「なぁ、さっきから疑問だったんだけどさ?」
「なんじゃ? もうせっかくじゃし、何でも聞くがよいのじゃ」
「じゃあ遠慮なく聞くけど、魔王がへっぽこで魔族をまとめられるものなのか? 皇帝や王と同じで、魔王は国を背負って立つ存在だろ?」
「それがまとめられるのじゃよ。神輿は軽い方がいいというやつなのじゃ。南部魔国は立憲君主制をとっておるからの」
「リッケン・クンシュセー? なんだそりゃ? 王政や帝政とは違うのか?」
人間世界では知っている限り全ての国が、皇帝や王が全ての決定権を持つ帝政(または王政)か、それに近い統治形態をとっている。
それ以外の統治の仕方なんて、考えたこともなかった。
「立憲君主制は、君主の権力に大きな制限をかけ、代わりに貴族と民衆の代表が政治を執り行うという統治システムです」
よく分かっていない俺に、ミスティが簡単な説明をしてくれる。
「民衆の代表が政治を? じゃあ王様は――魔族だから魔王か――魔王は何のために存在するんだ? ろくに権力のない王がいても、ただの金の無駄だろ?」
「お主は何でも思ったことをストレートに言うのじゃ……ぐすん」
「ああうん、ごめん。さすがに今のは言いすぎた、ほんとごめん」
いじけてしまって足元の小石を蹴りだした幼女魔王さまに、俺は素直に謝った。
「ハルト様、立憲君主制における王の役目とは、全国民の象徴となることなのです」
「全国民の象徴?」
その説明がこれまた理解できずに、俺はおうむ返しに聞き返してしまう。
「民を安心させるとともに、団結のための拠りどころ――精神的支柱となるのが、象徴としての王の役目なのです。そのためには平素より国民に愛される存在として、魔王さまは皆の心の柱としてあり続けなければなりません」
「な、なんだと!? それじゃあ王様という肩書だけでろくな権力もないのに、象徴になるという義務だけを一方的に負うというのか!? リッケン・クンシュセーの王とは、なんて大変な役目なんだ!」
「はい、かように大変な重責を背負われたのが、ここにおられる魔王さまなのです」
「な、なんだと!」
ミスティの説明を聞いて、俺は驚愕に打ち震えていた。
「あの、ミスティ? ちょっとばかし大げさに言いすぎではないじゃろうか?」
「私は一言も嘘は申しておりません」
「いやでも、どう見てもハルトが勘違いしておるのじゃが……」
「俺は、俺は感動したぞ!」
「ハルト!?」「ハルト様?」
「俺はなんて世間知らずのバカだったんだ! こんなちっこい身体にそんな重い使命を課せられていたなんて、俺は思いもよらなかった!」
「いやあの、実を申すと全然ちっともそこまでのもんではないのじゃが……あとちっこいは余計なのじゃ。割かし気にしておるからして。ちなみに先日成人しておるのじゃ」
「謙遜なんてしなくていいさ、俺には全部、分かっているから! 偶然とはいえ2人を助けた甲斐があったよ。はっ!? 今、分かったぞ! 俺の人生はきっと今日、魔王さまとミスティを助けるためにあったんだ!」
「いやー、それはさすがにどうじゃろうか……?」
「俺はずっと、自分の人生に価値を与えたいと思って生きてきた。それを今、果たしたんだ!」
「えー、いや、その……」
「良き出会いを与えてくれた幸運の精霊【ラックス】の導きに感謝を――」
最後まで謙遜し続けるよくできた幼女魔王さまに、俺も最後まで称賛の気持ちと言葉を惜しまなかった。
「ま、まぁ嘘というわけではないよの……?」
「はい、嘘ではありません」
「まぁ、良いか……。時にハルト」
「なんだ?」
「お主、旅をしておるのじゃろ? どこか行く当てはあるのか?」
「今のところ特にはないかな。なにせいきなり帝都を追放されたからな。人生設計をし直す時間なんてなかったからさ」
「ふむ。ならば、しばらく妾の住まうゲーゲンパレスに来ぬか? こたびの礼もさせて欲しいしの」
「ゲーゲンパレス……確か南の魔王、つまり魔王さまの居城がある南部魔国の首都だったよな?」
俺はうろ覚えの知識をどうにかこうにか引っ張り出す。
「なに、警戒せんでもよいのじゃぞ? 王たる妾が言うのもなんじゃが、温暖で豊かでとても良いところなのじゃ。妾の命を救ったのじゃから、相応の待遇で迎えようではないか」
