最期の嘘

「先輩、空いてました! ちょうど二席。予約しちゃいましたけど、よかったですよね?」

 恵美が息をはずませ駆けてくる。

「もちろん。ありがとう」
「お待たせしてすいません。忙しい時間だったようで、なかなか電話が繋がらなくて。――うん? なんですか、それ?」
「小劇場のフライヤー。待っている間に渡された」
「封筒型のチラシですか。お洒落ですね!」
「そうだね」
「どんなお芝居なんですか?」
「さあ。読んでないからわからない」

 ふうん、と言った恵美の前で、封筒ごと便箋を四つに割いた。

 焼けるような胸の痛みに必死で耐える。
 紙片を両手でくるっと丸め、近くのごみ箱に投げ捨てた。

「本当に興味がないんですね」
「申し訳ないから、受け取らなければよかったよ」
「その通りです」

 なあ、茜。君は見事に嘘をついた。
 だからぼくは、嘘だと気づかず騙され続けることにする。
 茜からの卒業を、こころみる。

「お腹ペコペコです。前田先輩、行きましょう」
 恵美が右手を差し出した。

 ゆっくりと、ぼくはその手を握り締める。

(了)