◇
「あれが南部魔国の首都ゲーゲンパレスか! 噂には聞いていたが、でかい街だな!」
馬車に乗ること数時間。
ミスティの巧みな手綱さばきによって街道をひた走る馬車から、俺は大きく身を乗り出すと、どんどんと近づいてくる大きな街を見渡して驚きの声を上げた。
「ハルト様、そんなに外に身体を出すと危ないですよ」
御者台からミスティが心配の声をかけてくるが、仮に馬車から落ちても風の最上位精霊【シルフィード】がいつでも助けてくれることもあって、俺の危機感は初冬に初めて張った薄氷のように薄い。
それよりも今はこの美しい景色だろ!
ゲーゲンパレスは南に穏やかな内海が見える港湾都市だった。
「あれが海だな、俺初めて見たよ! キラキラ綺麗で、あと半端なく大きいな! 海は世界一大きな池だって習ったけど、これはもう池なんてレベルじゃねーぞ!」
俺が住んでいた帝国は大陸中央部に位置する内陸国家であり、俺が海を見るのはこれが初めての経験だ。
そりゃはしゃぎもするというものだろう。
「喜んでくれて何よりじゃ。ゲーゲンパレスでは、白浜ビーチや潮干狩りエリアといった観光産業にも大きく力を入れておるからの。後日、色々案内するのじゃ」
「それは楽しみだ。爽やかな海風が気持ちいいし、すごくいいとこだな。もうこの時点で来て良かったって思えるよ」
「ハルトよ、まだ着いてもおらぬのじゃぞ? そんなにはしゃぐと身体がもたぬぞ?」
「ふふっ、ハルト様は思ったことを、本当に素直に表現されますよね。とても素敵だと思います」
自分たちの街を褒められて、幼女魔王さまもミスティもニッコリ笑顔だった。
俺たちを乗せた馬車は城門を通って街に入ると、そのまま魔王さまの住む王宮へと向かった。
そして出迎えられた魔王さま&ミスティと一緒に、俺も王宮の奥の方へと案内されたんだけど、
「――というわけなのじゃ。大切な客人ゆえ、良きに計らうのじゃ」
魔王さまから今日の一件の説明を受けた宮廷職員たちは、俺がまるでどこぞの王様であるかのように手厚くもてなしてくれた。
そうして俺は今、当面自由に使っていいと言われた自室にて、まったりくつろいでいた。
おそらく最上級の、国賓待遇クラスのハイグレードな部屋だ。
個人の部屋とは思えないほどに広いし、ベッドはふかふかだし、調度品は高そうだし、部屋の中に大きな風呂までついているときた。
「うーん、歓迎してくれるのは嬉しいけど、つい先日まで平民だった俺にはちょっともったいないな」
正直、申し訳ないまであるぞ。
何とはなしに窓から外を見ると、ベランダ越しにキラキラと光る海がよく見えて、またもや俺の興味をそそってくる。
「小舟がいっぱい出てるのは、魚をとっているのかな?」
確か海に近い地域では、生の魚を薄く切って食べる『刺身』という特殊な料理があると聞いたことがある。
「せっかく海の近くに来たんだし、刺身を食べてみたいな。後でちょっと聞いてみるか」
なんてことを考えていると、
コンコン。
部屋のドアがノックされて、少し間を空けてからミスティがぴょこっと顔を出した。
王宮ではこれがミスティの正装なのか、さっきまでの白銀の鎧ではなく可愛いミニスカメイド服を着用している。
太もものかなり上にスカートの裾のラインがあって、思わず健康的なふとももに目が行って――。
「ハルト様、少し早いのですが、晩ご飯の準備が整いましたので呼びにまいりました。ハルト様? どうされました?」
ミスティに怪訝な顔をされてしまい、
「いやいや何でもないよ。うん、何でもない」
俺は際どいスカートラインからすぐに目を逸らした。
瞬間的に見てしまうのは男の本能だからこれはもう仕方ない。
大事なのはその後どう振る舞うかである。
せっかくミスティみたいな可愛い女の子と仲良くなれたのに、不躾な視線を向けて嫌われたくはないからな。
「そうですか。では案内しますのでついてきて下さいね」
途中、ミスティに王宮や街のことを色々質問しながら、俺は食事が提供される『松の間』という部屋へと向かう。
そこには畳が敷いてあり、低い食卓を囲んで、イスではなく畳に置いた座布団に座って食べるスタイルの食事がセッティングされていた。
「おおっ、来たかハルト。ほれ、座るがよい」
しかしこの場には、俺と幼女魔王さまとミスティの3人しかおらず、他の職員や給仕担当の姿は見当たらない。
「なんか意外というか……魔王さまって、割と普通のものを食べているんだな」
