最期の嘘

「再婚してね」と茜は言った。
 その真意を、いまも考え続けている。

 一週間前、墓前で茜の母に会った。
 夏の陽に焼けた墓石に水をかけ、三色の菊の花を供えていた。
 ぼくは黙って手伝って、二人並んで両手を合わせた。

「悦史さん、もう命日に来なくても大丈夫よ」
 義母だった人がそう言った。以前と変わらず、話相手と視線を合わせない。
「自分が来なくて大丈夫になったら、来ません。今年はまだそうじゃありませんでした」
「厄介な性格はそのままね。本当に似た者同士。茜は幸せだったわね」
「どうでしょう。ぼくは幸せでしたが、茜の本音はわかりません」

 あはは、と元義母は笑った。「やっぱりあなたは面倒臭い人ね」とつぶやいて、薄い封筒をぼくに差し出す。

「なんですか、これ?」
「三年前、うちに届いていたのよ、茜から」

 茜の字で、表に実家の住所と「谷口茜様」、裏には「前田茜拝」と書かれている。
 消印の日時に息を飲む。
 死の前日の日中だ。

 その夜、ぼくは茜に「再婚してね」と告げられる。
 大学病院の一階にはコンビニが入っていた。あそこには郵便ポストがあったはずだ。
 亡くなる数日前まで、茜は時々、車椅子でアイスを買いに行っていた。
 あの日、茜は動くことができたのだろうか。あるいは看護師にでも投函を頼んだのか。