の派手な男ウィルと、 

「いや、俺にもそう見えるけど、これ、朝は絶対なかったじゃん。なんか入るのこえーんだけど」

外見だけチャラいびびり男リオは『何かに似ているコレは白いアレに似ているのではないか』と互いの意見をすり合わせた。

 些細なことを気にしない男ルークが平常通りの無表情でドアに触れ、チリン――と涼し気な音と共にそれが開く。
 
「え。なに今の罠みたいな開き方。遺跡とかだったら絶対やべーやつじゃん。入ったら死ぬんじゃね?」

「綺麗な音だね。こういう音は嫌いじゃないよ。……そうだね、君はわからないけれど、もしここに罠があってもリーダーと僕は死なないのではない?」

 リオが〈クマちゃんのお店〉に失礼なことを言い『君は――』とウィルから切り捨てられているあいだに、ルークは店の中に入っていってしまった。

 
「いやいやいやなにアレあの奥にあるクマちゃんの像みたいなやつすげー輝きを放ってんだけど」

 彼特有の少しだけ高めのかすれ気味の声が息継ぎもせず早口で言い切る。
 棚に並ぶ輝きを放つ瓶とその中身も、もちろん気になる。
 が、なにより目を引くのは可愛いクマちゃんをそのまま象ったような、ふわりと白く光り、きらきら輝く像だった。

「とても輝いているね。僕は装飾品でもあんなに美しい石は見たことがないのだけれど。一体何で出来ているのだろう」

 二人が神々しく輝き続けるクマちゃん像の謎を気にしていても、ルークの興味はそこには無いらしい。
 彼はいつものようにスラリと筋肉質な腕でクマちゃんを抱えあげ、もこもこのへこみを撫でていた。

「……森に行ってたのか」

 ルークが低く色気のある声を静かに響かせ、クマちゃんの首元へ長い指を伸ばす。
 黒と緑のリボンにふれ、――離れた彼の指先には草が摘ままれていた。
 猫のような手の先へ視線をやると、草や花の色が少し、ふわふわの毛に移ってしまっているのが分かった。
 

(クマちゃんが作ったものを見せてあげよう)

 もこもこは森から帰って来たルーク達を見て考えた。 
 うむ。頷いたクマちゃんが彼の腕から降りようとすると、ルークが優しく頭を撫で、もふ、と床へ降ろしてくれる。
 ヨチヨチと歩いたクマちゃんは、棚から白い液体の入った瓶と緑がかった液体の入った瓶を、もこもこのお手々で取り出した。


 瓶は全体的に透明で、中央にひとつだけ白い模様がある。
 丸を三つ組み合わせたようなそれは、クマちゃんの顔の形になっていた。
 透き通ったそれがキラキラ輝き、ふわり――と光を放つ白い模様は、何故か時々七色にも見えた。

「まじであの瓶なんであんな光ってんの? 俺あんなやばい素材見たことないんだけど」

「本当に不思議だね。透明な瓶――のはずなのだけれど、眺めていると色とりどりに輝いて、光の粒が零れているように感じるよ」

 二人の話す内容よりもルークに夢中なクマちゃんは、先程出来たばかりの元気になる飲み物を渡そうと、一生懸命両手で瓶を掲げている。
 
「くれんのか」

 ルークはチラ、と視線を流し、二本の瓶の首を長い指で器用に挟んだ。

 贈り物を渡し終えたもこもこがつぶらな瞳で彼を見上げている。

 ルークは空いている手でクマちゃんの頭と首元を優しく撫で――
 片方の瓶をリオに渡すと、手元に残ったそれの中身を躊躇うこと無く飲み干した。 

「こわっ!! 今急にリーダーの魔力上がったんだけど。世界征服くらいできるんじゃないのそれ」

「魔力だけじゃないような気もするのだけれど。なんだろう……リーダーは元々魔力が多いからこうなったのかもしれない。世界を征服するなんて面倒な事を彼がするとは思えないけれど、確かに今なら出来てしまいそうだね」

 
 このあと、さすがにこの件をマスターに報告しないわけにはいかないと言う常識人リオと、

「飲み物くらい好きにさせりゃいいだろ」世界征服が出来そうな男の意見が割れたが、先日壁をぶち抜いたばかりの派手なイカレ男がめずらしく、

「もしかしたら、飲み物よりも瓶のほうが危険かもしれないね。このかわいい子が狙われてしまうかもしれないよ」まともな事を言ったため、結局三人はマスターにやばいブツとその製造者を引き渡すことに決めた。