天気のいいある日。
俺と幼女魔王さまとミスティは、ゲーゲンパレスの郊外にある森林植物園にピクニックにやって来ていた。
「不思議だな。もう初夏から夏になるって時期なのに、ここは風が涼しい気がする」
「この辺りはちょうど海風の通り道になっているので、夏も比較的涼しいんですよ」
ピクニックが楽しいのか、俺の素朴な疑問に、ミスティがいつもより弾んだ声で答えてくれる。
「海風、つまり海から吹く風か……そうか、分かったぞ。水は熱しにくく冷めにくいものだ。察するに暖められた内陸部で上昇気流が発生して地表の空気が薄くなり、そこに海の冷たい風が流れ込んでくるという原理だな?」
湖などの大きな水源でも見られる現象だ。
海とは、湖のもっと大きなもの。
その効果は相当なものだろう。
俺は名推理を華麗に披露したんだけど、
「ハルトよ、お主は精霊という不思議な高位存在の声を聞くことのできるレアジョブ精霊騎士じゃというのに、ほんと情緒というものに欠けるよのぅ」
「え? 俺なにか変なことを言ったか?」
「まぁ今はよいか。海風が吹くおかげで、ここは春から夏にかけてピクニックにくるにはちょうどいい場所なのじゃよ」
「そうみたいだな」
辺りを見回すと、広大な園内には俺たちと同じく花を見ながら散策を楽しむ人の姿が、あちらこちらに見受けられる。
かくいう俺も、色とりどりに咲き誇る花々に感動している真っ最中だ。
「花をじっくり見たことって、ほとんどなかったんだけどさ。同じ種類でもいろんな色があって綺麗なもんだな」
俺の前には多種多様なバラが咲き誇っている。
「綺麗ですよね」
「バラはちょうど今が見頃じゃからの」
「でもバラってこんなにたくさん種類があったんだな。バラはバラって1品種があるものだとばかり思っていたよ」
「最近は品種改良が盛んに行われていますからね。確かこの植物園には、バラだけで900種ほど植えられていたはずです」
「900種!? バラだけでそんなにたくさん種類があるのか? 俺、花の名前って漠然とチューリップとバラがあるってくらいしか知らなかったのに」
俺にとってその2つ以外は全て「それ以外の花」だった。
なのにここには、バラだけで900種類もあるという。
「いや、今どき未就学児童でももうちょっと知っとるんじゃなかろうか……?」
俺の無知を知った幼女魔王さまが、苦笑する。
「これが最先端文化か。おそるべしだな」
「そんなハルト様に最新情報です。昨年なんと、不可能と言われていた青いバラが誕生したんですよ」
「おいおいミスティ。バラは基本赤いものだろう。ここにあるのも赤やピンクが多いし、他のも暖色系だ。俺だってそれくらいは知ってるんだぞ。赤色を指して薔薇色って言葉もあるくらいだしな。ミスティはほんと冗談がうまいんだから」
「いいえマジです」
「え?」
「マジのマジです」
「マジなの? バラなのに青いの?」
「はい超マジです。バラなのに青いんです」
「え、うそ、見たい! すごく見たいんだけど! 青いバラを見てみたい! ここにはないのか!?」
「まだ開発されたばかりなので、市井に出回るのは早くても数年後じゃないでしょうか」
「そっか、そうだよな。まだできたばっかりだもんな。残念」
「なーに、楽しみを先にとっておくというのもまた、一興なのじゃよ」
落胆した俺を励ますように、最後に幼女魔王さまがいい感じに話を締めくくった。
「それにしてもミスティは花について詳しいんだな。好きなのか? なんとなく今日はそわそわしてるし」
「もうハルト様ったら。チャンバラを嫌いな男の子がいないように、花を嫌いな女の子なんていませんよ」
「それもそうか」
「私はチャンバラも好きですけどね」
「ミスティみたいな騎士の家系だと、男女問わずそうなるみたいだな」
俺はずっと平民だったので聞いた話に過ぎないんだが、騎士の家系に生まれた女の子はだいたい男顔負けの剣術家だったり、かなりのお転婆になるそうな」
「ところでそろそろお昼にせんかの。お腹が減ってきたのじゃ」
「いいな、賛成だ」
「ではすぐに準備をしますね。今日は食べやすいようにサンドイッチを用意したんですよ」
ミスティは背負っていた小さなリュックを下ろすと、敷きシートを取り出して広げて、その上にサンドイッチの入ったミニ木カゴを並べ始めた。
みんなでそれを囲み、いただきますをしてから食べ始める。
「うん、美味しいな」
「おっとハルトよ、心して味わうのじゃぞ。なにせ今日のサンドイッチはミスティの手作りじゃからの。激レアじゃ」
「そうだったのか。とっても美味しいよミスティ。作ってくれてありがとな」
