「では早速、泳ぐのじゃ」
 幼女魔王さまはそう言うと、いきなり服を脱ぎだした。

「そうですね」
 ミスティも続いて服を脱ぎ始める。

「お、おい! こんなところで服を脱ぐなって!」

 慌てて視線を逸らした俺を気にすることもなく、2人は瞬く間に着姿に――いや、水着姿へとフォームチェンジした。

「狭い馬車の中で着替えるのは大変じゃからの。あらかじめ下に着込んでておったのじゃ」
「準備は万端です」

「なんだ、そういうことかよ。びっくりさせるなよなぁ」

「そんなことより、(わらわ)たちに言うことがあろう?」
「おそろいで、よく似合ってるよ」

 幼女魔王さまとミスティはおそろいの赤い水着だった。
 ビキニにパレオを巻いていて、露出がかなり多い。
 2人とも胸がかなり大きいこともあって、なんとも目のやり場に困ってしまうな。

「むふふ、それは重畳(ちょうじょう)じゃ」

「で、なんで水着なんだ? まさか泳ぐのか? 海で?」
 俺は確認するように2人に問いかけた。
 すると、

「もしやハルトは泳げぬのか? まぁリーラシア帝国は内陸国家ゆえ、泳げなくとも不思議ではないのじゃ……むふっ」

 なぜかちょっと勝ち誇った風の幼女魔王さま。

「いいや、泳げるぞ? 帝国にも川や池、湖はあるしな。子供の頃は夏になったら近くのロークワット湖っていう大きな湖でよく泳いでたから、むしろ泳ぎは得意な方だ」

 遠泳訓練10キロも余裕でこなせるくらい、泳ぎには自信がある。

「ではなぜ泳ぐのを嫌がるのじゃ?」
「泳ぐのが嫌ってよりも、海に入るのが怖いかな」

「「?」」
 俺の言葉に幼女魔王さまとミスティがそろって小首をかしげた。

「いやな? 俺が読んだ本によると、たしか海にはサメとかクジラっていう危険な巨大生物が生息しているんだろ? 特にサメは獰猛(どうもう)で、時には人間や魔族も襲うって書いてあったんだよ。そんなのがいる海で泳ぐのは危険すぎないか?」

 いくら泳ぎが得意な精霊騎士といえど、所詮(しょせん)は人の子。
 水の中に住む大型生物にいきなり襲われて勝てるかどうかは、正直微妙なところだ。
 泳いでる時は黒曜の精霊剣・プリズマノワールも手元にないしな。

「なるほど、そういうことかの。それならば安心して良いのじゃよ。この辺りにはサメもクジラもまず出ないからの」

 魔王さまは気楽に言うんだけど、

「そうは言ってもなぁ……こう、水の中からいきなり襲われると考えると、言いようのない不安が襲ってくるんだよなぁ」

「意外と心配性じゃの、ハルトは」
「慎重だと言ってくれ――よし!」
「ハルト、どうしたのじゃ?」
「ちょっとこの辺りの精霊に、安全確保をお願いしてみようと思ってさ」

 言うが早いか、俺は黒曜の精霊剣・プリズマノワールを抜くと、切っ先を天に向け、力ある言葉でこの地に住まう精霊に語りかけた!

「この地を、かの海を守護する偉大なる精霊よ――! 迷える我に(なんじ)が力を貸し与えたまえ――!」

 すると間を置かずして、空にはおどろおどろしい黒雲が立ち込め、辺りが急激に暗くなった。
 さらにははゴロゴロピカーン! と稲光と雷鳴が(とどろ)き始める。

「な、なんじゃなんじゃ!? なにが起こっておるのじゃ!?」
「天気が急変しましたよ!? さっきまであんなに晴れていたのに!」
 突然の出来事に恐れおののく幼女魔王さまとミスティをあざ笑うかのように、

 ザッバーーン!!

 いきなり目の前の海が左右に大きく割れたかと思うと、巨大な海洋精霊が姿を現した!

 ――我は【ポセイドン】なり。海の王たる我を呼び出しおったのは貴様らか?――

「お、【ポセイドン】か」
「ポ、ポポポ【ポセイドン】じゃとぉっ!!??」

 現れたのは海洋を統べる最上位精霊【ポセイドン】だった。

「ちょっとハルトぉ!? 炎の魔神【イフリート】と並び称される海洋王【ポセイドン】じゃぞ!? あんな一瞬でこんなヤバいの呼び出しちゃったの!?」

 幼女魔王さまが山でクマに不意打ちで襲われたのかってくらいの、泣き声のような悲鳴のような金切り声で叫んだ。