二人と一匹の一日は、今日も暗い部屋から始まる。
 しかし今朝は、いつもと室内の様子が違っていた。

「なんかこの部屋めっちゃ湿っぽくない?」

 いつもより咽の調子が良い。声があまりかすれていない。
 潤いを感じる。そして服が湿っている。
 不快すぎる。
 湿度百パーセントか。

「そういうこともあるだろ」

 普段と変わらず響く、低く色気のある声が、適当な言葉を返す。
 ルークは自身の胸元で眠っている湿ったクマちゃんを腕に乗せ立ち上がり、視線を一瞬テーブルの下へ流した。

 彼は平常通り簡単に、一人と一匹の身支度をすませ、何も言わずに湿った暗闇を出ていった。 

 
 リオは肌に強制的に潤いを与えられながら考える。  
 こういう時はあの白い獣が犯人に決まっているのだ。
 奴は一体この部屋に何をしやがった。

 原因を確かめるべく室内を見回すと、それどころじゃない事に気付く。

「やばい……あれはまじでやばい」

 大変だ。
 壁際に寄せておいた木がデカくなっている。 
 しかもよく見ると壁に枝が刺さっている。


 絶対にこの件の責任を取りたくないリオは素早い動作で支度を終えると、何者かに加湿されてしまった部屋を後にした。



 二人と一匹は酒場で朝食を済ませ休んでいた。
 休んでいる場合ではない――。
 ひとり真面目なリオが動き出す。

「リーダー、あれは流石にどうにかしないとまずくない?」

 犯人に心当たりはあっても事件の解決法がわからないリオが、大体なんでも解決出来そうなルークに頼む。

「……そうか」

 ルークは彼の長い指で遊ぼうとするクマちゃんの手を軽く掴みながら、リオへちらりと視線を寄越した。
 何かを考えるように長いまつ毛を伏せ、しつこく手に纏わり付くもこもこを抱え立ち上がると、そのまま二階へ向かった。


 霧を出す謎の置物は、ルークの手で元の持ち主へと返された。
 持ち主の部屋がどうにかなって怒り狂ったとしても、彼はそんなことでは動じない。

 再びクマちゃんをマスターに預け、二人は仕事へ向かった。



 夜には湿度が下がり、部屋は粗方いつもの状態に戻った。
 謎の木が茂る闇のなか、ベッドで横になる一人と一匹。
 反対側で泥のように眠るリオ。

「気にするな」

 心なしか、いつもより優しく聞こえる魅惑的な低音が、クマちゃんの耳をくすぐる。
 落ち込むように丸くなるクマちゃんを、大きな手が気遣うように撫でている。

 ルークはわかっていた。
 ――リオは全く気付いていなかったが――霧を出す謎の置物が誰のための物だったのか。

 クマちゃんはルークに慰められながら考える。
 今度リオに何かを作る時は、もっと効果が高いものにしようと。