「俺は別に、お礼が欲しくて助けた訳じゃないんだ。元・勇者パーティの俺にとって、困っている人に力を貸すのは割と普通のことだから」
「ほぅ……であるか」
魔王さまが少し考えるようなそぶりを見せ、
「なんと尊い志を持った殿方なのでしょう!」
ミスティがキラキラとした目で見つめてくる。
「ではハルトよ。お主、最先端文化を学んでみぬかの?」
「最先端文化を学ぶ? 俺が?」
魔王さまが急にそんなことを言いだした。
「話してみて感じたのじゃが、お主は合理性を優先するあまり少々情緒というものに欠けておるのじゃ。【イフリート】とか【イフリート】とか【イフリート】とか」
「魔王さま、思わず3度も言ってしまうほど、あのシーンは心に来ちゃったのですね……」
「ぐすん。ミスティは精霊使いじゃないから、あれの異常さが分からんのじゃ……それはそれとして、我がゲーゲンパレスは世界屈指の文化が花開いた最先端文化都市なのじゃよ。妾たちと一緒にくれば、様々な新しい知見を得られると思うのじゃが、どうじゃろうか?」
「ゲーゲンパレスで最先端文化を学ぶ、か……」
幼女魔王さまの提案を、俺は直感的に面白そうだなと思った。
ぶっちゃけ俺は文化的素養があまり高くない。
精霊と触れ合ったり、剣を握ってばかりで、ここまでの人生を過ごしてきた。
ならばこの先の人生をどう生きるにしても、様々な経験を積んでおいて損はないんじゃないだろうか?
それにどうせ行くあてもないんだ。
だったら――。
「そういうことなら俺をゲーゲンパレスに連れて行ってくれ。最先端文化ってやつを、ぜひともこの目で見てみたい」
「おお、話が早いの! では早速馬車に乗るのじゃ!」
「視察の方はもういいのか?」
「このあたりの情勢はある程度把握できたからの。お飾りの妾にできるのはこの程度。後は国の優秀な者たちに任せればよいのじゃよ」
「リッケン・クンシュセーってやつだな?」
「うむ」
こうして。
勇者パーティを追放された俺は、幼女魔王さまとミスティを助けたことがきっかけとなって、最先端文化を学ぶべくゲーゲンパレスに滞在することになった。
「なんじゃ? もうせっかくじゃし、何でも聞くがよいのじゃ」
「じゃあ遠慮なく聞くけど、魔王がへっぽこで魔族をまとめられるものなのか? 皇帝や王と同じで、魔王は国を背負って立つ存在だろ?」
「それがまとめられるのじゃよ。神輿は軽い方がいいというやつなのじゃ。南部魔国は立憲君主制をとっておるからの」
「リッケン・クンシュセー? なんだそりゃ? 王政や帝政とは違うのか?」
人間世界では知っている限り全ての国が、皇帝や王が全ての決定権を持つ帝政(または王政)か、それに近い統治形態をとっている。
それ以外の統治の仕方なんて、考えたこともなかった。
「立憲君主制は、君主の権力に大きな制限をかけ、代わりに貴族と民衆の代表が政治を執り行うという統治システムです」
よく分かっていない俺に、ミスティが簡単な説明をしてくれる。
「民衆の代表が政治を? じゃあ王様は――魔族だから魔王か――魔王は何のために存在するんだ? ろくに権力のない王がいても、ただの金の無駄だろ?」
「お主は何でも思ったことをストレートに言うのじゃ……ぐすん」
「ああうん、ごめん。さすがに今のは言いすぎた、ほんとごめん」
いじけてしまって足元の小石を蹴りだした幼女魔王さまに、俺は素直に謝った。
「ハルト様、立憲君主制における王の役目とは、全国民の象徴となることなのです」
「全国民の象徴?」
その説明がこれまた理解できずに、俺はおうむ返しに聞き返してしまう。
「民を安心させるとともに、団結のための拠りどころ――精神的支柱となるのが、象徴としての王の役目なのです。そのためには平素より国民に愛される存在として、魔王さまは皆の心の柱としてあり続けなければなりません」
「な、なんだと!? それじゃあ王様という肩書だけでろくな権力もないのに、象徴になるという義務だけを一方的に負うというのか!? リッケン・クンシュセーの王とは、なんて大変な役目なんだ!」
「はい、かように大変な重責を背負われたのが、ここにおられる魔王さまなのです」
「な、なんだと!」
ミスティの説明を聞いて、俺は驚愕に打ち震えていた。