「えへへ、こちらこと美味しいと言っていただきありがとうございます。早起きして作った甲斐がありました」
「ミスティはの、だいたい何でも卒なくこなすのじゃが、料理の腕もなかなかのものであろう? 美しい容姿と相まって、見合いの申し出も多数来ておるのじゃぞ?」
「ま、魔王さま!」
「なーにを恥ずかしがっておるのじゃ。事実であろう」
「で、ですが、その……ハルト様が聞いておりますので」
「むん? ハルトに聞かれると困るのかの? さてはミスティ、もしやハルトのことが――」
「ち、違いますから! ぜんぜんそんなんじゃありませんから!」
「なに、隠さんでもよい」
「隠してなんかいません! 魔王さまが勝手に邪推しているんです!」
「その割には妙に必死に見えるのじゃが……」
「そんなことありませんもん!」
流れがいまいち掴めなかったんだけど、ミスティと魔王さまがじゃれ合い始めた。
主従の関係を越えて仲睦まじい姿は、見ていて心が洗われるようだよ。
「おいおい魔王さま、あんまりミスティをからかってやるなよ。エルフは美意識が特に高い種族なんだから、俺程度じゃてんで話にならないよ。なぁミスティ」
「いえ、あの、決して必ずしもそうと言うわけでは──(ごにょごにょ)」
助け舟を出したつもりだったんだけど、なぜかミスティは急にあわあわ&もじもじし始めた。
言葉も最後の方が小声でかすれてしまって、聞き取り損ねてしまう。
「どうしたんだ?」
「べ、別になにも?」
なんだろう、急にトイレにでも行きたくなったのかな?
だとしたら、あまり聞きすぎるのは失礼だな。
この話は終わりにしよう。
そして妙に挙動不審なミスティの様子を見て、魔王さまはニヤニヤしていた。
うーむ、こっちの態度はサッパリ分からないな。
だが文化的最先端の中心にいる幼女魔王さまだ、きっと文化的に高尚な理由があるに違いない。
早く俺もそれが理解できるようになりたいもんだな。
「でもこうやって軽食を食べながらみんなでわいわい話をして、景色を眺めて、風を感じるってのも悪くないもんだな。時間の流れがスローに感じる」
「人生は短い。じゃがだからと言って、いつもいつも走っておっては、どこかで倒れてしまうのじゃよ。時にこうやってゆったりとした時間を過ごすことも、人生に欠かせない栄養素なのじゃ」
またもやいい感じに話を締めくくった幼女魔王さまだった。
俺と幼女魔王さまとミスティは、ゲーゲンパレスの郊外にある森林植物園にピクニックにやって来ていた。
「不思議だな。もう初夏から夏になるって時期なのに、ここは風が涼しい気がする」
「この辺りはちょうど海風の通り道になっているので、夏も比較的涼しいんですよ」
ピクニックが楽しいのか、俺の素朴な疑問に、ミスティがいつもより弾んだ声で答えてくれる。
「海風、つまり海から吹く風か……そうか、分かったぞ。水は熱しにくく冷めにくいものだ。察するに暖められた内陸部で上昇気流が発生して地表の空気が薄くなり、そこに海の冷たい風が流れ込んでくるという原理だな?」
湖などの大きな水源でも見られる現象だ。
海とは、湖のもっと大きなもの。
その効果は相当なものだろう。
俺は名推理を華麗に披露したんだけど、
「ハルトよ、お主は精霊という不思議な高位存在の声を聞くことのできるレアジョブ精霊騎士じゃというのに、ほんと情緒というものに欠けるよのぅ」
「え? 俺なにか変なことを言ったか?」
「まぁ今はよいか。海風が吹くおかげで、ここは春から夏にかけてピクニックにくるにはちょうどいい場所なのじゃよ」
「そうみたいだな」
辺りを見回すと、広大な園内には俺たちと同じく花を見ながら散策を楽しむ人の姿が、あちらこちらに見受けられる。
かくいう俺も、色とりどりに咲き誇る花々に感動している真っ最中だ。
「花をじっくり見たことって、ほとんどなかったんだけどさ。同じ種類でもいろんな色があって綺麗なもんだな」
俺の前には多種多様なバラが咲き誇っている。
「綺麗ですよね」
「バラはちょうど今が見頃じゃからの」
「でもバラってこんなにたくさん種類があったんだな。バラはバラって1品種があるものだとばかり思っていたよ」
「最近は品種改良が盛んに行われていますからね。確かこの植物園には、バラだけで900種ほど植えられていたはずです」
「900種!? バラだけでそんなにたくさん種類があるのか? 俺、花の名前って漠然とチューリップとバラがあるってくらいしか知らなかったのに」
俺にとってその2つ以外は全て「それ以外の花」だった。
なのにここには、バラだけで900種類もあるという。
「いや、今どき未就学児童でももうちょっと知っとるんじゃなかろうか……?」
