最期の嘘

「前田先輩」
 恵美がぼくを呼んでいる。
「やみましたよ。雨」
 そうだね。
「お疲れのようですから、そろそろ帰りましょうか?」

 職場で涙を流してしまった指導役を、恵美は二年以上も待ってくれた。
 あの告白は、茜の三回目の命日の翌日だった。
 恵美なりのけじめをつけて、勇気を振るってくれたのだろう。実はちっとも「不意打ち」なんかじゃない。

 ぼくは本当に不甲斐ない。茜が最期に言った通り、もう三十歳を過ぎたのに、中二病をこじらせている。

「どうかしましたか、先輩?」

 伝票を握った恵美が、ぼくの顔をのぞき込む。
 この子は律儀だ。
 二人で飲食するたびに、何度ぼくが持つと言っても、「お互い安月給ですから、割り勘にして下さい」と譲らなかった。
 ぼくが無理やり支払うと、決まって翌日、「おやつ食べませんか?」とスイーツを持ってきた。
 時にはむしろそっちの方が高そうで、恵美に奢ることを諦めた。
 融通の利かない不器用さは、茜とよく似ている。
 黒目がちの大きな瞳に小さな鼻、厚めの唇。整った顔立ちなのに、あまり異性にモテないところも、そっくりだ。

 茜を亡くして以来、この子に何度も癒された。
 そろそろそれを認めよう。
 まだ早い、許されないと思っていたから、好意に対するアンテナの、感度をずっと下げてきた。