「はっ、はははっ! ついに、ついに! 南の魔王を討伐したぞ!」

 戦場の喧騒の中で唯一ここだけ静寂が支配していた決闘の場に、勇者の哄笑(こうしょう)が響き渡った。

「北の魔王ヴィステムについで、僕は南の魔王も打ち滅ぼしたんだ! これで僕は、文句なしに史上最高の勇者になった! ははっ、ははははっ! あーはははははははははっっっ!!!」

 勇者はこれでもかというほどの高笑いを繰り返す。
 既に俺たちの方を見てもいなかった。
 完全にアウト・オブ・眼中。
 だから俺は――気兼ねなく行動に移すことができた。

 幼女魔王さまの胸に突き刺した黒曜の精霊剣・プリズマノワールに、俺は意識を集中していく。
 そして【それ】に触れた瞬間、

()はいと尊き始まりの一柱(ひとはしら)――」
 俺は【精霊詠唱】を(うた)い捧げ始めた――!

「黒曜の精霊剣・プリズマノワールに眠りし、全ての生命(いのち)の祖たる始原精霊王【セフィロト】よ――! いと尊き始まりの精霊王よ――! 我が切なる願いを今ここに聞き届けたまえ――! 始原精霊術【生命の樹(セフィロト・ツリー)】発動!」

 ――…………――

 【精霊詠唱】に――俺の切なる願いに返ってきたのは、熟練の精霊騎士と言えども聞き取ることは不可能な、高位の古代精霊言語。
 しかし俺はそれが「イエス」であることを直感的に理解していた。

 その直後だった。
 ドクン!
 漆黒に輝く黒曜の精霊剣・プリズマノワールから心臓が強く跳ねるような音が聞こえたかと思うと、その刃が一瞬にして七色に光輝くプリズムへと変化したのは――!

 七色(プリズム)に輝く精霊剣は、幼女魔王さまの胸元からその身体へと強大な活力の源を――生命力の息吹を吹き込んでゆく――!
 そしてわずかな間の後、キュポンっと可愛らしい音がするとともに、幼女魔王さまの身体から精霊剣・プリズマノワールが抜け落ちた。
 その刃は既に、黒を塗り固めたような漆黒へと戻っている。

 そして、

「ん……うむ……? あれ……? (わらわ)は確か死んだはずではなかったのか……? ではしかし、そうであるならば何ゆえハルトの顔が見えるのじゃろうか?」

 幼女魔王さまはぴこっと目を開けると、心底不思議そうな顔を見せた。

「よし――成功だ!」
「んん……?」

 そんな俺たちの様子に、今更ながらに勇者が気付いた。

「な――!? いったい何が起こったんだ!?」
 その声には狼狽(ろうばい)の色がにじんでいる。

「鬼族のたぐい稀なる回復力が、かろうじて繋ぎとめていた魔王さまの命が、始原精霊術【生命の樹(セフィロト・ツリー)】によって、再び元通りの活力を取り戻したのさ」

「始原精霊術【生命の樹(セフィロト・ツリー)】だと!? なんだそれは!? 君は今までそんなことができるなんて、一言も言ったことはなかったじゃないか! 勇者パーティの仲間にも隠していたのか! なんと卑劣な!」

「【生命の樹(セフィロト・ツリー)】を試したのは今のが初めてだ。そもそも始原精霊が俺の声を聞いてくれるかどうかすら、()の悪い賭けだからな。心臓に切っ先を突き刺した時点で、失敗すればもう助からない。こんな不確実なものを使えるって言うわけにはいかないだろ」

「貴様ぁ! 奥の手を仲間にも隠していたくせに、よくもぬけぬけとそんなことが言えるな! 本当に徹頭徹尾不愉快な存在だよ、君は!」

 ギリっと歯ぎしりをした勇者から、しかし俺は視線を外すと、

「魔王さま、さっきまでと何か変化はないか?」
 起き上がった幼女魔王さまに優しく声をかけた。

「特には……ないと思うのじゃ。むしろすこぶる元気な感じなのじゃよ」

「良かった、完全に成功したみたいだな。なら少し俺から離れていてくれ。今からあいつと、ちょっと本気で戦ってくるからさ」

「……ハルトよ、本気とは言うが勝てるのかえ? 天使顕現セラフィム・コールは勇者を天使に――世界最強の存在へと変えるのじゃろう? お主を死なせるくらいなら、(わらわ)は負け戦の王として、喜んでもう一度首を差し出すのじゃ」

「心配するな、本気を出すって言っただろ? それとも俺の言うことが信じられないか? さんざん魔王さまをびっくりさせてきた俺なんだぜ?」

「そう言われると、そんな気がしてくるのじゃ。なにせハルトには散々驚かされてきたからのう」

「だろ? じゃあ離れていてくれ。いい加減もうケリをつけてくるよ。あいつとの因縁も、俺自身の甘さにもな」
「ならば任せるのじゃよ。勝つのじゃぞ、ハルト」
「安心しろ。俺は約束は守る男だ」

 幼女魔王さまがとてとてとミスティのもとに小走りで駆けていくを横目に、俺は勇者に向き直った。

「待たせたな、勇者」
「最期のお別れは済んだようだね」
「最期のつもりは毛頭ねえよ。お前の方こそ、すっかり落ち着いたみたいじゃないか。さっきはあんなに取り乱していたってのにさ」

 こんな性格でも、勇者は歴戦の猛勇。
 既に完全に落ち着きを取り戻している。

「なに、よくよく考えてみれば、天使顕現セラフィム・コールが敗れたわけじゃないからね。たしかにさっきの精霊術には驚かされたよ。だが、だから何だというんだい? また同じように君を倒し、そして魔王を始末するだけのこと。2度手間だが、ただそれだけのこと。同じことの繰り返しだ」

「それはどうかな?」
「おやおや? そんな傷だらけの身体でえらく自信満々じゃないか。まさか僕に勝つための秘策でもあるってのかい?」

「ああ、ある」
「なに――っ?」
「それを今からとくと見せてやるよ」

「チッ――クソが。本当に君はウザいな! できるもんならやってみろよ!」

 余裕を見せ続ける俺に、勇者が品のない舌打ちと言葉を発した。
 そんな勇者を前に、俺は自分の気持ちを心の中で再確認して見つめ直す。
 さっきまでの俺は、最後の最後で甘さがあった。

「なぁ勇者。勇者パーティで5年も苦楽を共にしたお前とは、いつか分かり合えるだろうって、俺はずっと心のどこかで思っていたんだ。だけど、そんな甘い考えはもう金輪際捨てる」

「ああ、そうかい。僕のほうこそ君と仲間ごっこをしなくていいと思うとせいせいするよ」

 ああ、俺とお前は本当に分かり合えないんだな――。

「お前は俺の大切な魔王さまを手にかけようとした! 俺はもう、お前を許すことはできない」

「だから何だって言うんだ? 許せないと思ったら、勇者の僕に勝てるようになるってのかい? 気持ちだけで戦争に勝てるなら、誰も苦労はしないんだよ!」

「そうだ。だから、今から俺の本気を見せてやる」
御託(ごたく)はもう十分だ、かかってこいよハルト」

 俺は既に黒曜石のごとき漆黒の刃を取り戻した黒曜の精霊剣・プリズマノワールを構えなおすと、

()は黒き(やいば)にて永劫の眠りにつく、いと(とうと)き始まりの一柱(ひとはしら)、原初の破壊精霊【シ・ヴァ】よ――」

 禁断の【精霊詠唱】を開始した――!