「だから俺は、お前の気に(さわ)ることをした覚えはないんだけどなぁ」

「君の存在そのものが気に(さわ)るんだよ!」
 どうにも納得がいかずに首を傾げた俺に対し、勇者がキレ気味にそんなことを言ってくる。

「めちゃくちゃ言うなよな」
 存在そのものが気に障ると言われたのは、さすがに人生ではじめての経験だ。

「だいたい俺の何がそんなに気に(さわ)るっていうんだよ?」
「何がってなにもかもさ!」
「何もかもって……」

「知っているか? 勇者は過去に何十人といる。だが精霊騎士はどうだ! 両手で足りるほどしかいないじゃないか!」
「そりゃまぁ、精霊使いですら100万人に1人だからな。そこから功績をあげて下級貴族の騎士に取り立てられる奴なんて、そりゃ少ないだろうよ」

「そんなレアジョブが! なんで僕が勇者の時代にいるんだよ! おかしいだろ!」
「そんなこと言われてもな……」

 それもう、俺はなんにも悪くないじゃないか。
 完全な逆恨みだぞ?

「しかも聖剣と並ぶ『第一位階』の、黒曜の精霊剣・プリズマノワールだと? なんだよそれ、僕を馬鹿にするのもたいがいにしろよ! もっと勇者を(あが)めろよ! 勇者に並ぼうとするなよ! 勇者である僕だけを褒め称えろよ!」

「ひとまず俺のことは置いておくとして、それは違うだろ。勇者は民のためにいるんだ。お前が崇められたり、褒め称えるためにあるものじゃない」

「はっ、綺麗ごとを言うな。勇者は誰よりも辛く苦しい試練の道を歩む。ならば当然その対価と権利を有するべきだ!」

「否定はしないさ。勇者にだって幸せになる権利は当然ある。でもそれだけじゃだめなんだ。勇者は――」

 言いながら俺は、幼女魔王さまとミスティと過ごした様々な日々を――ゲーゲンパレスでのスローライフを思い出していた。
 そしてそれは俺の中で、一つの確信へと至る。

「勇者はさ、『国民の象徴』にならないといけないんだ。みんなを愛し、みんなに愛される唯一無二の存在――それが勇者のあるべき姿なんだ」

 だけど、
「笑わせるな、なにが『国民の象徴』だ」
 俺の想いは、勇者に伝わりはしなかった。

「過去の勇者もみんなそうだった。君と同じで御大層(ごたいそう)なお題目を唱え、その結果、善意を利用されていいように使いつぶされてきた! でも僕は違う! 僕は手に入れる! 富を、権力を、国を、あらゆる何もかもをな!」

「勇者、その考えは間違っているよ」
「いいや僕が正しい。そしてそのためには、2人の魔王を討伐したという史上初の実績が必要なのさ。だから邪魔をするなハルト! そこをどけ!」

「どかねぇよ。俺は俺の信念と、俺のスローライフのために魔王さまを守る」
「交渉決裂だな。もはや君と語ることは何もない――ならばもう、後はこいつで決めるしかないだろう?」

 不敵に笑うと勇者が聖剣を構えた。
 さらにその身体から、勇者のみが扱える聖なる闘気(オーラ)が立ち昇り始める。

「望むところだ」
 負けじと俺も、黒曜の精霊剣・プリズマノワールを構え戦闘態勢をとった。

「手加減はしない。行くぞ精霊騎士ハルト! 目障りな君には、ここで引導を渡してやる!」
「かかって来い勇者!」

 その言葉を皮切りに、俺と勇者は互いに駆け出すと、真っ正面から激突した!