俺の前には割と庶民的な料理と、そして豪勢な刺身の盛り合わせ(と思われるもの)が用意されている。
しかもその食卓には俺と幼女魔王さまだけでなくメイドであるミスティも同席していて、さらに一緒に食べ始めたのだ。
「ハルトの歓迎会に豪華なディナーを、とも考えたのじゃがの。そうするとどうしても格式ばったマナーが必要になってしまうじゃろ?」
「ここまでハルト様と話した感じですと、アットホームな方がいいかなと思いまして、このような形にしたのですが……」
ミスティは自分も食事をしながら、同時にアレをよそったりコレを取ってくれたりと、甲斐甲斐しく俺と幼女魔王さまの世話を焼いてくれている。
新婚のお嫁さんってこんな感じなのかな? とちょっと思った。
「もしハルトが気に入らぬのであれば、明日からは豪勢なディナーを用意させるのじゃ。なにせハルトは命の恩人じゃからの。それくらいしても罰は当たらんのじゃよ」
「俺は全然こっちの方がいいよ。マナーとか作法とか細かく言われるのは苦手だからさ。それにこれって刺身だよな? 海を見てからずっと、どっかで食べられないかなって思ってたんだよな」
「それは重畳なのじゃ。好きなものがあればお代わりも用意できるゆえ、希望があれば言うがよいのじゃ」
「じゃあこの白身の刺身を追加してもらってもいいかな?」
「それはタイという魚なのじゃ。癖がなくて食べやすいであろう?」
「タイな。よし、覚えた。じゃあこっちの赤いのは? すごく濃厚で食べごたえがある」
「これはマグロのトロといわれる部位になります。脂がのって美味しいですよね」
「マグロのトロな。これも覚えた。じゃあこれは?」
「これはじゃの――」
俺は幼女魔王さまやミスティにあれこれ教えてもらいながら、宮廷料理人によって細部まで丁寧に作られた鮮度抜群の海鮮料理を、心行くまで堪能したのだった。
「ふぅ、満腹満腹……初日でこれとか明日からの生活が楽しみだなぁ――げっぷ、ちょっと食べすぎたか……」
――――――――――――
やや展開がゆっくり目になりましたが、次話よりハルトが精霊を斜め上に駆使しながら、幼女魔王さまとミスティから最先端文化を学ぶ(?)スローライフ編がスタートします。
続きもどうぞよろしくお願いします(ぺこり
「あれが南部魔国の首都ゲーゲンパレスか! 噂には聞いていたが、でかい街だな!」
馬車に乗ること数時間。
ミスティの巧みな手綱さばきによって街道をひた走る馬車から、俺は大きく身を乗り出すと、どんどんと近づいてくる大きな街を見渡して驚きの声を上げた。
「ハルト様、そんなに外に身体を出すと危ないですよ」
御者台からミスティが心配の声をかけてくるが、仮に馬車から落ちても風の最上位精霊【シルフィード】がいつでも助けてくれることもあって、俺の危機感は初冬に初めて張った薄氷のように薄い。
それよりも今はこの美しい景色だろ!
ゲーゲンパレスは南に穏やかな内海が見える港湾都市だった。
「あれが海だな、俺初めて見たよ! キラキラ綺麗で、あと半端なく大きいな! 海は世界一大きな池だって習ったけど、これはもう池なんてレベルじゃねーぞ!」
俺が住んでいた帝国は大陸中央部に位置する内陸国家であり、俺が海を見るのはこれが初めての経験だ。
そりゃはしゃぎもするというものだろう。
「喜んでくれて何よりじゃ。ゲーゲンパレスでは、白浜ビーチや潮干狩りエリアといった観光産業にも大きく力を入れておるからの。後日、色々案内するのじゃ」
「それは楽しみだ。爽やかな海風が気持ちいいし、すごくいいとこだな。もうこの時点で来て良かったって思えるよ」
「ハルトよ、まだ着いてもおらぬのじゃぞ? そんなにはしゃぐと身体がもたぬぞ?」
「ふふっ、ハルト様は思ったことを、本当に素直に表現されますよね。とても素敵だと思います」
自分たちの街を褒められて、幼女魔王さまもミスティもニッコリ笑顔だった。
俺たちを乗せた馬車は城門を通って街に入ると、そのまま魔王さまの住む王宮へと向かった。
そして出迎えられた魔王さま&ミスティと一緒に、俺も王宮の奥の方へと案内されたんだけど、
「――というわけなのじゃ。大切な客人ゆえ、良きに計らうのじゃ」
魔王さまから今日の一件の説明を受けた宮廷職員たちは、俺がまるでどこぞの王様であるかのように手厚くもてなしてくれた。
そうして俺は今、当面自由に使っていいと言われた自室にて、まったりくつろいでいた。
おそらく最上級の、国賓待遇クラスのハイグレードな部屋だ。
