『オレ』は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを無言で振り下ろした――幼女魔王さまのほんのわずか、0,1ミリ手前まで。
まさに命の危機という状況にもかかわらず、幼女魔王さまは相も変わらず笑みを浮かべたままだった。
まるで『オレ』が話を聞いてくれることを確信していたかのように、微動だにしない。
「死ガ怖クはナイのカ?」
『オレ』の問いかけに、
「もちろん死ぬのは怖いのじゃよ? じゃが友達は怖くないのじゃ。ほれ、実際にお主はこうして剣を振り下ろすのを、途中で止めてくれたであろう?」
幼女魔王さまはあっけらかんと答えた。
「角ノ無イ鬼フゼイガ、知ッタ風ニ言ウモノダ。貴様ガオレノ、何ヲ知ッテイル?」
「原初の破壊精霊【シ・ヴァ】の前では、妾に角があろうがなかろうが大した違いはないじゃろうて?」
してやったりといった表情の幼女魔王さま。
「――」
「じゃろう?」
黒曜の精霊剣・プリズマノワールを突き付けたままで、じっと見つめ合うこと十数秒。
「友達カ――フン、興ガソガレタ」
その言葉と共に、俺の中で【シ・ヴァ】の存在が、嘘のように急激に薄らぎ始めた。
まるで最初から存在していなかったかのように、時間を巻き戻しているかのように、人知を超えた圧倒的な【シ・ヴァ】の存在が、黒曜の精霊剣・プリズマノワールの刃へと戻っていく。
それとともに、
「ぁ――がッ、く、マオう――魔王、さま」
真っ暗な闇の中へと消え去りかけていた俺の意識が、再び明るい世界へと顔を出した。
「やれやれ、やっと意識を取り戻したみたいじゃの」
「信じられない……俺は帰ってこれたのか……?」
「うむ。お帰りなさいなのじゃよ、ハルト」
「ただいま……魔王さま……」
「むむ? どうしたのじゃ、そのような呆けた顔をして」
「だってまだ信じられないんだ、まさか原初の精霊【シ・ヴァ】と友達になるなんて。そんな突拍子もない発想は、俺には全くなかったから」
「ふふん、こんなことで驚くとは。ハルトもまだまだ、様々なことへの理解が足りんようじゃのう」
幼女魔王さまがどや顔で笑った。
「ははっ、どうやらそうみたいだな。精霊使いとしてもスローライフについても、俺にはまだまだちっとも理解が足りていなかった。ありがとうな、助かったよ魔王さま」
「なーに、礼には及ばぬ。そもそも先に命を救われたのは妾のほうじゃからの。助け合いの精神、Win-Winというやつじゃ」
「ほんとかなわないな」
「こう見えて妾は、この国の魔王じゃからの」
「心から納得したよ」
話が一段落したところに、
「ハルト様、ご無事で何よりです!」
ミスティが感極まった様子で飛び込んできた。
いまだ抱き合ったままの幼女魔王さまと俺を、2人まとめて抱え込むようにハグをしてくる。
「ミスティにも心配かけちゃってごめんな」
「とんでもありません! それに最後はこうして勝利をおさめてみせたのですから」
「俺の力だけじゃないさ。魔王さまに助けてもらったからこその勝利だよ」
「それでも私は今回の一件で、ハルト様は真の英雄であると心の底から確信しました!」
「あはは、サンキュー」
ミスティの目には涙がにじんでいた。
それは絶望による悲しみではなく、心の底からの安心と、これ以上ない喜びの涙だった。
「なんにせよ、とりあえずはこれで一段落じゃ。後は――」
「この戦争を止めないとな……くっ」
俺は2人から離れようとして、しかし貧血にでもなったみたいに、ふらついてしまう。
よろける俺の身体を、ミスティが慌てて身体を支えてくれた。
「悪い、ちょっとクラっときた……助かったよミスティ」
「いえいえ、支えるのには滅法慣れておりますので」
さすが幼女魔王さまをいつも支える、サポートのプロは言うことが違うな。
「ハルト、少し休んでおるのじゃよ」
「だめだ、こうしている間にも戦闘は続いている。俺にいい考えが――」
「大丈夫じゃよ、ここは妾に任せよ」
「魔王さまに?」
「うむ。じゃがその代わりに、ハルトの契約精霊を少し借りるからの」
「俺の契約精霊を借りる、だって?」
「そう、大丈夫なのじゃよ。気負う必要なんてないのじゃ。なにせ精霊は友達、妾とハルトも友達じゃ。だからこれは、友達の友達にちょいと力を借りるだけのこと――!」
「まさか――」
幼女魔王さまが大きく息を吸い込んだ。
「風の最上位精霊【シルフィード】よ。今だけでよい。妾の声をここにいる皆に届けて欲しいのじゃ。精霊術【遠話】!」
――はーい――
「な――っ!?」
幼女魔王さまの呼びかけに、俺と契約する風の最上位精霊【シルフィード】が嬉しそうに舞い踊りながら応えたのだ!
