今日は幼女魔王さまとミスティに連れられて、王都郊外にある練兵場での軍事教練を観覧していた。

「おおー! 皆、頑張っておるのじゃ!」
 少し高くなった台の上の特別席から、練兵を見下ろす幼女魔王さまが、嬉しそうな声を上げ、

「本日は魔王さまがご観覧されておられますからね。訓練する兵士たちも気合が入るというものでしょう」
 隣に立つミスティもそれに(ほが)らかに同意する。

「確かに見事なもんだな。士気も高いし、練度の高さも相当なもんだ」
 俺も同じような感想だった。

 今は太鼓やほら貝の合図にあわせ、様々な陣形に変化する戦術変更訓練を行っていたのだが。
 それぞれの部隊長に指揮され、他部隊とも連携を取りながらきびきびとした無駄のない動きで、様々に陣形を変えていく様子は、元軍属として見ていてとても気持ちのいいものだった。

 ――と、そこへ、

「魔王さま、本日はわざわざご足労いただき誠にありがとうございました。僭越(せんえつ)ながら、全軍を代表してお礼の言葉を申し上げます」

 190センチはありそうな長身の女軍人がやってきた。
 軍服にはたくさんの徽章(きしょう)勲章(くんしょう)がつけられていて、一目でかなりの偉いさんだと分かる。

「おお、これは大将軍ベルナルド。壮健のようでなによりじゃ。今日はまっこと気合の入った素晴らしい練兵を見せてもらい、(わらわ)は大満足なのじゃ」

「もったいないお言葉にございます」

 (うやうや)しく礼をした大将軍ベルナルド――額に大きな(つの)の生えた鬼族だ――はそこで俺の方を向き直ると、

「で、あんたが魔王さまお気に入りの人間族――確かハルト・カミカゼって言ったかい?」

 俺のことを値踏みするような視線を向けてきた。

「他に同姓同名がいなければ、俺がそのハルト・カミカゼだろうな。大将軍ってことはアンタが軍のナンバーワンってことか」

「形式上は魔王さまが最高責任者だけどね。実質的にはそういうことになるね」
「リッケン・クンシュセーってやつだな、知ってるぞ」

 やはりこの国において魔王とはなんら実権がないにも関わらず、責任だけは取らされるという大変な立場のようだな。
 あんな小さな身体でこの驚くほどの重責。
 俺もできうる限り力になってあげないと。

「ところでハルト。アンタはかなりの腕前なんだってねぇ。街でもいろいろと評判みたいだぜ?」

「それはどうも。いい評判であること願ってるよ」

謙遜(けんそん)するねぇ。なんでも北の魔王ヴィステムを討伐した勇者パーティにいたんだって? そうだ、今日会ったのも何かの縁だ。アタイに指導がてら、ちょっとした手合わせでも願えないかね?」

 そう言ってベルナルドがニヤリと笑った。

「ベルナルド様、お(たわむ)れはおよしくださいませ」
 するとミスティが焦ったような声を上げる。

「おいおいミスティ、そんな怖い顔するなよ。せっかくの美人が台無しだぜ? なに、ちょいと軽く汗をかかないかと言っただけじゃないか? なぁハルト、アンタもそれくらい別にいいよなぁ?」

「俺は構わないぞ」
 そう言いかけた俺の言葉をミスティがさえぎった。

「ベルナルド様は一個師団級個人戦力(ワンマン・アーミー)とも呼ばれる、南部魔国の誇る最強の戦士です! 先だっても不遜(ふそん)な態度で上官に反抗した腕っぷし自慢の鬼族の新兵を、半殺しにしたばかりではありませんか!」

「あはは、鬼族同士はあれくらいでいいんだよ。どうせ少々の怪我ならすぐに回復するんだ。それにあれ以降あいつも素直になっただろう? アタイだって馬鹿じゃねぇんだ。相手を見て、力とやり方の加減くらいはしてみせるさ」

「で、ですが――」

 よほど俺とベルナルドを戦わせたくないのだろう。
 なおも言い(つの)るミスティを俺はそっと手で制すると、

「ベルナルドって言ったか? ぜひ手合わせ願えるかな。俺もこっちに来てからまったり過ごしすぎててさ。最近身体がなまっている感じがして、しょうがなかったんだよ。手合わせしてくれるっていうなら、ちょうどいいよ」

 パキッ、ポキッと軽く肩を回しながら、その申し出を受けて立つ。

「交渉成立だね」
 ベルナルドが嬉しそうな――そして獰猛(どうもう)な笑みを浮かべた。

「こっちだ、ついてきな。すぐそこに1対1の模擬戦用の演習場があるんだ」
「分かった」

「ベルナルド様! ハルト様も!」
「そんなに心配しなくても、軽くて合わせするだけだから大丈夫だって」

「ああもう! 魔王さまもお止めください! 魔王さまが止めればいくらベルナルド様であっても――」
「まぁ良いではないかミスティ。ハルトの強さはミスティも知っておるじゃろ?」

「それはそうですが、ベルナルド様は大変に熱くなりやすい性分(しょうぶん)です。もしものことがあれば――」

「まぁ大丈夫であろう……多分。それに実務トップの大将軍のやることに、お飾りの(わらわ)が口を出したとなると、それはそれで少々厄介なことになるしの。ま、ここはハルトを信じて見守ろうではないか」

「魔王さまがそうまでおっしゃるのであれば……」
 ミスティが渋々といった様子で引き下がったのを見て、

「じゃあ着いてきな」
 ベルナルドが颯爽と歩き出した。