◇勇者SIDE◇
~リーラシア帝国・某所~
「はぁ、はぁ、はぁ……。くそっ……くそくそくそくそっ! クソがっ!!」
街道に出没する盗賊団の拠点を見つけ出し、やっとのことでこれを殲滅した勇者は、周りに聞かれていることもかまわず悪態をついていた。
だがそれも仕方のないことだった。
傭兵崩れの野盗退治など数日で軽くカタをつけるはずが、1か月もの長期間を費やしてしまったからだ。
「それもこれもハルト・カミカゼのせいだ……!」
今回の野盗退治にあたり、北の魔王ヴィステムを討伐した至上最強の勇者パーティは結成されなかった。
メンバーがわずか2人しか集まらなかったからだ。
「しかたなく帝国騎士団から騎士を借り受けたはいいが、こいつらときたら、ろくに使えもしない無能ばかりときた」
周りにはその『無能な騎士』たちが撤収準備をしているのだが、勇者はむしろ彼らに聞こえるように声高に言い放った。
もちろん、騎士団から派遣された騎士が無能だったというのは、単なる勇者の主観だ。
帝国騎士団は勇者をサポートするべく、選りすぐりのエリート騎士たちを派遣している。
超が付くほどの精鋭ぞろいだった勇者パーティのメンバーに比べると、それでも能力は落ちる、ということに過ぎない。
しかしそもそもの話、なぜ勇者パーティを結成できなかったかということを考えると、勇者はどうにも我慢がならないのだった。
その理由は簡単。
招集を拒否されてしまったからだ。
「どいつもこいつも、クソみたいな理由を付けて辞退しやがって……! なにが領地経営に忙しいだ。なにが体調不良が続いてるだ。なにが子供が生まれそうだ」
急にぎっくり腰になったと言ってきた者もいた。
「サボるための見え透いた嘘ばかり並べたてやがって……!」
5年に渡る北部魔国との激闘を潜り抜けた勇者パーティのメンバーの多くは、戦後にそれなりの地位や名誉を得たことで、それ以上を求める向上心や熱意というものを失ってしまっていた。
もちろん、命がけで5年もの長きを戦い続けた彼らを責めるのは、お門違いだ。
命を懸けて戦い抜いた彼らが、残りの人生をゆっくりと過ごしたいと思うことを止められる者など、いはしない。
それでも元メンバーたちは、これまでは勇者パーティに参加してくれていた。
今回は何が違ったかというと。
「どうもハルトの奴が、熱意を失ったメンバーたちにアレコレ頭を下げて根回しをしていたらしい。余計なことばかりしやがって、クソが」
ハルトは、勇者とパーティメンバーの間に入って、彼らをなんとか野盗退治に引っ張り出していたのだ。
「いや、こいつらのように嘘をつくならまだいい」
勇者は苦々しい記憶を思い出す。
『もうハルトはいないんでしょ? だったら私は不参加よ。だってハルトがいないと野宿の時に精霊術で汗を流せないじゃん。ありえないっしょ? アンタだけで勝手にやりなさいよね』
などと、面と向かってサボタージュを宣言されてしまったのだ。
しかもそれが、広範囲の殲滅火炎魔法を使うパーティの後衛エースだったせいで、後衛メンバーのほとんどが参加を拒否してきたのだ。
「どいつもこいつもハルトハルトハルトハルト! 勇者パーティの中心は勇者のボクだろうが!」
こうして普段とは違った使えないメンバーを率いていたせいで、野盗たちの拠点を見つけるのにありえない程の時間がかかってしまったのだ。
そう。
パーティのフロントアタッカーとして、勇者に次ぐナンバー2として戦うだけでなく。
時にメンバー集めに奔走し、様々な精霊術を使って敵の居場所を発見し、敵の奇襲を察知し、さらには精霊術で旅の環境も整えることができるハルトは、勇者パーティにはなくてはならない潤滑剤だったのだ。
そのハルトはおらず、勇者パーティの仲間たちもいない。
