「北の魔王ヴィステムとの戦争が終わって、やっと平和が訪れたんだけどさ。でもそれは同時に、大量の兵士や傭兵が失業するっていう事態を招いたんだ」

「あ……」

 もちろんリーラシア帝国だって馬鹿じゃない。
 公共事業や就労支援、住まい・食事の提供といった様々な支援策を、矢継ぎ早に打ち出し、治安の維持に努めてはいた。

 それでも――、

「『専門の職業傭兵(スペシャリスト)』とは違う、目先の金欲しさに傭兵に鞍替(くらが)えした一部の心ない奴らが、戦後に盗賊や野盗になり下がって、近隣で略奪行為を働くようになったんだ。俺も過去に何度か、野盗狩りに出向いたことがある」

 せっかく長年の脅威だった北の魔王ヴィステムを討伐したっていうのに、今度は人間同士でいさかいが起きる――悲しすぎる現実だった。

「それで先ほども野盗の対処に手慣れていたのですね。納得です」

 俺の説明にミスティが納得顔でポンと手を打った。
 とりあえずは今の説明で、いろいろガッテンしていただけたみたいだな。

「悪いな。人間族の事情で、魔族にも迷惑をかけちまって」
「構わぬよ。こういうことは、何度をどうしてもゼロにはできぬもの。お互い様なのじゃ。なによりリーラシア帝国は最前線で戦った。当然、戦後の反動は他国よりも大きいじゃろうて」

 ここまで聞きに徹していた幼女魔王さまが、いかにも統治者っぽくいい感じに話を締めた――締めようとして、

 グ~~~~~~。

 幼女魔王さまのお腹が派手に鳴った。
 それはもう派手に鳴った。

 よほど恥ずかしかったのか、幼女魔王さまの顔が一瞬で真っ赤になる。

「腹が減っているのか? 飯は? 持ってきてないのか?」

「先ほど野盗から逃げる時に、少しでも荷を軽くするためにと全部投げ捨てたのじゃ……」

「つまり腹は減ったが食い物はないと」
 俺のその言葉に、

 グ~~~~~~~。

 返事の代わりにまたもや幼女魔王さまのお腹が鳴り、顔だけでなく耳まで真っ赤っ赤に染まってしまった。

「一応、干し肉ならあるけど、よかったら食べるか?」

「干し肉~?」
 俺の提案に対して、それはもう嫌そうな反応をする幼女魔王さま。
『ほ・し・に・く・ぅ~?』って感じのイントネーションだ。

「も、申し訳ありませんハルト様!」
 慌てて謝るミスティを俺は笑って制止する。

「はははっ。ま、そう言いたくなる気持ちは分からないでもないさ。保存食として優れている代わりに、硬くて堅くて固い。なんせ食べにくいのが、干し肉って食べ物だからな」

「うむ!」
「魔王さま、うむじゃありませんよ! ハルト様のせっかくのご厚意なんですよ。分かっていますか? 今の私たちは食べ物がないんですよ?」

「じゃが、干し肉なんぞ食べたくはないのじゃ……」

「そうだよな。魔王さまともなれば、市販の干し肉なんて、そりゃブタの餌も同じだよな」
「いや、さすがにそこまでは言っておらんが……」

「だが安心してくれ。ここにいる俺、ハルト・カミカゼはレアジョブ精霊騎士だ!
 俺には干し肉を上手に料理する、マル秘テクがある!」

「マル秘テクじゃと!?」
「そんなのがあるんですが?」

「まぁいいから、2人ともちょっと見てなって」

 俺は干し肉のブロックを何枚か、やや厚めに切り落とすと、

「【ウンディーネ】、【清浄なる水(ミネラルウォーター)】発動だ」

 ――まかせて――

 俺の言葉と共に、干し肉に清浄な水がしみ込んでゆく。

「なっ、水の最上位精霊【ウンディーネ】じゃと!?」
 幼女魔王さまが素っ頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。

 だがこれはいわば準備段階に過ぎなかった。
 本番はここからだ!

「【イフリート】! 【いい感じに焼け(ミディアムレア)】!」

 ――心得た――

「今度は【イフリート】じゃと!? 炎の魔神とも呼ばれる、神話級の炎の最上位精霊ではないかっ!?」
 幼女魔王さまが平原で狼に囲まれたのかと思うような、悲鳴のような金切り声で叫んだ。

 水分を含んだ干し肉がすぐに、じゅわ~~っといい感じに焼け始め、あたりに香ばしい匂いが漂い始める。
 ちなみに黒曜の精霊剣・プリズマノワールがフライパン代わりだ。

「しかもその! いかにもいわくありげな! 黒剣の上で! 焼き始めたじゃと!?」

「ああこれ? 聖剣と並ぶ第一位階の剣で、黒曜の精霊剣・プリズマノワールって言うんだ。始原の破壊精霊【シ・ヴァ】をその黒き刃に封印したと言われる、最強の精霊剣なんだぞ」

「始原精霊を封印した最強の精霊剣じゃと!? しかもそれをフライパンにしちゃうの!? なんで!?」

「この上で焼くと、遠赤外線効果で熱が肉の奥までしっかり伝わるんだよな~」

「み、みみみミスティよ!? こやつはいったい何を言っておるのじゃ!?」
「魔王さま! お気を確かに――!」

 なぜか白目をむいて卒倒しかけた幼女魔王さまを、ミスティが慌てて抱き支えた。