「未開封ですね」
「だって、わたし宛じゃないでしょ? 何より、わたしには開ける資格がない」
「資格ってどういう意味です?」
「夫を若い女にとられた後、わたしは妻だけでなく、母であることも放棄した。あの男の血が半分混じった茜のことが、うとましかった」
「それでもちゃんと食事をつくり、洗濯し、子育てをしたじゃないですか」
「そんなのは育児と呼べない。わたしはまったく、茜の気持ちに寄り添うことをしなかった。傷つきやすい思春期を、満身創痍で過ごさせた。高校であなたと出会うまで、あの子は多分、深い孤独の中を生きてきた」
彼女はじっと墓石を見つめている。
汗のにじんだ横顔は、茜に似ていた。
気づかないまま、他人から義母になり、また他人に戻ってしまった。
「だから、わたしにはそれを開けられない。あの子の最期の言葉を知る資格がない。……でもね」
「はい」
「知りたいという気持ちもあった。あの子の体が焼かれた時、お腹がずっとうずいたの。こんなに母親失格なのに、茜は確かにわたしの一部だった、わたしの中から産まれたんだ、って、そう感じた」
「そうですよ。茜はお義母さんの娘です」
「ありがとう。ごめんなさい」
義母だった人が泣いている。
開封を三年もためらったあなたこそ、面倒臭い人じゃないですか。娘さんと瓜二つです。
「悦史さんに託します。開封してもしなくても構わない。内容はわたしに教えてくれなくても大丈夫。あなたが自分の気持ちを整理して、前に進める内容であることを、祈っています」
やっぱり二人は母と娘だ。求めることまで同じじゃないか。
そう感じ、なんだか無性におかしくなる。
ぼくは深く頭を下げた。
鞄の底に封筒を入れて、墓苑を出る。
ミンミンゼミの合唱に、ヒグラシの声が重なった。
茜が死んで、三回目の夏が終わろうとしている。
「だって、わたし宛じゃないでしょ? 何より、わたしには開ける資格がない」
「資格ってどういう意味です?」
「夫を若い女にとられた後、わたしは妻だけでなく、母であることも放棄した。あの男の血が半分混じった茜のことが、うとましかった」
「それでもちゃんと食事をつくり、洗濯し、子育てをしたじゃないですか」
「そんなのは育児と呼べない。わたしはまったく、茜の気持ちに寄り添うことをしなかった。傷つきやすい思春期を、満身創痍で過ごさせた。高校であなたと出会うまで、あの子は多分、深い孤独の中を生きてきた」
彼女はじっと墓石を見つめている。
汗のにじんだ横顔は、茜に似ていた。
気づかないまま、他人から義母になり、また他人に戻ってしまった。
「だから、わたしにはそれを開けられない。あの子の最期の言葉を知る資格がない。……でもね」
「はい」
「知りたいという気持ちもあった。あの子の体が焼かれた時、お腹がずっとうずいたの。こんなに母親失格なのに、茜は確かにわたしの一部だった、わたしの中から産まれたんだ、って、そう感じた」
「そうですよ。茜はお義母さんの娘です」
「ありがとう。ごめんなさい」
義母だった人が泣いている。
開封を三年もためらったあなたこそ、面倒臭い人じゃないですか。娘さんと瓜二つです。
「悦史さんに託します。開封してもしなくても構わない。内容はわたしに教えてくれなくても大丈夫。あなたが自分の気持ちを整理して、前に進める内容であることを、祈っています」
やっぱり二人は母と娘だ。求めることまで同じじゃないか。
そう感じ、なんだか無性におかしくなる。
ぼくは深く頭を下げた。
鞄の底に封筒を入れて、墓苑を出る。
ミンミンゼミの合唱に、ヒグラシの声が重なった。
茜が死んで、三回目の夏が終わろうとしている。