個人の部屋とは思えないほどに広いし、ベッドはふかふかだし、調度品は高そうだし、部屋の中に大きな風呂までついているときた。
「うーん、歓迎してくれるのは嬉しいけど、つい先日まで平民だった俺にはちょっともったいないな」
正直、申し訳ないまであるぞ。
何とはなしに窓から外を見ると、ベランダ越しにキラキラと光る海がよく見えて、またもや俺の興味をそそってくる。
「小舟がいっぱい出てるのは、魚をとっているのかな?」
確か海に近い地域では、生の魚を薄く切って食べる『刺身』という特殊な料理があると聞いたことがある。
「せっかく海の近くに来たんだし、刺身を食べてみたいな。後でちょっと聞いてみるか」
なんてことを考えていると、
コンコン。
部屋のドアがノックされて、少し間を空けてからミスティがぴょこっと顔を出した。
王宮ではこれがミスティの正装なのか、さっきまでの白銀の鎧ではなく可愛いミニスカメイド服を着用している。
太もものかなり上にスカートの裾のラインがあって、思わず健康的なふとももに目が行って――。
「ハルト様、少し早いのですが、晩ご飯の準備が整いましたので呼びにまいりました。ハルト様? どうされました?」
ミスティに怪訝な顔をされてしまい、
「いやいや何でもないよ。うん、何でもない」
俺は際どいスカートラインからすぐに目を逸らした。
瞬間的に見てしまうのは男の本能だからこれはもう仕方ない。
大事なのはその後どう振る舞うかである。
せっかくミスティみたいな可愛い女の子と仲良くなれたのに、不躾な視線を向けて嫌われたくはないからな。
「そうですか。では案内しますのでついてきて下さいね」
途中、ミスティに王宮や街のことを色々質問しながら、俺は食事が提供される『松の間』という部屋へと向かう。
そこには畳が敷いてあり、低い食卓を囲んで、イスではなく畳に置いた座布団に座って食べるスタイルの食事がセッティングされていた。
「おおっ、来たかハルト。ほれ、座るがよい」
しかしこの場には、俺と幼女魔王さまとミスティの3人しかおらず、他の職員や給仕担当の姿は見当たらない。
「なんか意外というか……魔王さまって、割と普通のものを食べているんだな」
俺の前には割と庶民的な料理と、そして豪勢な刺身の盛り合わせ(と思われるもの)が用意されている。
しかもその食卓には俺と幼女魔王さまだけでなくメイドであるミスティも同席していて、さらに一緒に食べ始めたのだ。
「ハルトの歓迎会に豪華なディナーを、とも考えたのじゃがの。そうするとどうしても格式ばったマナーが必要になってしまうじゃろ?」
「ここまでハルト様と話した感じですと、アットホームな方がいいかなと思いまして、このような形にしたのですが……」
ミスティは自分も食事をしながら、同時にアレをよそったりコレを取ってくれたりと、甲斐甲斐しく俺と幼女魔王さまの世話を焼いてくれている。
新婚のお嫁さんってこんな感じなのかな? とちょっと思った。
「もしハルトが気に入らぬのであれば、明日からは豪勢なディナーを用意させるのじゃ。なにせハルトは命の恩人じゃからの。それくらいしても罰は当たらんのじゃよ」
「俺は全然こっちの方がいいよ。マナーとか作法とか細かく言われるのは苦手だからさ。それにこれって刺身だよな? 海を見てからずっと、どっかで食べられないかなって思ってたんだよな」
「それは重畳なのじゃ。好きなものがあればお代わりも用意できるゆえ、希望があれば言うがよいのじゃ」
「じゃあこの白身の刺身を追加してもらってもいいかな?」
「それはタイという魚なのじゃ。癖がなくて食べやすいであろう?」
「タイな。よし、覚えた。じゃあこっちの赤いのは? すごく濃厚で食べごたえがある」
「これはマグロのトロといわれる部位になります。脂がのって美味しいですよね」
「マグロのトロな。これも覚えた。じゃあこれは?」
「これはじゃの――」
俺は幼女魔王さまやミスティにあれこれ教えてもらいながら、宮廷料理人によって細部まで丁寧に作られた鮮度抜群の海鮮料理を、心行くまで堪能したのだった。
「ふぅ、満腹満腹……初日でこれとか明日からの生活が楽しみだなぁ――げっぷ、ちょっと食べすぎたか……」
――――――――――――
やや展開がゆっくり目になりましたが、次話よりハルトが精霊を斜め上に駆使しながら、幼女魔王さまとミスティから最先端文化を学ぶ(?)スローライフ編がスタートします。
続きもどうぞよろしくお願いします(ぺこり