勇者たちは地の利をいかした神出鬼没な野盗集団の足取りを追うのに、多くの時間と労力を割かざるをえなかった。
「くそっ、くそっ、くそっ! たかが盗賊団の討伐ごときに手間どったことで、ボクのメンツは丸つぶれだ」
周囲の騎士が何ごとが声をかけようとして、しかし勇者の暗く濁った憎しみに満ちた瞳を見て、口を閉ざす。
「ハルトを追放した途端にこんな大失態をしたとなれば、勇者の名声は地に落ちたも同然だ」
ただでさえ街では既に、追放されたハルトを悲劇の主人公にした物語が、吟遊詩人たちによって散々に歌われていることを、勇者は知っている。
耳にするのも不快だったので詳細については知らなかったし、知ろうとも思わなかったが、それでも漏れ聞こえてくるものは、それはもう不愉快な内容ばかりだった。
「挽回するためにデカい山をやるんだ。過去も未来も、ボク以外の誰もなしえない確固たる功績を作って、愚民どもを黙らせてやる! ……待て、そういえばハルトは南部魔国にいるらしいな。確かあそこには、鬼族の魔王がいたはず……」
ろくに戦闘能力を持たないへなちょこ魔王が、リッケン・ミンシュセーとかいう政治システムで神輿として担ぎ上げられているとかなんとか、勇者はそんな話を聞いたことがあった。
「もしも、だ。北の魔王ヴィステムに続いて南の魔王も討てば、ボクは史上初めてとなる2体の魔王を討伐した英雄になるんじゃないか?」
リーラシア帝国と南部魔国はそれなりの友好関係にある。
北の魔王ヴィステムとの戦いでも、南部魔国は無償の食料支援、医療スタッフの派遣など手厚い後方支援を行っていた。
「だが、知ったことか――」
そんなものは最悪、偽の神託を使えばどうとでもできる。
勇者の言葉は、すなわち神の言葉なのだ。
「そうだ。勇者が魔王を討伐して、なにが悪い?」
勇者の瞳に、身勝手な暗い炎がともった――。
◇勇者SIDE END◇
~リーラシア帝国・某所~
「はぁ、はぁ、はぁ……。くそっ……くそくそくそくそっ! クソがっ!!」
街道に出没する盗賊団の拠点を見つけ出し、やっとのことでこれを殲滅した勇者は、周りに聞かれていることもかまわず悪態をついていた。
だがそれも仕方のないことだった。
傭兵崩れの野盗退治など数日で軽くカタをつけるはずが、1か月もの長期間を費やしてしまったからだ。
「それもこれもハルト・カミカゼのせいだ……!」
今回の野盗退治にあたり、北の魔王ヴィステムを討伐した至上最強の勇者パーティは結成されなかった。
メンバーがわずか2人しか集まらなかったからだ。
「しかたなく帝国騎士団から騎士を借り受けたはいいが、こいつらときたら、ろくに使えもしない無能ばかりときた」
周りにはその『無能な騎士』たちが撤収準備をしているのだが、勇者はむしろ彼らに聞こえるように声高に言い放った。
もちろん、騎士団から派遣された騎士が無能だったというのは、単なる勇者の主観だ。
帝国騎士団は勇者をサポートするべく、選りすぐりのエリート騎士たちを派遣している。
超が付くほどの精鋭ぞろいだった勇者パーティのメンバーに比べると、それでも能力は落ちる、ということに過ぎない。
しかしそもそもの話、なぜ勇者パーティを結成できなかったかということを考えると、勇者はどうにも我慢がならないのだった。
その理由は簡単。
招集を拒否されてしまったからだ。
「どいつもこいつも、クソみたいな理由を付けて辞退しやがって……! なにが領地経営に忙しいだ。なにが体調不良が続いてるだ。なにが子供が生まれそうだ」
急にぎっくり腰になったと言ってきた者もいた。
「サボるための見え透いた嘘ばかり並べたてやがって……!」
5年に渡る北部魔国との激闘を潜り抜けた勇者パーティのメンバーの多くは、戦後にそれなりの地位や名誉を得たことで、それ以上を求める向上心や熱意というものを失ってしまっていた。