俺の無知を知った幼女魔王さまが、苦笑する。
「これが最先端文化か。おそるべしだな」
「そんなハルト様に最新情報です。昨年なんと、不可能と言われていた青いバラが誕生したんですよ」
「おいおいミスティ。バラは基本赤いものだろう。ここにあるのも赤やピンクが多いし、他のも暖色系だ。俺だってそれくらいは知ってるんだぞ。赤色を指して薔薇色って言葉もあるくらいだしな。ミスティはほんと冗談がうまいんだから」
「いいえマジです」
「え?」
「マジのマジです」
「マジなの? バラなのに青いの?」
「はい超マジです。バラなのに青いんです」
「え、うそ、見たい! すごく見たいんだけど! 青いバラを見てみたい! ここにはないのか!?」
「まだ開発されたばかりなので、市井に出回るのは早くても数年後じゃないでしょうか」
「そっか、そうだよな。まだできたばっかりだもんな。残念」
「なーに、楽しみを先にとっておくというのもまた、一興なのじゃよ」
落胆した俺を励ますように、最後に幼女魔王さまがいい感じに話を締めくくった。
「それにしてもミスティは花について詳しいんだな。好きなのか? なんとなく今日はそわそわしてるし」
「もうハルト様ったら。チャンバラを嫌いな男の子がいないように、花を嫌いな女の子なんていませんよ」
「それもそうか」
「私はチャンバラも好きですけどね」
「ミスティみたいな騎士の家系だと、男女問わずそうなるみたいだな」
俺はずっと平民だったので聞いた話に過ぎないんだが、騎士の家系に生まれた女の子はだいたい男顔負けの剣術家だったり、かなりのお転婆になるそうな」
「ところでそろそろお昼にせんかの。お腹が減ってきたのじゃ」
「いいな、賛成だ」
「ではすぐに準備をしますね。今日は食べやすいようにサンドイッチを用意したんですよ」
ミスティは背負っていた小さなリュックを下ろすと、敷きシートを取り出して広げて、その上にサンドイッチの入ったミニ木カゴを並べ始めた。
みんなでそれを囲み、いただきますをしてから食べ始める。
「うん、美味しいな」
「おっとハルトよ、心して味わうのじゃぞ。なにせ今日のサンドイッチはミスティの手作りじゃからの。激レアじゃ」
「そうだったのか。とっても美味しいよミスティ。作ってくれてありがとな」
「えへへ、こちらこと美味しいと言っていただきありがとうございます。早起きして作った甲斐がありました」
「ミスティはの、だいたい何でも卒なくこなすのじゃが、料理の腕もなかなかのものであろう? 美しい容姿と相まって、見合いの申し出も多数来ておるのじゃぞ?」
「ま、魔王さま!」
「なーにを恥ずかしがっておるのじゃ。事実であろう」
「で、ですが、その……ハルト様が聞いておりますので」
「むん? ハルトに聞かれると困るのかの? さてはミスティ、もしやハルトのことが――」
「ち、違いますから! ぜんぜんそんなんじゃありませんから!」
「なに、隠さんでもよい」
「隠してなんかいません! 魔王さまが勝手に邪推しているんです!」
「その割には妙に必死に見えるのじゃが……」
「そんなことありませんもん!」
流れがいまいち掴めなかったんだけど、ミスティと魔王さまがじゃれ合い始めた。
主従の関係を越えて仲睦まじい姿は、見ていて心が洗われるようだよ。
「おいおい魔王さま、あんまりミスティをからかってやるなよ。エルフは美意識が特に高い種族なんだから、俺程度じゃてんで話にならないよ。なぁミスティ」
「いえ、あの、決して必ずしもそうと言うわけでは──(ごにょごにょ)」
助け舟を出したつもりだったんだけど、なぜかミスティは急にあわあわ&もじもじし始めた。
言葉も最後の方が小声でかすれてしまって、聞き取り損ねてしまう。
「どうしたんだ?」
「べ、別になにも?」
なんだろう、急にトイレにでも行きたくなったのかな?
だとしたら、あまり聞きすぎるのは失礼だな。
この話は終わりにしよう。
そして妙に挙動不審なミスティの様子を見て、魔王さまはニヤニヤしていた。
うーむ、こっちの態度はサッパリ分からないな。
だが文化的最先端の中心にいる幼女魔王さまだ、きっと文化的に高尚な理由があるに違いない。
早く俺もそれが理解できるようになりたいもんだな。
「でもこうやって軽食を食べながらみんなでわいわい話をして、景色を眺めて、風を感じるってのも悪くないもんだな。時間の流れがスローに感じる」
「人生は短い。じゃがだからと言って、いつもいつも走っておっては、どこかで倒れてしまうのじゃよ。時にこうやってゆったりとした時間を過ごすことも、人生に欠かせない栄養素なのじゃ」
またもやいい感じに話を締めくくった幼女魔王さまだった。