生徒会室周辺はしんみりとしていた。さっきまでの喧騒が嘘みたいだ。
尋が扉を開く。中を覗き見ると、一人の男子生徒がノートパソコンのキーボードを打っているのが見えた。東堂だった。
彼はこちらを一瞥すると、かけていた眼鏡を外して立ち上がった。高身長で細身の体格、頭脳明晰でスポーツ万能、とどめに生徒会長という肩書き。当然女子からは人気があった。私は好かないタイプだけど。
「みんなして何の用かな。文化祭の費用を増やせって話だったら、受け付けられないよ」
甘ったるくて優しい声音。寒気がする。
「違うよ東堂」
尋の後ろにいた遥太が前に出る。
「なんだ、誰かと思えば千葉くんか。だったら要件はなんだい?」
「実は、東堂に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? そんな改まって訊ねることなのかな」
「まあ、そうだね」
彼らの会話はどこか空疎だった。不自然なほど自然な笑顔にしても、言葉一つ一つにしても、ぎこちなくはないけど、お互い暗にけん制し合っているみたいだった。
東堂は女子からの人気は凄まじいものの、男子からの評判はなかなか低い。女子への気取った態度が気に食わなかったり、妬んでいたりするんだろう。要するに嫉妬だ。彼を嫌っているのは、うちの三人も例外じゃなかった。
「千種が死んだ日、あの瞬間、お前はどこにいたんだ」
口を開いたのは尋だった。
「千種……斎藤さん? どうしてそんな前のこと――」
「いいから答えろって」
「随分高圧的だね。君は確か……熊谷くん、だったよね。いったい何をそんなに焦ってるんだい?」
「教える義理なんてあるか?」
「それは僕にも言えることだよ」
「お前があの日どこにいたのか話せばすぐ済むことだ。何も難しくなんてないだろ?」
「……まったく、強情な人だ。あの日は、生徒会室にいたよ。千葉くんと一緒だったはずだ。まさかと思うけど、僕を疑っているのかい?」
「そうじゃないよ、確認のためさ。気を悪くしないでほしい」
「わかってるさ。言ってみただけだよ」
「けど、お前、千種が飛び降りた時は、遥太にトイレに行くって言って部屋を出て行ったんだろ?」
遥太が東堂を宥めようとしているのを尻目に、横から割って入ってきたのは蓮だった。
「一々覚えてないけど、トイレに行くって言ったのならトイレに行ったんだろうね。それ以外は考えられないと思うけど」
「遥太から聞くところによると、やけに帰りが遅かったらしいみたいだったぜ?」
「やっぱり疑ってるんじゃないか。というかいや、正気か? 君達は今更彼女が死んだ理由を探っているわけなのか?」
「悪いかよ」
「いやいや、あれは自殺だったじゃないか。何を今になって調べる必要があるというのさ」
「昨日メールが送られてきたろうが」
「あんな信憑性の欠片もないデマを信じているのかい?」
わからないからこうして手掛かりを探っているんだ。私達のことなんて何も知らないのに、口先だけで物を言われたくない。さすがに頭にきた。
「クラスメイトが死んだんだよ……? あんたは悲しくないわけ?」
「悲しいよ。当然さ。でもよく考えなよ。今になってわざわざその悲しい記憶を掘り返すことが、果たして望ましい行動なのかどうかを」
言い返せなかった。何も。言い返してやるつもりだったのに、言葉が出てこなかった。私には、唇を結んで俯くことしかできなかった。
「お前が関係してるから、詮索されるのが嫌なんだろ?」
尋が言うと、東堂が微笑したまま彼に視線を向けた。笑っているのに冷淡な表情に見えて、背筋に冷たいものが走った。
「変な言いがかりはよしなよ。これは僕だけの意見じゃない。クラスメイトの総意だ。嫌な記憶は誰だって消し去りたいだろう?」
「誰かの死を風化させて忘れようとすることが、まともなわけねぇんだよ」
ぎくりとした。私だけ未だ気持ちが揺れ動いたままでいる気がした。蓮はもう、進むと決めているのに。彼だけじゃない。尋も、遥太も、真実を暴くと決めている。
「度し難いね。まあいい。ただ僕は何も知らないし、君達に教えられることは何もない。無駄足だよ」
「みたいだな。これ以上俺達が話すことはないらしい。行こうぜ」
蓮が部屋を出て、尋が続き、遥太は何か言葉をかけようとしていたけど、結局何も言わずに外に出た。私も、後についていく。
背後から声がした。
「いい加減くだらない探偵ごっこなんてやめて、現実を受け止めなよ。君だって、そう思ってるんだろう?」
その声は私だけに聞こえていた。前の三人には届いていない。私一人に届く声の大きさで、東堂は言った。
足を止める。言い返さなければならない。違うと、言わなければならない。口を開く。何か、何か言わなきゃいけない。たった一言否定すればいい。千種への想いが本物なら、惑う理由なんてない。自分の覚悟を証明しろ。仲間のために否定しろ。千種のために、怒ってみせろ。
……言え……言え……!
