監査委員会活動室は、今日も相変わらず平和だった。廃棄されていたのを勝手に持ち込んでベッド代わりにしているソファーには、活動室の長である監査委員長の田辺先輩が寝転んでいた。

「ちょっと田辺先輩、寝てないでたまには仕事をしてください!」

 春の穏やかな風を頬に受けながら気持ちよさそうに眠る田辺先輩を、呆れ半分の声を漏らしながら揺さぶって起こしにかかる。柔らかそうな前髪が風に吹かれ、ドキッとするような彫りの深い顔立ちが現れた。

「あのな花菜、もう少し先輩には優しくしろっていつも言ってるだろ」

 起こされた不満を切れ長の目に滲ませて、田辺先輩が睨んでくる。その瞳に、怖いというよりもいつもの息苦しさがこみあげてきた。

「先輩を優しくしたら、監査委員会は本当に潰れてしまいます。だから、優しくされるのはいい加減諦めてください」

 鼓動の乱れに気づかれないように、あえて冷たく田辺先輩の寝言をつき返す。こんなやりとりがもう一年以上続いているけど、私はこのやりとりが好きだった。

 そんな私が通う私立星陵高校には、生徒の自主性を最大限に尊重するという風変わりな校風がある。

 一見したらよくある綺麗事の言葉だけど、実際に様々な規則があり、中でも最大の特徴は、生徒間で起きたことは、どんな内容であっても生徒自身で解決するというものだ。

 どんな内容という言葉通り、先生は極めて例外的な事以外に関しては、問題解決に関して一切関与してこない。その結果、生徒が決めたことであれば黒が白になっても問題なしというのが、校風の基礎にもなっている。

 その校風を実現する為、星陵高校には、生徒会を筆頭として規律を取り締まる風紀委員会と規則を取り締まる監査委員会がある。

 風紀委員会も監査委員会も生徒会の両翼を成す重要な組織であり、生徒からは一目置かれる存在になっていた。

 ――なのに

 ちらりと田辺先輩に視線を送り、私は隠すことなく壮大なため息をつく。実際、監査委員会が生徒に恐れられていたのは過去の話で、田辺先輩が委員長になってからはもはや機能しているか怪しかった。

 しかも、田辺先輩は二年生の時から委員長に抜擢されているけど、それも委員長になる人がたまたまいなかったからだ。

 おかげで、『繰り上げ委員長』と揶揄されたり、あまりにも仕事をしないことから、幽霊委員会と陰口を叩かれることもあった。

「ほら、仕事しますよ」

 再び寝転がり始めた田辺先輩の耳を引っ張って起き上がらせる。不名誉は仕方がないけど、でも、本当はそうじゃないことを私は知っている。

 たまに見せる鋭い目つきと推理。その際に見せる真剣な横顔に、私は一瞬で好きになってしまっていた。

 だから、みんなが田辺先輩に呆れて辞めていく中、私だけは一大決心をして監査委員会に残っている。

 そう、私の一大決心。

 それは、絶対に田辺先輩の活躍をみんなに認めてもらうことと、いつか私の想いを田辺先輩に伝えることだった。