土日が明けた九月二日。まだまだ残暑は続いていた。
あれから一週間が経った。もう九月だ。けれど、この一週間で決定的な何かを掴めたとは言えない。さらに先日の一件で、クラスメイトに話を聞くのが難しくなった。先週よりも一層シビアな状況になったのは間違いない。
ただし打つ手が全くないわけでもなかった。というのも、まだ足を運んでいない場所があったからだ。彼女が所属していた写真部。私達の知らない千種を知れるとしたら、そこしかなかった。そこで私達は放課後、写真部の部室に向かうことにした。
「視線、痛かったな」
先に部室の前にいた蓮と私は、壁にもたれながら尋と遥太が来るのを待っていた。彼が言いたいのは、おそらく私達を見るクラスの目のことだろう。確かに、痛かった。
「覚悟はしてたよ」
二日も経てば忘れるだろうという私の浅はかな考えは、今朝教室に入った途端に感じたピリッとした空気によって、瞬く間に打ち砕かれた。以前の私なら逃げ出していたかもしれない。でももう、気にしないことに決めた。そんな小さなことに構ってなんていられない。
「でも、後悔はしてない。あそこで止めなかったら、それこそ本当にあの場にはいられなくなってたと思う」
「かもな。……陽葵には感謝してる」
蓮が私に感謝だなんて珍しかった。私の意思でやったことなんだから、そう思われる筋合いなんて、本当はこれっぽっちもない。
「そういえば先週もあったよな、こんなこと。あのメールが届いて、俺が気付いていなくて、そのことにお前が怒って、それで気不味くなって教室を出てった」
「怒ってたんじゃない。私だって動揺してたから」
私が届いていたメールに気付いたのも、実は蓮が来る少し前だった。教室内が騒がしかったから、それに気付いた。まだ驚いている最中で蓮がやって来たものだから、不安定なままだったのだ。少し申し訳ない気持ちもある。
「別にいいんだけどな。気にしてるわけじゃないし、今思えば俺のほうこそ不躾だったし。お前はよく自分のこと卑下しがちだけどさ、誰よりも俺達のこと考えてくれてるのは伝わってくるから。だから本当、いてくれてありがとうって思ってる。俺達がまだこうして辛うじて繋がっていられるのは、お前がいたからだよ」
「……どうしたの。なんか今日変じゃない?」
「俺だって色々考えたんだよ。これからどうしていくのか最善なのかって。初めは俺も千種が死の真相を解き明かすべきだと思ったさ。今だって、そう思ってないわけじゃない。でも、あの何の確証もないメールのせいで、俺達の関係が引き裂かれようとしてるのが、本当に望んだことだったのかっていうと、そうじゃないだろ? それじゃ、もし真実がわかったとしても意味がない。他の誰かを傷付けるだけだ」
蓮の目線は窓の外にあった。空はまだ明るい。それだけで、夏が終わりきっていないのを感じた。
「尋は一人でも続けるつもりだ。何がなんでも、千種の無念を晴らそうとする。俺達が何を言っても、多分今のあいつは聞かない。このままだと、またいつこの前みたいになるかわからない。今度こそ、取り返しのつかないことになるかもしれない」
「じゃあ、蓮はやめるの? またああなる前に、手を引くつもり?」
正しい選択だとは思う。先週、蓮は私が仲裁に入る前から二人のことを止めていた。尋といると、自分達にも影響が出る。蓮ならそれを嫌うだろう。関係が崩れるより前に距離を取るというのも一つの案だ。
だが彼は、私のことを鼻で笑った。
「逆だよ。俺は絶対に、あいつを一人にさせない。何をしでかすかわかったもんじゃないからな。何かが起こってしまう前に、俺があいつを食い止める」
意外な発言だった。蓮は、てっきり尋にうんざりしていると思っていたからだ。
「蓮って、意外と情に厚いんだね。もっと軽薄な奴だと思ってた」
「そうだったさ。一人が好きだった。きっと、お前らといる間に変わってたんだろうな」
「私達のおかげ?」
「そういうこと。人は変わるんだって、身を持って思い知った」
そう言いながらも、蓮はどこか嬉しそうだった。
それから間もなくして、遥太と、遅れて尋もやってきた。ちゃんと尋も来たことに、とりあえず安堵した。だけど――
「…………」
気まずい。きっと全員がそう感じていると思う。けど尋に来るように言ったのは私なんだから、ここは私が引っ張っていかないと。
そう思って、声をかけようとした時だった。
「あのー……すみません、うちに何か御用でしょうか?」
女の子の声がした。声の方を向くと、そこには眼鏡をかけた女子生徒がいた。
「えっと、三年の方々ですよね? ここ、写真部なんですけど……」
どうやら後輩のようだ。
「君、写真部の子?」
そう尋ねると、彼女は首を縦に振った。
「ええ、部長の生駒加純です」
ちょうどよかった。部長なら、きっと先輩である千種とも関わる機会があったはずだ。もしかしたら彼女なら、何か知っているかもしれない。
「私は三年四組の城崎陽葵。生駒さん、実はあなたに訊きたいことがあるの。悪いんだけど、少しだけ時間もらっても大丈夫かな?」
「訊きたいこと、ですか」生駒さんは私の言ったことを繰り返すと、「わかりました、大丈夫ですよ」と快く頷いてくれた。
