「お帰りなさいませ、ご主人様♪」
メイド喫茶のドアを開けると、カランコロンという心地良いドアベルとともに、いつもと変わらぬ華やかな笑顔が、俺を出迎えてくれる。
当初は戸惑ったその独特の挨拶も、今やすっかり「こうでなくてはメイド喫茶にあらず」とまで思うようになっている俺だった。
すぐに席へと案内された俺はメニューを軽く眺めると、
「『たぬー&わんこのなかよしハンバーグプレート』、『ねこにゃーんラテアートカフェ』を砂糖抜きで。それと『一緒にランチ』を頼む」
特に悩むこともなく注文を完了する。
ゲーゲンパレスに来た当初と比べれば、俺もかなり最先端文化に馴染んできたよな。
それもこれも幼女魔王さまとミスティのおかげ――ってだめだ。
今は2人のことは忘れて、メイド喫茶のおもてなしを楽しむんだから。
注文した料理が運ばれてくるのと同じくらいに、
「おにーさん、おまたせ~♪」
『一緒にランチ』のサービスで、ナナミが同席しにやってきた。
「あれ? 今日はおにーさん一人? 魔王さまとミスティちゃんは? もしかして振られた?」
「振られてないから。2人はちょっと訳ありでな。しばらく出払ってるんだ」
「それって人間族との戦争でってこと、だよね?」
「あ、えっと……どうだろう?」
俺は一瞬ためらってから――すっとぼけることにした。
まずったな。
どこまで世間に情報が開示されているのか、事前に確認しておくべきだった。
名目上とはいえ国家元首である幼女魔王さまの動向は、戦時下では軍事機密の可能性が高い。
そうでなくとも敵の狙いは幼女魔王さまなんだ。
平時ならいざ知らず。
馴染みの店とはいえ、今は今あまりぺらぺらとしゃべらないほうがいいだろう。
俺はそう判断する。
しかし知らないふりをした俺を、ナナミがじっと見つめてくる。
それがまるで、俺の心を見透かそうとしているようだと感じてしまったのは、俺が何をどうしても2人のことが心配でたまらないせいだろうか――?
それとも知らないふりをしたことへの、やましさがあったからだろうか――?
やや後ろめたい気持ちでいた俺に、ナナミが問いかけてくる。
「ねぇ、おにーさん。知ってる? 迎撃に向かった南部魔国軍が、初戦で勇者にかなり手ひどくやられたって話」
「なっ、それは本当か!?」
「噂だけどね。勇者1人の前に、主力の一部がなすすべもなく壊滅させられちゃったんだって」
「くそっ、勇者の持つ聖剣は対魔族用の決戦兵器、リーサルウェポンだ。並の魔族じゃ束になっても相手にならないか」
それこそベルくらいの強さがないと、勝負の土俵にすら上がれない。
野戦よりも籠城戦が最善手だと俺が考えたのは、これも理由の一つだった。
分かっていたことだけど、やはり聖剣を持った勇者は世界最強の存在だ……!
「ねぇおにーさん、噂話には続きがあるの。勇者の狙いは魔王さまだって話なんだけど、これってほんと?」
「そんな話まで出ているのか。この国の情報統制はどうなっているんだ?」
……でも待て。
さすがにこのクラスの軍事機密が、この短期間でこうも簡単に漏れるはずがない。
つまり誰かが意図的に漏らしたんだ。
いったい誰が?
もちろん幼女魔王さまだ。
自分が犠牲になれば戦が終わり国民も守られるというストーリーを、自ら用意しようとしているんだ――!
