部室で話すと他の部員の邪魔になるということで、私達は同じ階にある視聴覚室にやって来た。
「それで、訊きたいことというのはなんでしょう?」
机に座る生駒さんの姿は、見るからに優等生の佇まいだった。
「斎藤千種って、知ってるよね? 写真部だったはずなんだけど」
「はい、もちろんです。斎藤先輩にはよくお世話になっていましたから。みなさんは先輩のご友人の方々ですか?」
私がそうだと答えると、彼女は少し俯いた。
「そうでしたか……。でも、まさか先輩が自殺だなんて……。今でも何かの間違いなんじゃないかって思ってしまいます」
「実はね、私達もそうなの。千種の自殺は間違いだったんじゃないかって思ってる」
「なにか確証が?」
私は彼女に、一週間前、私達のクラスに起きたことを話した。彼女は多少の驚きは見せるも、始終落ち着いていた。茶化すことも苦笑いをすることもなく、私の目だけを見て聞いていた。
「なるほどそんなことが……」
「ただの悪戯かもしれない。でも私達は、その可能性を捨てたくはないの」
「大切な友達だったんですね。少し憧れます」
「憧れられるほどのものでもないよ。それに、こんなことは起きない方がいい。絶対に」
自分の友達が死んだ理由を探すなんて、あまりに残酷過ぎる。
「部活中の千種って、どんな感じだったの?」
「とても優しかったですよ。みなさんの方がよく知っていらっしゃるかもしれませんけどね。自分の活動に加えて、常に周囲に気を配っていて、困っている後輩にアドバイスをしてくださることもありました」
千種が生きていた頃を思い返している生駒さんの顔には、自然な笑みが浮かんでいた。
「……ただ」生駒さんは急に顔色を変えた。「いえ、これは単に私個人の独断と偏見なのですが、斎藤先輩って、なんだか不思議だったんです。もちろん普段は優しい先輩なんですけど、先輩、時々神妙な面持ちでどこか一点を見つめることがあったんです。ですがそれだけならまだ不思議だとまでは思いません」
「なら何が不思議だったの?」
「写真です」
「写真?」
「そうです。斎藤先輩って、鳥の写真しか撮らなかったんですよ」
そう言われて私が真っ先に思い浮かべたのは、千種が壁に描いた、空を飛ぶ小鳥と鳥かごに囚われた黒い鳥の絵だった。千種は、鳥に何かしらの思い入れを抱いていたのだろうか。
「よろしければ今から、先輩の撮った写真をお持ちしましょうか? データファイルに残っていた先輩達のものは、何枚か現像してありますから」
写真。千種の写真。手がかりになるかどうかはわからないけれど、単純に興味があった。あの絵を描いた彼女が、いったいどんな写真を撮るのだろうかと。
私は生駒さんに持ってきてほしいと頼んだ。彼女は、わかりましたと言って席を立ち、足早に教室を出ていった。
彼女が出ていったのを確認して、私は深い溜め息をついた。
「お疲れ。なんか悪いな、全部頼りきっちゃって」
後ろにいた蓮が申し訳無さそうに声をかけてきた。
「いいって。女子同士のほうがきっと話しやすいだろうし」
今まで任せきりにした分を取り戻さなければ、千種にだって顔向けできない。何もしないままでいちゃ駄目なんだ。
数分して生駒さんは戻ってきた。手には数枚の写真があった。
「お待たせしました。こちらです」
生駒さんは写真を机の上に並べた。彼女の言っていた通り、そこに収められていたのはどれも鳥の写真だけだった。スズメ、ツバメ、ウグイス、カラスなどといったたくさんの鳥がいた。上手く撮れているのかなんて技術的なことは何一つわからないけど、素人目には風情のある良い写真のように思えた。
しばらく無言で並べられた写真を見た。しかしそこで私はふいに、何か言い知れない小さな違和感を感じた。
「飛んでる鳥は一枚もないんだね」と、私の隣で写真を見ていた遥太が口にした。