あれから一週間が経った。もう九月だ。けれど、この一週間で決定的な何かを掴めたとは言えない。さらに先日の一件で、クラスメイトに話を聞くのが難しくなった。先週よりも一層シビアな状況になったのは間違いない。
ただし打つ手が全くないわけでもなかった。というのも、まだ足を運んでいない場所があったからだ。彼女が所属していた写真部。私達の知らない千種を知れるとしたら、そこしかなかった。そこで私達は放課後、写真部の部室に向かうことにした。
「視線、痛かったな」
先に部室の前にいた蓮と私は、壁にもたれながら尋と遥太が来るのを待っていた。彼が言いたいのは、おそらく私達を見るクラスの目のことだろう。確かに、痛かった。
「覚悟はしてたよ」
二日も経てば忘れるだろうという私の浅はかな考えは、今朝教室に入った途端に感じたピリッとした空気によって、瞬く間に打ち砕かれた。以前の私なら逃げ出していたかもしれない。でももう、気にしないことに決めた。そんな小さなことに構ってなんていられない。
「でも、後悔はしてない。あそこで止めなかったら、それこそ本当にあの場にはいられなくなってたと思う」
「かもな。……陽葵には感謝してる」
蓮が私に感謝だなんて珍しかった。私の意思でやったことなんだから、そう思われる筋合いなんて、本当はこれっぽっちもない。
「そういえば先週もあったよな、こんなこと。あのメールが届いて、俺が気付いていなくて、そのことにお前が怒って、それで気不味くなって教室を出てった」
「怒ってたんじゃない。私だって動揺してたから」
私が届いていたメールに気付いたのも、実は蓮が来る少し前だった。教室内が騒がしかったから、それに気付いた。まだ驚いている最中で蓮がやって来たものだから、不安定なままだったのだ。少し申し訳ない気持ちもある。
「別にいいんだけどな。気にしてるわけじゃないし、今思えば俺のほうこそ不躾だったし。お前はよく自分のこと卑下しがちだけどさ、誰よりも俺達のこと考えてくれてるのは伝わってくるから。だから本当、いてくれてありがとうって思ってる。俺達がまだこうして辛うじて繋がっていられるのは、お前がいたからだよ」
「……どうしたの。なんか今日変じゃない?」
「俺だって色々考えたんだよ。これからどうしていくのか最善なのかって。初めは俺も千種が死の真相を解き明かすべきだと思ったさ。今だって、そう思ってないわけじゃない。でも、あの何の確証もないメールのせいで、俺達の関係が引き裂かれようとしてるのが、本当に望んだことだったのかっていうと、そうじゃないだろ? それじゃ、もし真実がわかったとしても意味がない。他の誰かを傷付けるだけだ」
蓮の目線は窓の外にあった。空はまだ明るい。それだけで、夏が終わりきっていないのを感じた。
「尋は一人でも続けるつもりだ。何がなんでも、千種の無念を晴らそうとする。俺達が何を言っても、多分今のあいつは聞かない。このままだと、またいつこの前みたいになるかわからない。今度こそ、取り返しのつかないことになるかもしれない」
「じゃあ、蓮はやめるの? またああなる前に、手を引くつもり?」
正しい選択だとは思う。先週、蓮は私が仲裁に入る前から二人のことを止めていた。尋といると、自分達にも影響が出る。蓮ならそれを嫌うだろう。関係が崩れるより前に距離を取るというのも一つの案だ。
だが彼は、私のことを鼻で笑った。
「逆だよ。俺は絶対に、あいつを一人にさせない。何をしでかすかわかったもんじゃないからな。何かが起こってしまう前に、俺があいつを食い止める」
意外な発言だった。蓮は、てっきり尋にうんざりしていると思っていたからだ。
「蓮って、意外と情に厚いんだね。もっと軽薄な奴だと思ってた」
「そうだったさ。一人が好きだった。きっと、お前らといる間に変わってたんだろうな」
「私達のおかげ?」
「そういうこと。人は変わるんだって、身を持って思い知った」
そう言いながらも、蓮はどこか嬉しそうだった。
それから間もなくして、遥太と、遅れて尋もやってきた。ちゃんと尋も来たことに、とりあえず安堵した。だけど――
「…………」
気まずい。きっと全員がそう感じていると思う。けど尋に来るように言ったのは私なんだから、ここは私が引っ張っていかないと。
そう思って、声をかけようとした時だった。
「あのー……すみません、うちに何か御用でしょうか?」
女の子の声がした。声の方を向くと、そこには眼鏡をかけた女子生徒がいた。
「えっと、三年の方々ですよね? ここ、写真部なんですけど……」
どうやら後輩のようだ。
「君、写真部の子?」
そう尋ねると、彼女は首を縦に振った。
「ええ、部長の生駒加純です」
ちょうどよかった。部長なら、きっと先輩である千種とも関わる機会があったはずだ。もしかしたら彼女なら、何か知っているかもしれない。
「私は三年四組の城崎陽葵。生駒さん、実はあなたに訊きたいことがあるの。悪いんだけど、少しだけ時間もらっても大丈夫かな?」
「訊きたいこと、ですか」生駒さんは私の言ったことを繰り返すと、「わかりました、大丈夫ですよ」と快く頷いてくれた。