「そうなんだ。谷口さんは浮気性なのか。残念だな。ぼくはつきあう相手を間違えたのかもしれない」
「ほらね? 人はたやすく嘘に傷つく。相手が大事であればあるほど傷つくの。だからわたしは、死ぬまで嘘はつかないし、嘘をつかれたくない」
「重たいね」
「じゃあ、おつきあいをやめておく?」
「やめないよ。ただ、ちょっと恥じているんだ」
「なにを恥ずかしがってるの?」
「『揺るぎのない正しさ』って、存在しないと思っていた。本当はそういうなにかを求めているのに、『中二病的妄想だ』と斜に構えている自分もいる。みんな嘘をつく。ずるい者が果実を得る。家族も、仲間も、先生も、心の底から信じちゃいけない。誠実そうなふりをして、誰しも常に世界の中心には自分がいる。そんなふうに考えていた」
「前田くん。わたしからしてみると、その思い込みのほうが、はるかに『中二病的妄想』に感じられるんだけど。ついでに、白紙の答案用紙を出した男の子の言葉だとは思えない」
「そうだね。だから、谷口さんの話を聞いて恥ずかしいと感じたんだ。約束するよ。ぼくは谷口さんに嘘をつかない」
「契約成立だね。改めて、末永くよろしくね、悦史くん」
「こちらこそ、いつまでも一緒にいよう、茜さん」

 お互いに「くん」と「さん」付けだけど、初めて下の名前で呼び合って、ぼくらは再び、触れるようなキスをした。