放課後、僕は陽葵と一緒に担任の畠中先生を訪ねた。畠中先生は教育相談の先生も兼務しているので、自然と生徒を見る機会は多くなるはずだ。もしかしたら、当時の千種に何か相談を受けていた、なんてこともなくはないだろうと思う。
 僕らが先生に話を聞きに行っている間、尋と蓮は二人で屋上へと向かおうとしていた。少しでも手がかりがないか探すためだが、あまり期待はできなかった。
 畠中先生はもう何年もこの学校で教鞭を執っている。冷淡そうな雰囲気を纏っているが、話してみれば、彼女が生徒思いの穏やかな人だということがよくわかる。生徒からの人気もかなりあった。

「噂は聞いているわ」先生はそう言った。「斎藤さんの名前を偽って、悪戯メールを送りつけている人がいるそうね」

 まさか教師の耳にまで噂が広まっているとは思わなかった。たかが悪戯。そう言っていしまえば楽なものだが、そこに生徒の死が絡んでくるとなると聞き流すわけにもいかなくなってくるのだろう。

「もしこのメールが悪戯だったとしても、僕達、やっぱり千種が自殺したとは思えないんです」

 先生はすぐには言葉を返さず、しばらく僕のことを見つめた。この人の目は、鋭いわけではないが、深く、底がないような黒さがあって苦手だった。けれどこちらから逸らすことはできなかった。
 やがて先生は、どこか心苦しそうに口を開いた。

「……本音を言ってしまえば、私もよ。斎藤さんは誰よりも明るい子だったもの。何かの間違いなのだと思いたい。けれど、人は誰しも自分以外には絶対に見せない側面を持っているわ。彼女の内側にも、私達が気付けなかった思いが秘められていたのだと思う」

 心臓がドクンと飛び跳ねる。まるで自分のことを言われているようだった。誰にも見せない自分だけの秘密――修学旅行での千種との会話が思い起こされた。あの時彼女が抱えていた秘密は、いったいなんだったんだろう。

「だから、ごめんなさい。私に何か言えることはないわ。本当なら教師である私が、斎藤さんのことを理解してあげなきゃいけなかったはずなのでしょうけどね……」

 どうしようもなかった、と言ってしまいそうになる。でも実際、千種は明るい人で、誰も彼女に自殺願望があるなんて思いもしなかったはずだ。先生にも、クラスメイトにも、きっと止めることはできなかった。ただそれが、本当に自殺だったならばの話だが。

「ごめんなさい。生徒の前で言うことじゃなかったわ」

「いえ、私も同じ気持ちです」陽葵が言った。「友達だったはずなのに、正直私には、時々千種のことがわからなくなることがあったんです。苦手だとか面倒だとか、そういうことでは一切なくて、あの子がふとした時に見せる据わった目を前にすると、何を言えばいいのか、それとも何も言わないほうがいいのか、どうしたらいいのかわからなくなったんです。もしもあの子が何か問題を抱えていたのなら、それを聞いてあげなければならなかったのは私だったはずなんです。それなのに……千種が私達を引き合わせてくれたというのに、あの子には何もしてあげられなかったんです」
 贖罪か――いや、少し違う。陽葵の言う通り、僕らは何もしていない。何もしなかったのだ。今思えば、彼女が何かを抱えているような雰囲気はあったように思う。それに気付くための判断材料は随所に散りばめられていた。でも僕達は、それが何故なのかを理解しようともしなかった。千種は「明るい人間」だと、一方的に信じ切って。

「城崎さん、千葉くん」

 突然名前を呼ばれたことに驚いて、返事をするタイミングを逃した。先生は陽葵のことを見て、その後に僕の目を見た。深く、暗く、目眩がするほど真摯な眼差しだった。

「傲慢だって思われるのを承知で、私から、あなた達に個人的なお願いをさせてほしい」

「……どんな、ですか?」

「あなた達には、斎藤さんのこと忘れないであげてほしいの。教師としては、いるかもわからない犯人探しなんてやめて、将来に向けた取り組みをしなさいって言うべきなのかもしれない。でもね、納得できないまま大人になってほしくはない。だからあなた達を止めたりはしないわ。気の済むまで続けなさい。ただ、突き止めた真実がどんなものだったとしても、それが望まぬ結果だったとしても、斎藤さんが生きていたということだけは、絶対に忘れないであげて」

 あなた達。僕と陽葵と、それから蓮と尋を合わせた四人のことを指して言っているのだろう。先生も僕らが一緒にいることは知っていた。
 答えなんて決まっていた。忘れることなどあるはずがない。僕が心配しているのは、千種のことというよりも、残された僕らが壊れてしまわないかということだった。だが今の陽葵や蓮達を見ていると、僕だけが過度に恐れているだけなのかもしれないと思えてくる。進もうとしている方向は同じなはずなのに、どうしても僕にはこの調査を続けていく決心がつかなかった。

「はい」

 僕らは二人不揃いな思いを抱きながら、揃ってそう答えていた。