「ねぇおにーさん、なんでなの? なんで人間族はずっと仲良くやってきた南部魔国に攻めてきたの? 魔王さまがなにをしたって言うの?」
「それは――」
「ねぇおにーさん。おにーさんはすごく強いんだよね? レアジョブの精霊騎士なんだよね? 魔王さまのお友達なんだよね? だったらお願い! 助けてよ! 魔王さまを助けてよ!」
必死にお願いするナナミの、最後は叫ぶような声に、明るい店内が一瞬で静まり返る。
ナナミは涙で真っ赤になった瞳で、俺を強く強く見つめていた。
俺への期待と、現状への失望が混じった瞳に見つめられて、俺の中にストンと一つの結論が生まれ落ちた。
それはとてもとても簡単な結論だった。
だから俺は言った。
「悪いが、ナナミのお願いは聞けない」
そうだ、そんなお願いは聞いていられないんだ。
「どうして!? おにーさんが人間族だから!? 人間族との戦争だから、魔族の魔王さまは助けられないってこと!? 友達なんでしょ!?」
いまやナナミはあふれる涙を拭おうともせずに、メイドさんという仕事も忘れて俺に詰め寄っていた。
「ナナミのお願いは聞けない」
俺はもう一度、同じ言葉を繰り返す。
「おにーさん……」
俺の言葉に、ナナミが鼻をすすりながらうつむいた。
涙がぽたりとテーブルに落ちる。
「だってそうだろ? 誰かに言われたからするんじゃなくて。俺自身が魔王さまを助けたいって、強く強く思っているんだからな!」
「ぇ――っ?」
「ありがとうナナミ。ナナミと話したおかげで、ずっともやもやしていたものが全部スカッと吹っ切れたよ。そうだよな。俺は何をぐだぐだと悩んでいたんだ。まったくもって俺らしくもない」
「――っ! おにーさん!」
「安心しろナナミ。今から俺がちょっと行って、魔王さまとミスティを助けてくるからさ」
そうだ、なにを悩む必要があるってんだ――?
「俺はレアジョブ精霊騎士のハルト・カミカゼ。数多の精霊と契約し戦闘から生活応援までなんでもこなす、元・勇者パーティの前衛――フロント・アタッカーを5年も務めた、精霊騎士ハルト・カミカゼだ! そんな俺が、誰かを助けるのに何を悩む必要がある!」
ベルの立場とか、幼女魔王さまの気遣いとか、ミスティの想いとか、かつての仲間と戦う苦しみとか――そんなの全部関係ない!
俺は俺の心に従って動く!
人を助けるのに、もったいぶった理由なんていらないんだ!
「おにーさん! ありがとう!」
俺の決意を聞いたナナミの顔が、大輪のバラのようにパァッと花開いた。
「そういうわけだからナナミ。まずは情報が欲しい。特に戦場がどこなのか、なるべく詳しく知りたいんだ。北部の平原で迎え撃つとしか聞いていないからな」
「分かった! すぐに知ってそうな知り合いを集めてくるから、ここで待ってて! その間のお代はナナミが持つから!」
「ははっ、お金くらい自分で払うっての」
「いいから!」
ナナミはそう言い残すと、全速力でお店を飛び出していった。
メイド喫茶のドアを開けると、カランコロンという心地良いドアベルとともに、いつもと変わらぬ華やかな笑顔が、俺を出迎えてくれる。
当初は戸惑ったその独特の挨拶も、今やすっかり「こうでなくてはメイド喫茶にあらず」とまで思うようになっている俺だった。
すぐに席へと案内された俺はメニューを軽く眺めると、
「『たぬー&わんこのなかよしハンバーグプレート』、『ねこにゃーんラテアートカフェ』を砂糖抜きで。それと『一緒にランチ』を頼む」
特に悩むこともなく注文を完了する。
ゲーゲンパレスに来た当初と比べれば、俺もかなり最先端文化に馴染んできたよな。
それもこれも幼女魔王さまとミスティのおかげ――ってだめだ。
今は2人のことは忘れて、メイド喫茶のおもてなしを楽しむんだから。
注文した料理が運ばれてくるのと同じくらいに、
「おにーさん、おまたせ~♪」
『一緒にランチ』のサービスで、ナナミが同席しにやってきた。
「あれ? 今日はおにーさん一人? 魔王さまとミスティちゃんは? もしかして振られた?」
「振られてないから。2人はちょっと訳ありでな。しばらく出払ってるんだ」
「それって人間族との戦争でってこと、だよね?」
「あ、えっと……どうだろう?」
俺は一瞬ためらってから――すっとぼけることにした。
まずったな。
どこまで世間に情報が開示されているのか、事前に確認しておくべきだった。
名目上とはいえ国家元首である幼女魔王さまの動向は、戦時下では軍事機密の可能性が高い。
そうでなくとも敵の狙いは幼女魔王さまなんだ。
平時ならいざ知らず。
馴染みの店とはいえ、今は今あまりぺらぺらとしゃべらないほうがいいだろう。
俺はそう判断する。
しかし知らないふりをした俺を、ナナミがじっと見つめてくる。
それがまるで、俺の心を見透かそうとしているようだと感じてしまったのは、俺が何をどうしても2人のことが心配でたまらないせいだろうか――?
それとも知らないふりをしたことへの、やましさがあったからだろうか――?
