「ハルト、今は時間は空いておるかの?」
俺の部屋――正確には俺が使っていいと言われている部屋だが――に、幼女魔王さまが一人でやってきた。
「あれ、珍しいな。ミスティが付いてきていないなんて。俺の所に来るときはいつも2人で一緒だったのに」
「う、うむ。実はハルトに、折り入って頼みがあるのじゃ」
もしかしてミスティには内緒にしたい話だろうか。
「いいぞ、俺にできることなら何でも言ってくれ」
特に断る理由もなかったし、いろんなことを教えてくれて、たくさんの場所に案内してくれた幼女魔王さまには、どんな形でもいいからお礼をしたいって思っていたしな。
渡りに船だ。
「頼みというのは他でもないのじゃ。妾に精霊の上手な扱い方を教えて欲しいのじゃが、ダメであろうか?」
「あー、そういうことか。でもうーん、そうだな。ちょっと難しいかも」
「そ、そうじゃよの。それほどの高度な精霊術じゃ。そうそうは他人には教えられんものじゃよの」
俺の答えを聞いて、幼女魔王さまがあからさまにショボーンとする。
「いや、そういう意味じゃないんだ。俺じゃあ教えられないかなって思っただけで」
「ハルトでは教えられない? それはどういう意味なのじゃ?」
「うーんとさ。魔王さまと精霊について話したりして最近気づいたんだけどさ。俺ってどうも特殊っぽいんだよ」
「今さらかーい! 今さら気付いたんかーい! ま、それもハルトらしいと言えばらしいのじゃよ」
「実はその理由には心当たりがあってさ。それが教えるのが難しいって話の核心なんだけど」
「と言うと?」
俺の言葉に、幼女魔王さまが目を輝かせながら身を乗り出してきた。
理由を知ることができれば、もしかしたら自分も似たような感じでできるようになるかも、みたいなことを思ったんだろうな、きっと。
「別に隠していた訳じゃないんだけど、俺って子供の頃に桃源郷に迷い込んだことがあるんだよ」
「桃源郷……とな? おとぎ話で精霊の住処と言われる、あの桃源郷かえ?」
「その桃源郷だ。幼い頃に偶然迷い込んだ俺は、そこで精霊たちと友達になったんだ」
「な、なんじゃとぉ!?」
幼女魔王さまが激しく動揺した声を上げた。
「だから俺にとって精霊は、友達感覚でなんでも話したりお願いしたりできる相手なんだよ。向こうも俺のことを、手のかかる子分か弟分だとでも思っているっぽいし」
「あqwせdrftgyふじこlp!!??」
幼女魔王さまが、草原を歩いていたら伝説のドラゴンに出くわした! みたいな声にならない声を上げた。
「黒曜の精霊剣・プリズマノワールも、桃源郷を出てふと気が付いたら手の中にあってさ。だからきっと俺は魔王さまの役には立てないと思うんだ。一応確認なんだけど、魔王さまは桃源郷に入ったことはないよな?」
「そんなもんあるわけないのじゃ! おとぎ話の世界にどうやって入れというのじゃい!」
「だろ? そういうわけだから、俺のやり方は多分参考にならないと思うんだ。桃源郷に入って精霊と友達になればいいってアドバイスしても、なぁ? 俺もあれ以来入れた試しがないし」
「確かにそれは再現性がゼロっぽいのじゃよ……」
幼女魔王さまがシュンと肩を落とした。
「ああでも、1つだけアドバイスっていうか、気になったことはあるぞ」
「な、なんなのじゃ!? 何でもよいのじゃ。気になったことをぜひとも妾に教えて欲しいのじゃ!」
身を乗り出しながら両手をぐっと握って、鼻息も荒く尋ねてくる幼女魔王さま。
「それそれ」
「? どれなのじゃ?」
「魔王さまはさ、精霊のことになるとすごく力が入るだろ? もうちょっと肩の力を抜いた方がいいと思う」
「じゃが肩の力を抜いてしまっては、精霊と交感するための集中力が乱れるのではないか?」
「なんていうのかな。それは自分から心の壁を作っちゃってるって言うか。精霊はもっと自然に付き合うものなんだ。そうだな、実際やってみせるか。おいで――」
俺はそう言うと、幼女魔王さまの契約精霊である【火トカゲ】を呼び出した。
「ちょっとぉ!? 妾の契約精霊を、ハルトが勝手に呼び出したちゃったんじゃが!?」
「これくらいは普通だろ?」
