「よく来るの?」
「休みの日にときどきです」
 アイスカフェオレをストローでかき混ぜながら、恵美が答える。
「ふるさとが見えるとか?」
「まさか。さすがに北関東まで見えませんよ」
「そりゃそうだね」
 ぼくは苦笑し、コーヒーカップを口から離した。

「景色を眺めて、ぼんやりするか、読書してます。ここ、展望だけなら無料なんですよ」
「若い子は休みの日、ショッピングかデートに行くものだと思ってた」
「先輩、うちのお給料知ってますよね? 都会の一人暮らしは節約しないとやっていけません。それから、出歩く相手がいない理由、この前お伝えしませんでしたっけ?」

 笑顔だが、すねている。あるいは少し怒っている。
 軽い牽制球のつもりだったが、素直な恵美には放るべきボールじゃなかったな、と反省した。

 一週間前、やはり二人で客先を訪ねた帰り、「気づいていると思いますけど、前田先輩を異性として意識しています」と打ち明けられた。
「今日のランチはパスタです」とか「明日は猛暑になりそうですね」とか、そういう感じで不意打ちされた。
「あ、でも、奥さんのことをちゃんと思い出にできるまで、気長に待ちます。もう二年以上もこんな感じですから、大丈夫。のんきなんですよ、わたし」
 視線を合わせず、小さく笑い、恵美は会社のエントランスに消えていった。

 その後もまったく態度は変わらない。
 せわしなく、不器用に仕事をし、オンラインでも職場のみんなに気を配る。

 厳密に言えば、はっきりと「気づいている」わけではなかった。
 陽だまりのように暖かい彼女の好意は、自分だけに向けられているとは思えなかった。

 なにより三年前、恵美の前で、ぼくは醜態をさらしている。

 あの夏、半年前から闘病していた妻の茜が死んだのだ。