もちろん、命がけで5年もの長きを戦い続けた彼らを責めるのは、お門違いだ。
命を懸けて戦い抜いた彼らが、残りの人生をゆっくりと過ごしたいと思うことを止められる者など、いはしない。
それでも元メンバーたちは、これまでは勇者パーティに参加してくれていた。
今回は何が違ったかというと。
「どうもハルトの奴が、熱意を失ったメンバーたちにアレコレ頭を下げて根回しをしていたらしい。余計なことばかりしやがって、クソが」
ハルトは、勇者とパーティメンバーの間に入って、彼らをなんとか野盗退治に引っ張り出していたのだ。
「いや、こいつらのように嘘をつくならまだいい」
勇者は苦々しい記憶を思い出す。
『もうハルトはいないんでしょ? だったら私は不参加よ。だってハルトがいないと野宿の時に精霊術で汗を流せないじゃん。ありえないっしょ? アンタだけで勝手にやりなさいよね』
などと、面と向かってサボタージュを宣言されてしまったのだ。
しかもそれが、広範囲の殲滅火炎魔法を使うパーティの後衛エースだったせいで、後衛メンバーのほとんどが参加を拒否してきたのだ。
「どいつもこいつもハルトハルトハルトハルト! 勇者パーティの中心は勇者のボクだろうが!」
こうして普段とは違った使えないメンバーを率いていたせいで、野盗たちの拠点を見つけるのにありえない程の時間がかかってしまったのだ。
そう。
パーティのフロントアタッカーとして、勇者に次ぐナンバー2として戦うだけでなく。
時にメンバー集めに奔走し、様々な精霊術を使って敵の居場所を発見し、敵の奇襲を察知し、さらには精霊術で旅の環境も整えることができるハルトは、勇者パーティにはなくてはならない潤滑剤だったのだ。
そのハルトはおらず、勇者パーティの仲間たちもいない。
勇者たちは地の利をいかした神出鬼没な野盗集団の足取りを追うのに、多くの時間と労力を割かざるをえなかった。
「くそっ、くそっ、くそっ! たかが盗賊団の討伐ごときに手間どったことで、ボクのメンツは丸つぶれだ」
周囲の騎士が何ごとが声をかけようとして、しかし勇者の暗く濁った憎しみに満ちた瞳を見て、口を閉ざす。
「ハルトを追放した途端にこんな大失態をしたとなれば、勇者の名声は地に落ちたも同然だ」
ただでさえ街では既に、追放されたハルトを悲劇の主人公にした物語が、吟遊詩人たちによって散々に歌われていることを、勇者は知っている。
耳にするのも不快だったので詳細については知らなかったし、知ろうとも思わなかったが、それでも漏れ聞こえてくるものは、それはもう不愉快な内容ばかりだった。
「挽回するためにデカい山をやるんだ。過去も未来も、ボク以外の誰もなしえない確固たる功績を作って、愚民どもを黙らせてやる! ……待て、そういえばハルトは南部魔国にいるらしいな。確かあそこには、鬼族の魔王がいたはず……」
ろくに戦闘能力を持たないへなちょこ魔王が、リッケン・ミンシュセーとかいう政治システムで神輿として担ぎ上げられているとかなんとか、勇者はそんな話を聞いたことがあった。
「もしも、だ。北の魔王ヴィステムに続いて南の魔王も討てば、ボクは史上初めてとなる2体の魔王を討伐した英雄になるんじゃないか?」
リーラシア帝国と南部魔国はそれなりの友好関係にある。
北の魔王ヴィステムとの戦いでも、南部魔国は無償の食料支援、医療スタッフの派遣など手厚い後方支援を行っていた。
「だが、知ったことか――」
そんなものは最悪、偽の神託を使えばどうとでもできる。
勇者の言葉は、すなわち神の言葉なのだ。
「そうだ。勇者が魔王を討伐して、なにが悪い?」
勇者の瞳に、身勝手な暗い炎がともった――。
◇勇者SIDE END◇