幼女魔王さまは【シルフィード】が反応したことを確認すると、キリリと凛々しい顔になって戦場に視線を向けながら、宣言した。
「戦場にいる全ての者に告ぐ! 妾は南部魔国の主、南の魔王である! 勇者は我が友・精霊騎士ハルト・カミカゼが討ち取った! よってこの戦は南部魔国の勝利である!」
戦場に幼女魔王さまの凛とした声が響き渡る。
「これ以上の戦闘は無意味である! リーラシア帝国軍はただちに降伏せよ! 繰り返す、リーラシア帝国軍はただちに降伏せよ! また我が軍には以下のことを厳命する! 降伏した兵に手を出すことは断じて許さぬ! どのような理由があろうとも、降伏した帝国兵に危害を加えた者は、一切の容赦なく厳罰をもって処断するゆえ心するがよい! 繰り返す、勇者は我が友・精霊騎士ハルト・カミカゼが――」
幼女魔王さまの声が戦場の隅々まで届けられるとともに、合戦の音が潮が引くように鳴りやんでいき、戦意を失ったリーラシア帝国軍の兵士たちは次々と武器を放りだし、降伏し始める。
「まったく。今日は魔王さまに驚かされてばかりだな」
自分の命と引き換えに戦争を終わらせようとしたこと。
原初の破壊精霊【シ・ヴァ】と友達になってみせたこと。
俺の精霊と心を通わせてみせたこと。
そして今。
幼女魔王さまの声が発せられるたびに、武器を打ち合う音や敵味方の怒号が、潮が引くように聞こえなくなってゆくのだ。
「魔王さまは全然へっぽこなんかじゃないだろ。こうやって誰もが魔王さまの言葉に耳を傾ける。これのどこがへっぽこだ? 魔王さまは最高の魔王さまだよ」
俺は戦闘の終結を強く確信すると同時に、糸が切れたように地面に座り込むと、まぶたを閉じた。
「強行軍で戦場まで来て、勇者と戦って、死にかけて、【シ・ヴァ】を召喚して、暴走させてしまって……さすがに疲れた」
もういいよな?
ちょっとだけ寝させてくれ……。
まさに命の危機という状況にもかかわらず、幼女魔王さまは相も変わらず笑みを浮かべたままだった。
まるで『オレ』が話を聞いてくれることを確信していたかのように、微動だにしない。
「死ガ怖クはナイのカ?」
『オレ』の問いかけに、
「もちろん死ぬのは怖いのじゃよ? じゃが友達は怖くないのじゃ。ほれ、実際にお主はこうして剣を振り下ろすのを、途中で止めてくれたであろう?」
幼女魔王さまはあっけらかんと答えた。
「角ノ無イ鬼フゼイガ、知ッタ風ニ言ウモノダ。貴様ガオレノ、何ヲ知ッテイル?」
「原初の破壊精霊【シ・ヴァ】の前では、妾に角があろうがなかろうが大した違いはないじゃろうて?」
してやったりといった表情の幼女魔王さま。
「――」
「じゃろう?」
黒曜の精霊剣・プリズマノワールを突き付けたままで、じっと見つめ合うこと十数秒。
「友達カ――フン、興ガソガレタ」
その言葉と共に、俺の中で【シ・ヴァ】の存在が、嘘のように急激に薄らぎ始めた。
まるで最初から存在していなかったかのように、時間を巻き戻しているかのように、人知を超えた圧倒的な【シ・ヴァ】の存在が、黒曜の精霊剣・プリズマノワールの刃へと戻っていく。
それとともに、
「ぁ――がッ、く、マオう――魔王、さま」
真っ暗な闇の中へと消え去りかけていた俺の意識が、再び明るい世界へと顔を出した。
「やれやれ、やっと意識を取り戻したみたいじゃの」
「信じられない……俺は帰ってこれたのか……?」
「うむ。お帰りなさいなのじゃよ、ハルト」
「ただいま……魔王さま……」
「むむ? どうしたのじゃ、そのような呆けた顔をして」
「だってまだ信じられないんだ、まさか原初の精霊【シ・ヴァ】と友達になるなんて。そんな突拍子もない発想は、俺には全くなかったから」
「ふふん、こんなことで驚くとは。ハルトもまだまだ、様々なことへの理解が足りんようじゃのう」
幼女魔王さまがどや顔で笑った。
「ははっ、どうやらそうみたいだな。精霊使いとしてもスローライフについても、俺にはまだまだちっとも理解が足りていなかった。ありがとうな、助かったよ魔王さま」
「なーに、礼には及ばぬ。そもそも先に命を救われたのは妾のほうじゃからの。助け合いの精神、Win-Winというやつじゃ」