やや後ろめたい気持ちでいた俺に、ナナミが問いかけてくる。
「ねぇ、おにーさん。知ってる? 迎撃に向かった南部魔国軍が、初戦で勇者にかなり手ひどくやられたって話」
「なっ、それは本当か!?」
「噂だけどね。勇者1人の前に、主力の一部がなすすべもなく壊滅させられちゃったんだって」
「くそっ、勇者の持つ聖剣は対魔族用の決戦兵器、リーサルウェポンだ。並の魔族じゃ束になっても相手にならないか」
それこそベルくらいの強さがないと、勝負の土俵にすら上がれない。
野戦よりも籠城戦が最善手だと俺が考えたのは、これも理由の一つだった。
分かっていたことだけど、やはり聖剣を持った勇者は世界最強の存在だ……!
「ねぇおにーさん、噂話には続きがあるの。勇者の狙いは魔王さまだって話なんだけど、これってほんと?」
「そんな話まで出ているのか。この国の情報統制はどうなっているんだ?」
……でも待て。
さすがにこのクラスの軍事機密が、この短期間でこうも簡単に漏れるはずがない。
つまり誰かが意図的に漏らしたんだ。
いったい誰が?
もちろん幼女魔王さまだ。
自分が犠牲になれば戦が終わり国民も守られるというストーリーを、自ら用意しようとしているんだ――!
「ねぇおにーさん、なんでなの? なんで人間族はずっと仲良くやってきた南部魔国に攻めてきたの? 魔王さまがなにをしたって言うの?」
「それは――」
「ねぇおにーさん。おにーさんはすごく強いんだよね? レアジョブの精霊騎士なんだよね? 魔王さまのお友達なんだよね? だったらお願い! 助けてよ! 魔王さまを助けてよ!」
必死にお願いするナナミの、最後は叫ぶような声に、明るい店内が一瞬で静まり返る。
ナナミは涙で真っ赤になった瞳で、俺を強く強く見つめていた。
俺への期待と、現状への失望が混じった瞳に見つめられて、俺の中にストンと一つの結論が生まれ落ちた。
それはとてもとても簡単な結論だった。
だから俺は言った。
「悪いが、ナナミのお願いは聞けない」
そうだ、そんなお願いは聞いていられないんだ。
「どうして!? おにーさんが人間族だから!? 人間族との戦争だから、魔族の魔王さまは助けられないってこと!? 友達なんでしょ!?」
いまやナナミはあふれる涙を拭おうともせずに、メイドさんという仕事も忘れて俺に詰め寄っていた。
「ナナミのお願いは聞けない」
俺はもう一度、同じ言葉を繰り返す。
「おにーさん……」
俺の言葉に、ナナミが鼻をすすりながらうつむいた。
涙がぽたりとテーブルに落ちる。
「だってそうだろ? 誰かに言われたからするんじゃなくて。俺自身が魔王さまを助けたいって、強く強く思っているんだからな!」
「ぇ――っ?」
「ありがとうナナミ。ナナミと話したおかげで、ずっともやもやしていたものが全部スカッと吹っ切れたよ。そうだよな。俺は何をぐだぐだと悩んでいたんだ。まったくもって俺らしくもない」
「――っ! おにーさん!」
「安心しろナナミ。今から俺がちょっと行って、魔王さまとミスティを助けてくるからさ」
そうだ、なにを悩む必要があるってんだ――?
「俺はレアジョブ精霊騎士のハルト・カミカゼ。数多の精霊と契約し戦闘から生活応援までなんでもこなす、元・勇者パーティの前衛――フロント・アタッカーを5年も務めた、精霊騎士ハルト・カミカゼだ! そんな俺が、誰かを助けるのに何を悩む必要がある!」
ベルの立場とか、幼女魔王さまの気遣いとか、ミスティの想いとか、かつての仲間と戦う苦しみとか――そんなの全部関係ない!
俺は俺の心に従って動く!
人を助けるのに、もったいぶった理由なんていらないんだ!
「おにーさん! ありがとう!」
俺の決意を聞いたナナミの顔が、大輪のバラのようにパァッと花開いた。
「そういうわけだからナナミ。まずは情報が欲しい。特に戦場がどこなのか、なるべく詳しく知りたいんだ。北部の平原で迎え撃つとしか聞いていないからな」
「分かった! すぐに知ってそうな知り合いを集めてくるから、ここで待ってて! その間のお代はナナミが持つから!」
「ははっ、お金くらい自分で払うっての」
「いいから!」
ナナミはそう言い残すと、全速力でお店を飛び出していった。