そして、アルツィオがあろうことか彼女の傷跡に唇で触れたのを見た瞬間に、アンドレアのこれまでの迷いも葛藤も吹き飛ぶことになる。

 彼女を自分から手放すのは無理だと、嫌でも悟らされずにはいられなかった。

 何年かかろうが、アンドレアはエステルを忘れられない。

 何年経とうが、彼女以外の誰かを求めることができないでいる今のように――。

「許してくれ、エステル」

 君を、自分の手から離してしまうことができないんだ――そうアンドレアは言葉を落とした。

 彼女を、危険に晒してしまうかもしれない。

 けれどアンドレアは、エステルを愛したかった。

 彼女に触れたい、優しくしたい。声を聞きたい、自分の前でも笑っていて欲しい。

「…………見たいのは、君の涙じゃないんだ……」

 組んだ手に額を押しつけ、アンドレアは後悔のように呻きをもらした。

 まるで、泣き声みたいだと自分でも思った。