そうだ、それだ。私が感じていた違和感もまさにそれだった。ここに写っているどの鳥も、木や電線に留まっていたり、アスファルト上にいたりしていて、飛んでいる鳥の姿は一枚も無かった。
「言われてみれば確かにそうですね」生駒さんも写真を見比べてそう言った。彼女は気づいていなかったようだ。
「撮るのが難しいからじゃないの? 鳥の習性とかわかってないと、ちゃんと撮れないだろうし」
「でもこれだけ鳥の写真を撮ってるなら、一枚くらいあってもいいとは思わない? 何か千種なりの信念みたいなものがあったなら別だけど」
なかったとは言い切れないと思う。そもそも鳥しか撮らないというのも一つの信念だったんだろうし、飛んでいる姿を敢えて撮らないようにしたのも、同じようなことだったのかもしれない。
「すみません。写真だけじゃ何もわからないですよね」
「ううん、とんでもない。むしろこっちがお礼しなきゃいけない。千種のこと、大事に思ってくれてありがとう」
「そんな。大事に思ってくれていたのは、斎藤先輩の方ですから。私はただ、少しでも力になれることがあるんだったら、お手伝いしたかっただけです」
今でも千種のことをこんなにも想ってくれる人がいるということが、私はとても嬉しかった。
「時間を取らせちゃってごめんね。後は私達がなんとかするから」
「何かあったらまた尋ねてください。それと、この写真はみなさんに差し上げます。きっとその方が、斎藤先輩も喜ぶでしょうから」
そう言い残し、生駒さんは教室を後にした。
「飛ばない鳥、か……」
千種の絵と重ねて言い換えれば「飛べない鳥」だろうか。鳥かごの中の黒い鳥も、空を舞う小鳥のように自由に飛ぶことはできない。この、写真に収められている鳥達も、静止画である以上飛ぶことも、動くこともできない。
「何か一つでも手がかりがあれば、糸口になるんだけどな」
私達に残された期間は二週間。何も手がかりを掴めていないこの状況にとって、それはあまりに短いものだった。
「それで、訊きたいことというのはなんでしょう?」
机に座る生駒さんの姿は、見るからに優等生の佇まいだった。
「斎藤千種って、知ってるよね? 写真部だったはずなんだけど」
「はい、もちろんです。斎藤先輩にはよくお世話になっていましたから。みなさんは先輩のご友人の方々ですか?」
私がそうだと答えると、彼女は少し俯いた。
「そうでしたか……。でも、まさか先輩が自殺だなんて……。今でも何かの間違いなんじゃないかって思ってしまいます」
「実はね、私達もそうなの。千種の自殺は間違いだったんじゃないかって思ってる」
「なにか確証が?」
私は彼女に、一週間前、私達のクラスに起きたことを話した。彼女は多少の驚きは見せるも、始終落ち着いていた。茶化すことも苦笑いをすることもなく、私の目だけを見て聞いていた。
「なるほどそんなことが……」
「ただの悪戯かもしれない。でも私達は、その可能性を捨てたくはないの」
「大切な友達だったんですね。少し憧れます」
「憧れられるほどのものでもないよ。それに、こんなことは起きない方がいい。絶対に」
自分の友達が死んだ理由を探すなんて、あまりに残酷過ぎる。
「部活中の千種って、どんな感じだったの?」
「とても優しかったですよ。みなさんの方がよく知っていらっしゃるかもしれませんけどね。自分の活動に加えて、常に周囲に気を配っていて、困っている後輩にアドバイスをしてくださることもありました」
千種が生きていた頃を思い返している生駒さんの顔には、自然な笑みが浮かんでいた。
「……ただ」生駒さんは急に顔色を変えた。「いえ、これは単に私個人の独断と偏見なのですが、斎藤先輩って、なんだか不思議だったんです。もちろん普段は優しい先輩なんですけど、先輩、時々神妙な面持ちでどこか一点を見つめることがあったんです。ですがそれだけならまだ不思議だとまでは思いません」