私は――
――何も、言えなかった。
尋が扉を開く。中を覗き見ると、一人の男子生徒がノートパソコンのキーボードを打っているのが見えた。東堂だった。
彼はこちらを一瞥すると、かけていた眼鏡を外して立ち上がった。高身長で細身の体格、頭脳明晰でスポーツ万能、とどめに生徒会長という肩書き。当然女子からは人気があった。私は好かないタイプだけど。
「みんなして何の用かな。文化祭の費用を増やせって話だったら、受け付けられないよ」
甘ったるくて優しい声音。寒気がする。
「違うよ東堂」
尋の後ろにいた遥太が前に出る。
「なんだ、誰かと思えば千葉くんか。だったら要件はなんだい?」
「実は、東堂に聞きたいことがあるんだ」
「聞きたいこと? そんな改まって訊ねることなのかな」
「まあ、そうだね」
彼らの会話はどこか空疎だった。不自然なほど自然な笑顔にしても、言葉一つ一つにしても、ぎこちなくはないけど、お互い暗にけん制し合っているみたいだった。
東堂は女子からの人気は凄まじいものの、男子からの評判はなかなか低い。女子への気取った態度が気に食わなかったり、妬んでいたりするんだろう。要するに嫉妬だ。彼を嫌っているのは、うちの三人も例外じゃなかった。
「千種が死んだ日、あの瞬間、お前はどこにいたんだ」
口を開いたのは尋だった。
「千種……斎藤さん? どうしてそんな前のこと――」
「いいから答えろって」
「随分高圧的だね。君は確か……熊谷くん、だったよね。いったい何をそんなに焦ってるんだい?」
「教える義理なんてあるか?」
「それは僕にも言えることだよ」
「お前があの日どこにいたのか話せばすぐ済むことだ。何も難しくなんてないだろ?」
「……まったく、強情な人だ。あの日は、生徒会室にいたよ。千葉くんと一緒だったはずだ。まさかと思うけど、僕を疑っているのかい?」
「そうじゃないよ、確認のためさ。気を悪くしないでほしい」
「わかってるさ。言ってみただけだよ」
「けど、お前、千種が飛び降りた時は、遥太にトイレに行くって言って部屋を出て行ったんだろ?」
遥太が東堂を宥めようとしているのを尻目に、横から割って入ってきたのは蓮だった。
「一々覚えてないけど、トイレに行くって言ったのならトイレに行ったんだろうね。それ以外は考えられないと思うけど」
「遥太から聞くところによると、やけに帰りが遅かったらしいみたいだったぜ?」
「やっぱり疑ってるんじゃないか。というかいや、正気か? 君達は今更彼女が死んだ理由を探っているわけなのか?」
「悪いかよ」
「いやいや、あれは自殺だったじゃないか。何を今になって調べる必要があるというのさ」
「昨日メールが送られてきたろうが」
「あんな信憑性の欠片もないデマを信じているのかい?」
わからないからこうして手掛かりを探っているんだ。私達のことなんて何も知らないのに、口先だけで物を言われたくない。さすがに頭にきた。
「クラスメイトが死んだんだよ……? あんたは悲しくないわけ?」
「悲しいよ。当然さ。でもよく考えなよ。今になってわざわざその悲しい記憶を掘り返すことが、果たして望ましい行動なのかどうかを」
言い返せなかった。何も。言い返してやるつもりだったのに、言葉が出てこなかった。私には、唇を結んで俯くことしかできなかった。
「お前が関係してるから、詮索されるのが嫌なんだろ?」
尋が言うと、東堂が微笑したまま彼に視線を向けた。笑っているのに冷淡な表情に見えて、背筋に冷たいものが走った。
「変な言いがかりはよしなよ。これは僕だけの意見じゃない。クラスメイトの総意だ。嫌な記憶は誰だって消し去りたいだろう?」
「誰かの死を風化させて忘れようとすることが、まともなわけねぇんだよ」
ぎくりとした。私だけ未だ気持ちが揺れ動いたままでいる気がした。蓮はもう、進むと決めているのに。彼だけじゃない。尋も、遥太も、真実を暴くと決めている。
「度し難いね。まあいい。ただ僕は何も知らないし、君達に教えられることは何もない。無駄足だよ」
「みたいだな。これ以上俺達が話すことはないらしい。行こうぜ」
蓮が部屋を出て、尋が続き、遥太は何か言葉をかけようとしていたけど、結局何も言わずに外に出た。私も、後についていく。
背後から声がした。
「いい加減くだらない探偵ごっこなんてやめて、現実を受け止めなよ。君だって、そう思ってるんだろう?」
その声は私だけに聞こえていた。前の三人には届いていない。私一人に届く声の大きさで、東堂は言った。
足を止める。言い返さなければならない。違うと、言わなければならない。口を開く。何か、何か言わなきゃいけない。たった一言否定すればいい。千種への想いが本物なら、惑う理由なんてない。自分の覚悟を証明しろ。仲間のために否定しろ。千種のために、怒ってみせろ。
……言え……言え……!
私は――
――何も、言えなかった。