「ふぅ、楽しかった。もう一生分、驚いた気がするよ」
素晴らしい感動体験をくれたメイド喫茶を出ると、
「うむうむ、楽しんでくれたようでなによりじゃ。では続けて妾とミスティで観光案内をするのじゃよ」
幼女魔王さまが満足そうにうなずきながら、さらなる街案内を提案してくる。
「朝食の時にも言われたけど、ほんとに魔王さまに頼んでいいのか? 俺としては断る理由はないから是非にとお願いしたいところだけどさ。魔王さまやミスティも忙しいだろうし、ちょっと悪いかなって」
「それなら問題ないのじゃよ。学業を終えた最近は、視察や式典といった公式行事以外は、割と暇しておるからの」
「ほとんどニートってことか」
「ニートちゃうわい! 妾は勝手に働いたりとかしたら、あかんのじゃわい! そういう法律があるんじゃわい!」
「自由に仕事もできないとか、リッケン・クンシュセーの王様は大変だなぁ。でも実を言うと、観光産業に力を入れているって聞いて、いろいろと見てみたくてさ。詳しい人に案内してもらえるなら渡りに船だ」
「なら決まりじゃの。レッツゴーなのじゃ」
「まぁでも?」
「ん? なんじゃ?」
「さっきのメイド喫茶に勝てるのは、そうはないんじゃないか? あの素敵な『おもてなし』には驚くしかなかったよ。あれは帝国の10年、いや20年は先を行ってるな」
「ハルトは本当にあそこを気に入ってくれたようじゃの。これには入り浸っておる妾も鼻が高いというものじゃ」
「入り浸ってんのか」
「今では一番上のプラチナ会員なのじゃよ」
そういうわけで。
俺は幼女魔王さまと一緒に、ミスティの操る馬車に乗り込むと、早速ゲーゲンパレスの観光を始めたんだけど――、
【CASE:1、ピッサの斜塔】
「お、おい魔王さま! 大変だぞ! 塔が斜めになって今にも倒れそうになっている! 早く周りの人に知らせて避難させないと大惨事になるぞ!」
ピッサという地区に差し掛かった時、大きな塔が斜めに傾いているのを見て、俺は焦りの声を上げた。
「まぁまぁ落ち着くのじゃハルト」
「大丈夫ですよハルト様」
「これが落ち着いていられるかよ!」
きっと幼女魔王さまとミスティは、正常化バイアスによって自分は大丈夫と思ってしまっているんだ!
ならば俺がやるしかない!
「よし、ここは俺に任せろ! 今から【シルフィード】の【遠話】を使ってここら一帯に避難を呼びかける!」
俺は風の最上位精霊【シルフィード】の、声を遠くに届ける精霊術【遠話】を使って、周囲に危険を知らせようとしたんだけど。
焦る俺を見て、魔王さまとミスティは満足そうな顔で言った。
「あれはの。最初からああいう風に傾いて建てられた建築物――斜塔と呼ばれるものなのじゃ」
「地名を取って『ピッサの斜塔』と呼ばれている観光名所なんです」
「つまり仕様じゃ」
「えぇっ!? あの斜めに傾いているのが仕様!? 今にも倒れそうなのに? うっそだぁ」
「安心せい。ちゃんと倒れないように完璧に計算しつくされておるのじゃ。じゃから周りを見てみよ、誰も騒ぎ立ててはおらんじゃろう?」
「あ、ほんとだ……むしろみんな、斜塔を見上げて楽しんでいる?」
「じゃろう?」
「でもいったい何のために、そんなことをするんだ? 塔ってのは、普通は地面と垂直に建てるもんだよな?」
「ハルトよ、芸術に意味を求めてはいかんのじゃぞ? 心のおもむくままに情熱を表現するのが、真の芸術というものじゃからの」
「はぁ~~~~、なるほど、そういうことか。勉強になるなぁ」
芸術のなんたるかに心底感動した俺は、馬車の窓から見えなくなるまで『ピッサの斜塔』と呼ばれる斜めに傾いた塔を、ずっと眺めていたのだった。
【CASE:2、システィン礼拝所の天井画】
「確かに豪勢な礼拝所だけどさ? なんていうか事前に思っていた通りというか、どこの国にでも1つはありそうな礼拝所だな」
案内された大礼拝堂に入った俺は、左右をきょろきょろ見渡しながら、素直な感想を伝えた。
