「桜子ちゃんの事情はあまり知らなかったけど、訳ありなんだろうねと私らも話してたところだったのよ。お給金を弾んでやれたらよかったのだけど、うちもお金は余裕がなくてねえ……」

 中田のお母さんの声は、優しかった。
 
「この前、古い友人の連帯保証人になったら、その友人が逃げちゃったのよ。でも、この春告さんが『あしがながーいおじさん』って言われると……だ、大丈夫なのかい」
 
 大丈夫じゃないです、と言ったら無理してでも助けようとしてくれそうだ。
 そんな良い人だから、桜子は中田夫婦に「自分がつらい」とか「困っている」などと相談しようとは思わなかった。
 いつも「ごはん食べてるのかい、顔色が悪いよ」とか「なにか困っているのか」と聞かれるたび、「大丈夫です」と言ってきたのだ。
 
「案ずることはない。俺と結婚すると、桜子さんは幸せになる」
「えっ」
「なぜなら、俺が幸せにするから」

 自信満々だ。中田夫婦が口をはさんでくる。
 
「桜子ちゃん、大丈夫かい。なんか騙されたりしていないかい」
「簡単に男を信じちゃだめだぞ」
「だ……大丈夫です」
 
 桜子はおずおずと頭を下げた。信用がない京也本人は「はっはっは。それほどでも」と笑って、料理の皿を桜子の前にずらした。
 
「召し上がってはどうだろうか」
「……もしかして、私のために注文してくださったのですか? ありがとうございます……」
「正確には、俺がきみに『あーん』をして幸せになるためだ」

 真面目に言って、京也はワッフルを一切れ、差し出してくる。
 
「恋人同士がこうやってイチャイチャするシーンを書くたび、自分でもやってみたいと思っていたのだよ。さあ、その愛らしいお口で俺を幸せにしておくれ」
 
 そう言ってうっとりと頬を染める京也を、中田のお父さんは不機嫌に睨んでいる。

「やらんでいいぞ、桜子ちゃん」
  
 そんな店内に、からんからんという入店の鐘音が鳴る。
 
「いらっしゃいませ……」
 
 入ってきた三つ揃いのスーツ姿の男を見て、中田夫妻は表情を曇らせた。男は客ではないようで、店内を見渡して皮靴でがつんと近くにあった椅子を蹴り転がした。

「中田さん、あんたたちの借金はもう返済期限ぎりぎりだ! 今日中に金を払わないと、大変なことになるぞ!」
 怒鳴り声は恐ろしく、桜子はびくりとして京也に身を寄せた。
 
「……‼ なんと、桜子さんの側から俺にくっついてくるとは⁉︎」
 
 京也はスプーンを置いて、桜子の肩を抱き寄せた。嬉しそうに緩む口元をマフラーに顔の下半分を埋めるようにして隠そうとしているが、誰が見ても喜びを隠せていない。
 
「やはり暴漢は引き立て役にとてもいい! きみ、今どきどきしているね? 吊り橋というのを知っているかい」
「そ、そんな場合ではないのでは……これは、お芝居ではないのですよね?」
 
 桜子が言えば、京也は「大丈夫」と言って犬彦とうしまるに視線を向けた。