「あの、ミスティ? ちょっとばかし大げさに言いすぎではないじゃろうか?」
「私は一言も嘘は申しておりません」
「いやでも、どう見てもハルトが勘違いしておるのじゃが……」
「俺は、俺は感動したぞ!」
「ハルト!?」「ハルト様?」
「俺はなんて世間知らずのバカだったんだ! こんなちっこい身体にそんな重い使命を課せられていたなんて、俺は思いもよらなかった!」
「いやあの、実を申すと全然ちっともそこまでのもんではないのじゃが……あとちっこいは余計なのじゃ。割かし気にしておるからして。ちなみに先日成人しておるのじゃ」
「謙遜なんてしなくていいさ、俺には全部、分かっているから! 偶然とはいえ2人を助けた甲斐があったよ。はっ!? 今、分かったぞ! 俺の人生はきっと今日、魔王さまとミスティを助けるためにあったんだ!」
「いやー、それはさすがにどうじゃろうか……?」
「俺はずっと、自分の人生に価値を与えたいと思って生きてきた。それを今、果たしたんだ!」
「えー、いや、その……」
「良き出会いを与えてくれた幸運の精霊【ラックス】の導きに感謝を――」
最後まで謙遜し続けるよくできた幼女魔王さまに、俺も最後まで称賛の気持ちと言葉を惜しまなかった。
「ま、まぁ嘘というわけではないよの……?」
「はい、嘘ではありません」
「まぁ、良いか……。時にハルト」
「なんだ?」
「お主、旅をしておるのじゃろ? どこか行く当てはあるのか?」
「今のところ特にはないかな。なにせいきなり帝都を追放されたからな。人生設計をし直す時間なんてなかったからさ」
「ふむ。ならば、しばらく妾の住まうゲーゲンパレスに来ぬか? こたびの礼もさせて欲しいしの」
「ゲーゲンパレス……確か南の魔王、つまり魔王さまの居城がある南部魔国の首都だったよな?」
俺はうろ覚えの知識をどうにかこうにか引っ張り出す。
「なに、警戒せんでもよいのじゃぞ? 王たる妾が言うのもなんじゃが、温暖で豊かでとても良いところなのじゃ。妾の命を救ったのじゃから、相応の待遇で迎えようではないか」
「俺は別に、お礼が欲しくて助けた訳じゃないんだ。元・勇者パーティの俺にとって、困っている人に力を貸すのは割と普通のことだから」
「ほぅ……であるか」
魔王さまが少し考えるようなそぶりを見せ、
「なんと尊い志を持った殿方なのでしょう!」
ミスティがキラキラとした目で見つめてくる。
「ではハルトよ。お主、最先端文化を学んでみぬかの?」
「最先端文化を学ぶ? 俺が?」
魔王さまが急にそんなことを言いだした。
「話してみて感じたのじゃが、お主は合理性を優先するあまり少々情緒というものに欠けておるのじゃ。【イフリート】とか【イフリート】とか【イフリート】とか」
「魔王さま、思わず3度も言ってしまうほど、あのシーンは心に来ちゃったのですね……」
「ぐすん。ミスティは精霊使いじゃないから、あれの異常さが分からんのじゃ……それはそれとして、我がゲーゲンパレスは世界屈指の文化が花開いた最先端文化都市なのじゃよ。妾たちと一緒にくれば、様々な新しい知見を得られると思うのじゃが、どうじゃろうか?」
「ゲーゲンパレスで最先端文化を学ぶ、か……」
幼女魔王さまの提案を、俺は直感的に面白そうだなと思った。
ぶっちゃけ俺は文化的素養があまり高くない。
精霊と触れ合ったり、剣を握ってばかりで、ここまでの人生を過ごしてきた。
ならばこの先の人生をどう生きるにしても、様々な経験を積んでおいて損はないんじゃないだろうか?
それにどうせ行くあてもないんだ。
だったら――。
「そういうことなら俺をゲーゲンパレスに連れて行ってくれ。最先端文化ってやつを、ぜひともこの目で見てみたい」
「おお、話が早いの! では早速馬車に乗るのじゃ!」
「視察の方はもういいのか?」
「このあたりの情勢はある程度把握できたからの。お飾りの妾にできるのはこの程度。後は国の優秀な者たちに任せればよいのじゃよ」
「リッケン・クンシュセーってやつだな?」
「うむ」
こうして。
勇者パーティを追放された俺は、幼女魔王さまとミスティを助けたことがきっかけとなって、最先端文化を学ぶべくゲーゲンパレスに滞在することになった。