「ふふん、聞いて驚くがよいのじゃ! (わらわ)はこの南部魔国を支配する南の魔王その人であるからして!」

「そっかー。ところで金髪のハーフエルフの女騎士さん――ミスティだっけ?」

「はい、ミスティ・アーレントです。どうぞお見知りおきを――えっと剣士様のお名前は――」

「俺はハルト・カミカゼ。元・勇者パーティで、色々あって今はフリーの精霊騎士をしている」

「ハルト様、素敵なお名前ですね! しかも勇者パーティのメンバーだなんて!」
「ありがとう。ミスティも可愛い名前だね」

「えへへ、ありがとうございます」

「でも『元』だからな。ちょっと誤解があって、パーティを追放されちゃってさ」
「ああ、なんとおいたわしいことでしょう」

 ミスティと楽しく会話を弾ませていた俺に、

「……のうハルトとやら。なぜ今、(わらわ)の自己紹介を無視したのじゃ?」
 自称・南の魔王さまが、恨みがましい視線を向けてきた。

「あほらしくて突っ込むのも面倒くさかったから?」

「ひどい!? 本当のことなのじゃぞ!」
 憤慨する自称・南の魔王さまだけど、

「あはは、南の魔王が、こんな人間族との国境付近にいるわけがないだろ? それに野盗に襲われてピンチになるほど、へっぽこなはずもない。知ってるか? 魔王ってのは、それこそ震えあがるほどに強いんだぞ?」

 北の魔王ヴィステムや、その腹心である魔王四天王の強さときたら、それはもうとんでもなかった。
 戦う前から心が折れてしまいそうになるほどの圧倒的なオーラを漂わせる絶対強者、それが魔王という存在なのだ。

 そして残念なことに、この幼女からはそんなオーラは微塵も感じられない。
 むしろちっこい身体で必死に自分が魔王だと主張する姿は、見ていて微笑ましいくらいだ。

「このお方は魔王さまで間違いありませんよ」
「ははは、ミスティは冗談もうまいんだな」
「冗談ではないと言うておるのじゃ!」

「はい、マジ話です」
「え!? マジで!?」
「ふふん。それ見たことか」

「こんな弱そうなのに?」
「はい」
(わらわ)は知性あふれるインドア派なのじゃよ」

「こんなちっこいのに?」
「はい」
「だからちっこいは余計だと言っておるのじゃ!」

「角も生えてない鬼族なのに?」
「はい」
「だからなんとなく、ギリギリ、かろうじて生えておると言っておるのじゃ!」

「マジっすか?」
「マジっす」
「やっと理解しよったか」

 俺は自称・南の魔王さまを見た。
 胸の下で腕を組んで偉そうに俺を見上げている。

 そういわれて改めて見てみると、どことなく邪悪なオーラを感じる――ごめん、全く感じない。
 これっぽっちも感じない。

 いや、俺に気取(けど)られないように、うまく邪悪オーラを隠している可能性はあるか?

「はっ!? まさかお前、リーラシア帝国への侵攻を計画して、こっそり国境付近を下見に来ていたのか!」

 ここまでの情報から、俺はがヤバすぎる結論に行きついてしまった。
 一度思いついてしまうと、むしろそれ以外に理由はないとさえ思えてくる。

「くっ、北部魔国との戦争が終わってまだ1年弱。人々が負った心身の傷は癒えていないんだ。もし南部魔国が人間の領土を侵犯しようというのなら、悪いがここで俺がお前たちを斬る!」

 俺は腰に差した黒曜の精霊剣・プリズマノワールの柄へと手をかけた。
 闘志も(あら)わに臨戦態勢を取った俺に、

「ハルト様ハルト様。南部魔国と人間族は、長年友好関係にあります。先だっての北の魔王討伐戦においても、平和主義の理念のもとで共闘したはずです」

「それは知ってるけどさ。だったらなんで南の魔王が直々に、こんなところまで出張(でば)ってきているんだよ?」

 もし明確な回答を得られなければ、俺は戦火を生まないためにも、実力行使に出るぞ。

「いやなに。最近、人間族の野盗が南部魔国に越境してきては、我が国土を荒らしまわっていると聞いての。ちょいと視察に来たのじゃよ」

 俺の問いかけに、幼女魔王さまが多分に憂いを含んだ顔で言った。
 俺の直感が、この子――幼女魔王さまは嘘は言っていないと判断する。

 けれど俺は、そんな幼女魔王さまに、悲しい事実を告げなくてはならなかった。

「それで野盗に捕まりそうになっていたら、本末転倒じゃね?」

「たまたまなのじゃ! ちょっとした手違いなのじゃ! 気持ちミスっただけなのじゃ! だいたい、たかが野盗があれほど練度の高い集団戦を挑んでくるなどとは、思いもよらんではないか!」

「それに関しては……悪いな。あれはただの野盗じゃない。性質(たち)の悪い傭兵崩れだ。しかも中途半端に正規の訓練を受けているせいで、それなりに練度も高いときた」

「傭兵崩れ、ですか?」
 俺の言葉に、よく分からないといった風にミスティが小首をかしげた。