「ハルトはほんに正直じゃのう。じゃが変に気を使って、歯の浮くようなおべっかばかり言われるよりかは、はるかに好感が持てるのじゃよ。ではミスティ、種明かしをしてやるのじゃ」
「ハルト様ハルト様、よーく上を見てみてください」
「上? 天井ってことか?」
ミスティに言われたとおりに天井を見上げた俺は――、
「なっ!? 天井一面に壮大な絵が描かれているだとっ!?」
屋内とは思えない高すぎる天井。
その全面に、力強くも繊細なタッチで描かれていた絵――天井画を見てびっくり仰天、俺はたまらず大きな声を上げてしまった。
「ふふん、驚いたであろう?」
「そりゃ驚くよ! だってあんな高いところにどうやって絵を描いたんだ!? はしごに上りながら描いたのか!? でもずっと上を見て描いていたら首が痛くなるだろ? しかもものすっごく上手だし!」
「南部魔国で最も有名な巨匠マイケル・エンジェルの最高傑作なのじゃ」
「すげー、マジすげー!」
アホみたいに口を開けたまま天井画を見つめ、すげーすげーと語彙力のない褒め言葉を繰り返してしまう俺。
だけど幼女魔王さまもミスティも、それを咎めることも笑ったりすることもない。
「ここまで驚いてくれたなら、妾も連れてきたかいがあったというものじゃ」
「ハルト様ったら子供みたいに目を輝かせておりますね」
「だってこんなの凄すぎるだろ!? 南部魔国の文化はなんて先進的なんだ!」
「ミスティ、せっかくだから簡単に解説をしてやるのじゃ」
「心得ました。ハルト様、まず最初にあの向かって右端のあたりが世界の始まり『天地創造』で、そして隣が『楽園追放』で――」
追放……俺と一緒じゃないか。
凄いだけじゃなくて、なんだか親近感まで湧いてきたぞ?
俺はミスティから説明を受けながら、首が痛くなって上を向けなくなるまでずっと天井一面に描かれた壮大な絵を眺めていた。
素晴らしい感動体験をくれたメイド喫茶を出ると、
「うむうむ、楽しんでくれたようでなによりじゃ。では続けて妾とミスティで観光案内をするのじゃよ」
幼女魔王さまが満足そうにうなずきながら、さらなる街案内を提案してくる。
「朝食の時にも言われたけど、ほんとに魔王さまに頼んでいいのか? 俺としては断る理由はないから是非にとお願いしたいところだけどさ。魔王さまやミスティも忙しいだろうし、ちょっと悪いかなって」
「それなら問題ないのじゃよ。学業を終えた最近は、視察や式典といった公式行事以外は、割と暇しておるからの」
「ほとんどニートってことか」
「ニートちゃうわい! 妾は勝手に働いたりとかしたら、あかんのじゃわい! そういう法律があるんじゃわい!」
「自由に仕事もできないとか、リッケン・クンシュセーの王様は大変だなぁ。でも実を言うと、観光産業に力を入れているって聞いて、いろいろと見てみたくてさ。詳しい人に案内してもらえるなら渡りに船だ」
「なら決まりじゃの。レッツゴーなのじゃ」
「まぁでも?」
「ん? なんじゃ?」
「さっきのメイド喫茶に勝てるのは、そうはないんじゃないか? あの素敵な『おもてなし』には驚くしかなかったよ。あれは帝国の10年、いや20年は先を行ってるな」
「ハルトは本当にあそこを気に入ってくれたようじゃの。これには入り浸っておる妾も鼻が高いというものじゃ」
「入り浸ってんのか」
「今では一番上のプラチナ会員なのじゃよ」
そういうわけで。
俺は幼女魔王さまと一緒に、ミスティの操る馬車に乗り込むと、早速ゲーゲンパレスの観光を始めたんだけど――、
【CASE:1、ピッサの斜塔】
「お、おい魔王さま! 大変だぞ! 塔が斜めになって今にも倒れそうになっている! 早く周りの人に知らせて避難させないと大惨事になるぞ!」
ピッサという地区に差し掛かった時、大きな塔が斜めに傾いているのを見て、俺は焦りの声を上げた。
「まぁまぁ落ち着くのじゃハルト」
「大丈夫ですよハルト様」
「これが落ち着いていられるかよ!」
きっと幼女魔王さまとミスティは、正常化バイアスによって自分は大丈夫と思ってしまっているんだ!