「じゃから普通じゃないと言っておるじゃろうに!?」
「まぁそれは今は良いじゃないか。ほら、飼い猫を撫でるみたいに気楽な感じで頭を撫でてみて……いや俺のじゃなくて【火トカゲ】の頭をな?」
「こほん、今のは素で間違えたのじゃ」
身長差を埋めるべく背伸びして俺の頭に手を伸ばそうとしていた幼女魔王さまが、顔を真っ赤にして小さく咳払いをした。
だけどそのおかげで、いい感じに肩の力が抜けた気がする。
幼女魔王さまは今度こそ【火トカゲ】の頭をそっと優しく撫でた。
すると【火トカゲ】が嬉しそうに目を細める。
「おおおっ!? このような反応は、今までされたことがなかったのじゃ! なんと可愛いのじゃろうか……むふふふ」
精霊と触れ合って、幼女魔王さまの顔にひまわりのような大輪の笑顔が咲く。
「精霊はきっと偉大な存在なんだと思う。でもだからって、変にかしこまる必要もないと思うんだ」
「ふむふむ」
「魔王さまが平民とも分け隔てなく仲良く会話しているみたいにさ。こんな感じで力を抜いていけば、精霊はきっと応えてくれるはずだから」
「そうじゃったのか。今までの妾は、精霊が相手だからといって自分から壁を作ってしまっておったのじゃな」
「そういうことだ」
「そうか、そうであったのか。精霊との付き合い方が分かった気が、しなくもないのじゃ。感謝するのじゃよハルト。妾は今、小さな――しかし果てしなく価値のある一歩を踏み出した気がするのじゃ」
「それは良かった。魔王さまにはいつも世話になってるからな。今回お役に立てて光栄だ」
「それにしても、むふっ。この子は本当に可愛いのじゃ。おっと、そういえば名前がまだないの……よし決めた。お主はちび太と名付けるのじゃ。小さいからちび太なのじゃ! おいでちび太! ――って、ああ! 消えるでない! 消えるでないのじゃ! ちょ、ちょっと待って――! ううっ、ちび太が消えてしまったのじゃ」
「まぁ焦らず少しずつな。急いては事を仕損じるだ。気長に行こうぜ」
というわけで。
幼女魔王さまは契約精霊の【火トカゲ】に「ちび太」と名付け、少しだけ仲良くなったのだった。
俺の部屋――正確には俺が使っていいと言われている部屋だが――に、幼女魔王さまが一人でやってきた。
「あれ、珍しいな。ミスティが付いてきていないなんて。俺の所に来るときはいつも2人で一緒だったのに」
「う、うむ。実はハルトに、折り入って頼みがあるのじゃ」
もしかしてミスティには内緒にしたい話だろうか。
「いいぞ、俺にできることなら何でも言ってくれ」
特に断る理由もなかったし、いろんなことを教えてくれて、たくさんの場所に案内してくれた幼女魔王さまには、どんな形でもいいからお礼をしたいって思っていたしな。
渡りに船だ。
「頼みというのは他でもないのじゃ。妾に精霊の上手な扱い方を教えて欲しいのじゃが、ダメであろうか?」
「あー、そういうことか。でもうーん、そうだな。ちょっと難しいかも」
「そ、そうじゃよの。それほどの高度な精霊術じゃ。そうそうは他人には教えられんものじゃよの」
俺の答えを聞いて、幼女魔王さまがあからさまにショボーンとする。
「いや、そういう意味じゃないんだ。俺じゃあ教えられないかなって思っただけで」
「ハルトでは教えられない? それはどういう意味なのじゃ?」
「うーんとさ。魔王さまと精霊について話したりして最近気づいたんだけどさ。俺ってどうも特殊っぽいんだよ」
「今さらかーい! 今さら気付いたんかーい! ま、それもハルトらしいと言えばらしいのじゃよ」
「実はその理由には心当たりがあってさ。それが教えるのが難しいって話の核心なんだけど」
「と言うと?」
俺の言葉に、幼女魔王さまが目を輝かせながら身を乗り出してきた。
理由を知ることができれば、もしかしたら自分も似たような感じでできるようになるかも、みたいなことを思ったんだろうな、きっと。
「別に隠していた訳じゃないんだけど、俺って子供の頃に桃源郷に迷い込んだことがあるんだよ」
「桃源郷……とな? おとぎ話で精霊の住処と言われる、あの桃源郷かえ?」
「その桃源郷だ。幼い頃に偶然迷い込んだ俺は、そこで精霊たちと友達になったんだ」