「なら何が不思議だったの?」
「写真です」
「写真?」
「そうです。斎藤先輩って、鳥の写真しか撮らなかったんですよ」
そう言われて私が真っ先に思い浮かべたのは、千種が壁に描いた、空を飛ぶ小鳥と鳥かごに囚われた黒い鳥の絵だった。千種は、鳥に何かしらの思い入れを抱いていたのだろうか。
「よろしければ今から、先輩の撮った写真をお持ちしましょうか? データファイルに残っていた先輩達のものは、何枚か現像してありますから」
写真。千種の写真。手がかりになるかどうかはわからないけれど、単純に興味があった。あの絵を描いた彼女が、いったいどんな写真を撮るのだろうかと。
私は生駒さんに持ってきてほしいと頼んだ。彼女は、わかりましたと言って席を立ち、足早に教室を出ていった。
彼女が出ていったのを確認して、私は深い溜め息をついた。
「お疲れ。なんか悪いな、全部頼りきっちゃって」
後ろにいた蓮が申し訳無さそうに声をかけてきた。
「いいって。女子同士のほうがきっと話しやすいだろうし」
今まで任せきりにした分を取り戻さなければ、千種にだって顔向けできない。何もしないままでいちゃ駄目なんだ。
数分して生駒さんは戻ってきた。手には数枚の写真があった。
「お待たせしました。こちらです」
生駒さんは写真を机の上に並べた。彼女の言っていた通り、そこに収められていたのはどれも鳥の写真だけだった。スズメ、ツバメ、ウグイス、カラスなどといったたくさんの鳥がいた。上手く撮れているのかなんて技術的なことは何一つわからないけど、素人目には風情のある良い写真のように思えた。
しばらく無言で並べられた写真を見た。しかしそこで私はふいに、何か言い知れない小さな違和感を感じた。
「飛んでる鳥は一枚もないんだね」と、私の隣で写真を見ていた遥太が口にした。
そうだ、それだ。私が感じていた違和感もまさにそれだった。ここに写っているどの鳥も、木や電線に留まっていたり、アスファルト上にいたりしていて、飛んでいる鳥の姿は一枚も無かった。
「言われてみれば確かにそうですね」生駒さんも写真を見比べてそう言った。彼女は気づいていなかったようだ。
「撮るのが難しいからじゃないの? 鳥の習性とかわかってないと、ちゃんと撮れないだろうし」
「でもこれだけ鳥の写真を撮ってるなら、一枚くらいあってもいいとは思わない? 何か千種なりの信念みたいなものがあったなら別だけど」
なかったとは言い切れないと思う。そもそも鳥しか撮らないというのも一つの信念だったんだろうし、飛んでいる姿を敢えて撮らないようにしたのも、同じようなことだったのかもしれない。
「すみません。写真だけじゃ何もわからないですよね」
「ううん、とんでもない。むしろこっちがお礼しなきゃいけない。千種のこと、大事に思ってくれてありがとう」
「そんな。大事に思ってくれていたのは、斎藤先輩の方ですから。私はただ、少しでも力になれることがあるんだったら、お手伝いしたかっただけです」
今でも千種のことをこんなにも想ってくれる人がいるということが、私はとても嬉しかった。
「時間を取らせちゃってごめんね。後は私達がなんとかするから」
「何かあったらまた尋ねてください。それと、この写真はみなさんに差し上げます。きっとその方が、斎藤先輩も喜ぶでしょうから」
そう言い残し、生駒さんは教室を後にした。
「飛ばない鳥、か……」
千種の絵と重ねて言い換えれば「飛べない鳥」だろうか。鳥かごの中の黒い鳥も、空を舞う小鳥のように自由に飛ぶことはできない。この、写真に収められている鳥達も、静止画である以上飛ぶことも、動くこともできない。
「何か一つでも手がかりがあれば、糸口になるんだけどな」
私達に残された期間は二週間。何も手がかりを掴めていないこの状況にとって、それはあまりに短いものだった。