最期の嘘

「この後、なにか予定入っている?」

 直通のエレベーターが終点の二階で止まる。はずむように外に飛び出す恵美に、背後から声をかけた。

「予定なんてありません。もう全然ありません!」
 振り向いて、早口にそう答える。
「じゃあ、夜ご飯、一緒に食べない?」
「喜んで」
「一つ、お願いがあるんだけれど」
「なんでもどうぞ」
「次からまた割り勘に戻すから、今夜だけ、奢らせてくれないかな」

 瞳を大きく見開いて、それからかすかに小首を傾げ、下唇をちょっと噛み、「わかりました」と恵美は答えた。
 ぼくは胸をなでおろす。

「先輩、苦手なものありますか?」
「甘く煮た人参以外、ほとんどのものは食べられる」
「わたし、近くにいいお店見つけたんです。創作イタリアンの居酒屋です。いつか一緒に行きたいな、と思っていて、グルメサイトで検索したら、星三つ半でした。価格帯は三千円から、です」
「じゃあ、そこにしよう」
「はい! あ、席空いているか、電話で聞いてみますね」

 エスカレーターで地上一階のロビーに下りる。
 スマホを握り、恵美は出入り口へと向かっていった。電波の調子が悪いらしい。
 ビルの中低層には小劇場や小売店が入っている。
 その場にたたずみ、人込みに遠ざかる恵美の背中を視線で追った。
 鞄から封筒を引っ張り出す。少しずつ、丁寧に、けれどもためらうことなく、開封した。

 三枚の白い便箋が入っていた。