「な、なんじゃとぉ!?」
幼女魔王さまが激しく動揺した声を上げた。
「だから俺にとって精霊は、友達感覚でなんでも話したりお願いしたりできる相手なんだよ。向こうも俺のことを、手のかかる子分か弟分だとでも思っているっぽいし」
「あqwせdrftgyふじこlp!!??」
幼女魔王さまが、草原を歩いていたら伝説のドラゴンに出くわした! みたいな声にならない声を上げた。
「黒曜の精霊剣・プリズマノワールも、桃源郷を出てふと気が付いたら手の中にあってさ。だからきっと俺は魔王さまの役には立てないと思うんだ。一応確認なんだけど、魔王さまは桃源郷に入ったことはないよな?」
「そんなもんあるわけないのじゃ! おとぎ話の世界にどうやって入れというのじゃい!」
「だろ? そういうわけだから、俺のやり方は多分参考にならないと思うんだ。桃源郷に入って精霊と友達になればいいってアドバイスしても、なぁ? 俺もあれ以来入れた試しがないし」
「確かにそれは再現性がゼロっぽいのじゃよ……」
幼女魔王さまがシュンと肩を落とした。
「ああでも、1つだけアドバイスっていうか、気になったことはあるぞ」
「な、なんなのじゃ!? 何でもよいのじゃ。気になったことをぜひとも妾に教えて欲しいのじゃ!」
身を乗り出しながら両手をぐっと握って、鼻息も荒く尋ねてくる幼女魔王さま。
「それそれ」
「? どれなのじゃ?」
「魔王さまはさ、精霊のことになるとすごく力が入るだろ? もうちょっと肩の力を抜いた方がいいと思う」
「じゃが肩の力を抜いてしまっては、精霊と交感するための集中力が乱れるのではないか?」
「なんていうのかな。それは自分から心の壁を作っちゃってるって言うか。精霊はもっと自然に付き合うものなんだ。そうだな、実際やってみせるか。おいで――」
俺はそう言うと、幼女魔王さまの契約精霊である【火トカゲ】を呼び出した。
「ちょっとぉ!? 妾の契約精霊を、ハルトが勝手に呼び出したちゃったんじゃが!?」
「これくらいは普通だろ?」
「じゃから普通じゃないと言っておるじゃろうに!?」
「まぁそれは今は良いじゃないか。ほら、飼い猫を撫でるみたいに気楽な感じで頭を撫でてみて……いや俺のじゃなくて【火トカゲ】の頭をな?」
「こほん、今のは素で間違えたのじゃ」
身長差を埋めるべく背伸びして俺の頭に手を伸ばそうとしていた幼女魔王さまが、顔を真っ赤にして小さく咳払いをした。
だけどそのおかげで、いい感じに肩の力が抜けた気がする。
幼女魔王さまは今度こそ【火トカゲ】の頭をそっと優しく撫でた。
すると【火トカゲ】が嬉しそうに目を細める。
「おおおっ!? このような反応は、今までされたことがなかったのじゃ! なんと可愛いのじゃろうか……むふふふ」
精霊と触れ合って、幼女魔王さまの顔にひまわりのような大輪の笑顔が咲く。
「精霊はきっと偉大な存在なんだと思う。でもだからって、変にかしこまる必要もないと思うんだ」
「ふむふむ」
「魔王さまが平民とも分け隔てなく仲良く会話しているみたいにさ。こんな感じで力を抜いていけば、精霊はきっと応えてくれるはずだから」
「そうじゃったのか。今までの妾は、精霊が相手だからといって自分から壁を作ってしまっておったのじゃな」
「そういうことだ」
「そうか、そうであったのか。精霊との付き合い方が分かった気が、しなくもないのじゃ。感謝するのじゃよハルト。妾は今、小さな――しかし果てしなく価値のある一歩を踏み出した気がするのじゃ」
「それは良かった。魔王さまにはいつも世話になってるからな。今回お役に立てて光栄だ」
「それにしても、むふっ。この子は本当に可愛いのじゃ。おっと、そういえば名前がまだないの……よし決めた。お主はちび太と名付けるのじゃ。小さいからちび太なのじゃ! おいでちび太! ――って、ああ! 消えるでない! 消えるでないのじゃ! ちょ、ちょっと待って――! ううっ、ちび太が消えてしまったのじゃ」
「まぁ焦らず少しずつな。急いては事を仕損じるだ。気長に行こうぜ」
というわけで。
幼女魔王さまは契約精霊の【火トカゲ】に「ちび太」と名付け、少しだけ仲良くなったのだった。