「ほんとかなわないな」
「こう見えて妾は、この国の魔王じゃからの」
「心から納得したよ」
話が一段落したところに、
「ハルト様、ご無事で何よりです!」
ミスティが感極まった様子で飛び込んできた。
いまだ抱き合ったままの幼女魔王さまと俺を、2人まとめて抱え込むようにハグをしてくる。
「ミスティにも心配かけちゃってごめんな」
「とんでもありません! それに最後はこうして勝利をおさめてみせたのですから」
「俺の力だけじゃないさ。魔王さまに助けてもらったからこその勝利だよ」
「それでも私は今回の一件で、ハルト様は真の英雄であると心の底から確信しました!」
「あはは、サンキュー」
ミスティの目には涙がにじんでいた。
それは絶望による悲しみではなく、心の底からの安心と、これ以上ない喜びの涙だった。
「なんにせよ、とりあえずはこれで一段落じゃ。後は――」
「この戦争を止めないとな……くっ」
俺は2人から離れようとして、しかし貧血にでもなったみたいに、ふらついてしまう。
よろける俺の身体を、ミスティが慌てて身体を支えてくれた。
「悪い、ちょっとクラっときた……助かったよミスティ」
「いえいえ、支えるのには滅法慣れておりますので」
さすが幼女魔王さまをいつも支える、サポートのプロは言うことが違うな。
「ハルト、少し休んでおるのじゃよ」
「だめだ、こうしている間にも戦闘は続いている。俺にいい考えが――」
「大丈夫じゃよ、ここは妾に任せよ」
「魔王さまに?」
「うむ。じゃがその代わりに、ハルトの契約精霊を少し借りるからの」
「俺の契約精霊を借りる、だって?」
「そう、大丈夫なのじゃよ。気負う必要なんてないのじゃ。なにせ精霊は友達、妾とハルトも友達じゃ。だからこれは、友達の友達にちょいと力を借りるだけのこと――!」
「まさか――」
幼女魔王さまが大きく息を吸い込んだ。
「風の最上位精霊【シルフィード】よ。今だけでよい。妾の声をここにいる皆に届けて欲しいのじゃ。精霊術【遠話】!」
――はーい――
「な――っ!?」
幼女魔王さまの呼びかけに、俺と契約する風の最上位精霊【シルフィード】が嬉しそうに舞い踊りながら応えたのだ!
幼女魔王さまは【シルフィード】が反応したことを確認すると、キリリと凛々しい顔になって戦場に視線を向けながら、宣言した。
「戦場にいる全ての者に告ぐ! 妾は南部魔国の主、南の魔王である! 勇者は我が友・精霊騎士ハルト・カミカゼが討ち取った! よってこの戦は南部魔国の勝利である!」
戦場に幼女魔王さまの凛とした声が響き渡る。
「これ以上の戦闘は無意味である! リーラシア帝国軍はただちに降伏せよ! 繰り返す、リーラシア帝国軍はただちに降伏せよ! また我が軍には以下のことを厳命する! 降伏した兵に手を出すことは断じて許さぬ! どのような理由があろうとも、降伏した帝国兵に危害を加えた者は、一切の容赦なく厳罰をもって処断するゆえ心するがよい! 繰り返す、勇者は我が友・精霊騎士ハルト・カミカゼが――」
幼女魔王さまの声が戦場の隅々まで届けられるとともに、合戦の音が潮が引くように鳴りやんでいき、戦意を失ったリーラシア帝国軍の兵士たちは次々と武器を放りだし、降伏し始める。
「まったく。今日は魔王さまに驚かされてばかりだな」
自分の命と引き換えに戦争を終わらせようとしたこと。
原初の破壊精霊【シ・ヴァ】と友達になってみせたこと。
俺の精霊と心を通わせてみせたこと。
そして今。
幼女魔王さまの声が発せられるたびに、武器を打ち合う音や敵味方の怒号が、潮が引くように聞こえなくなってゆくのだ。
「魔王さまは全然へっぽこなんかじゃないだろ。こうやって誰もが魔王さまの言葉に耳を傾ける。これのどこがへっぽこだ? 魔王さまは最高の魔王さまだよ」
俺は戦闘の終結を強く確信すると同時に、糸が切れたように地面に座り込むと、まぶたを閉じた。
「強行軍で戦場まで来て、勇者と戦って、死にかけて、【シ・ヴァ】を召喚して、暴走させてしまって……さすがに疲れた」
もういいよな?
ちょっとだけ寝させてくれ……。