夏の終わりの入道雲はあっという間に黒く陰り、街の景色を雨に変えた。

 横浜の菓子メーカーで秋のプロモーションの打ち合わせを終え、ぼくらは夕暮れ時の上りの私鉄に揺られていた。

「これ、やみそうにありませんね」

 並んで立った宮ケ瀬恵美が、車窓の外を見つめている。
 ちょうど、電車は多摩川に架かる橋を渡っていた。鈍色の濁流が、みるみるうちに川幅を広げていく。

「やみそうにないね」とぼくは答える。

 渋谷駅から勤務先のウェブデザイン会社が入ったビルまで徒歩十五分。間違いなく、二人ともずぶ濡れになるだろう。
 鞄には、あの封筒が未開封のまま入っている。
 濡れたら多分、開けない。

「直帰にしよう。会社に戻っても、リモートだから、みんな出社してないよ」
「大丈夫ですか?」
「社歴九年にもなると、緩急のつけ方を心得る」
「じゃあ、わたしは先輩のアドバイスに従います」
 ポニーテールを揺らしながら、恵美は笑った。

 入社三年目だが、スーツ姿は就活の女子大生のようにも見える。
 お互いスマホで勤怠アプリを立ち上げて、ステイタスを「十七時帰社」から「ノーリターン」に変更した。
 三軒茶屋で電車を降りる。地下駅から地上に出ると、雨足はさらに激しさを増していた。
 ぼくの家は駅前の商店街を抜けた先、恵美は軌道線に乗り換えて、三つ先が最寄り駅だ。

「雨宿りしていきましょう」

 彼女の言葉に黙ってうなずく。
 駅直結の複合ビル。二十六階にある展望ロビーのカフェは空いていた。