ならば俺がやるしかない!
「よし、ここは俺に任せろ! 今から【シルフィード】の【遠話】を使ってここら一帯に避難を呼びかける!」
俺は風の最上位精霊【シルフィード】の、声を遠くに届ける精霊術【遠話】を使って、周囲に危険を知らせようとしたんだけど。
焦る俺を見て、魔王さまとミスティは満足そうな顔で言った。
「あれはの。最初からああいう風に傾いて建てられた建築物――斜塔と呼ばれるものなのじゃ」
「地名を取って『ピッサの斜塔』と呼ばれている観光名所なんです」
「つまり仕様じゃ」
「えぇっ!? あの斜めに傾いているのが仕様!? 今にも倒れそうなのに? うっそだぁ」
「安心せい。ちゃんと倒れないように完璧に計算しつくされておるのじゃ。じゃから周りを見てみよ、誰も騒ぎ立ててはおらんじゃろう?」
「あ、ほんとだ……むしろみんな、斜塔を見上げて楽しんでいる?」
「じゃろう?」
「でもいったい何のために、そんなことをするんだ? 塔ってのは、普通は地面と垂直に建てるもんだよな?」
「ハルトよ、芸術に意味を求めてはいかんのじゃぞ? 心のおもむくままに情熱を表現するのが、真の芸術というものじゃからの」
「はぁ~~~~、なるほど、そういうことか。勉強になるなぁ」
芸術のなんたるかに心底感動した俺は、馬車の窓から見えなくなるまで『ピッサの斜塔』と呼ばれる斜めに傾いた塔を、ずっと眺めていたのだった。
【CASE:2、システィン礼拝所の天井画】
「確かに豪勢な礼拝所だけどさ? なんていうか事前に思っていた通りというか、どこの国にでも1つはありそうな礼拝所だな」
案内された大礼拝堂に入った俺は、左右をきょろきょろ見渡しながら、素直な感想を伝えた。
「ハルトはほんに正直じゃのう。じゃが変に気を使って、歯の浮くようなおべっかばかり言われるよりかは、はるかに好感が持てるのじゃよ。ではミスティ、種明かしをしてやるのじゃ」
「ハルト様ハルト様、よーく上を見てみてください」
「上? 天井ってことか?」
ミスティに言われたとおりに天井を見上げた俺は――、
「なっ!? 天井一面に壮大な絵が描かれているだとっ!?」
屋内とは思えない高すぎる天井。
その全面に、力強くも繊細なタッチで描かれていた絵――天井画を見てびっくり仰天、俺はたまらず大きな声を上げてしまった。
「ふふん、驚いたであろう?」
「そりゃ驚くよ! だってあんな高いところにどうやって絵を描いたんだ!? はしごに上りながら描いたのか!? でもずっと上を見て描いていたら首が痛くなるだろ? しかもものすっごく上手だし!」
「南部魔国で最も有名な巨匠マイケル・エンジェルの最高傑作なのじゃ」
「すげー、マジすげー!」
アホみたいに口を開けたまま天井画を見つめ、すげーすげーと語彙力のない褒め言葉を繰り返してしまう俺。
だけど幼女魔王さまもミスティも、それを咎めることも笑ったりすることもない。
「ここまで驚いてくれたなら、妾も連れてきたかいがあったというものじゃ」
「ハルト様ったら子供みたいに目を輝かせておりますね」
「だってこんなの凄すぎるだろ!? 南部魔国の文化はなんて先進的なんだ!」
「ミスティ、せっかくだから簡単に解説をしてやるのじゃ」
「心得ました。ハルト様、まず最初にあの向かって右端のあたりが世界の始まり『天地創造』で、そして隣が『楽園追放』で――」
追放……俺と一緒じゃないか。
凄いだけじゃなくて、なんだか親近感まで湧いてきたぞ?
俺はミスティから説明を受けながら、首が痛くなって上を向けなくなるまでずっと天井一面に描かれた壮大な絵を眺めていた。