「なにをおっしゃっているんですか! いくらマリア様がパーフェクトな令嬢であられても、巨大隕石の落下を止めるのは無理ですよぉ!」

 アイリーンが涙声で叫び、

僭越(せんえつ)ながらわたくしめもそのように考えます。どうか今すぐお逃げくださいませ」
 セバスチャンはさらに深々と頭を下げてくる。

 だけど私は譲らなかった。

「安心して2人とも。たかが石ころ一つ、聖天使パワーで粉砕してあげるから」

「馬鹿なことはやめてください! 隕石の落下は始まっているんですよ!?」

「聖天使マリアは伊達じゃないわ! 顕現せよ、エンジェル・ウイング!」

 私が発したその言霊に呼応するように、淡い光が私の背中に集まりはじめ、そしてその直後。
 真っ白な天使の翼が顕現した!

 美しくも力強いエンジェル・ウイングを羽ばたかせながら、私は力強く地面を蹴る!
 そして勢いそのままに、聖天使エンジェル・マリアとなった私は巨大な隕石に向かって猛烈なスピードで飛翔した!

 私は鳥のように、風を切ってぐんぐんと高度を上げていく。

 軽く地面に視線を向けると、アイリーンとセバスチャンがアリのように小さくなっていた。
 2人とも目をまんまるに見開いた驚いた顔をしている。

「そう言えば2人とも聖天使エンジェル・マリアになった私を見るのは初めてだったわね」

 そして再び視線を上に向けると、

「ふんっ。セレシア侯爵家のお屋敷めがけて落ちてくるなんて、石ころの分際のくせにいい度胸をしてるじゃない」

 もうすぐ目の前に、迫りくる巨大隕石があった。
 はっきりと目視できるごつごつとした岩肌は、まるで手入れのされていない貧民の年寄りの肌のようだ。

「でも残念だったわね、私は聖天使エンジェル・マリアなの。この私に楯突(たてつ)いた蛮勇という名の向こう見ずな度胸ごと、今からあんたを粉々に粉砕してあげるわ――!」

 私はエンジェル・ウイングで飛翔を続けながら、かつてセレシア家専属の老子ライブラから授けられた「天地開闢(かいびゃく)の呼吸」を開始する。

「全力集中! スー、ハー……スー、ハー……」

 「天地開闢(かいびゃく)の呼吸」によって私は世界と一体となり、世界化した私の身体の中には世界創生と同等のスーパーパワーが高まっていく――!

「灰は灰に、塵は塵に……世界は終わり、そして始まる!」

 破壊の祝詞(のりと)を唱えながら、私は右拳を強く握り込んだ。
 その右手は既に溢れんばかりの黄金色が煌々と輝いている――!

「天地開闢(かいびゃく)の呼吸・滅ノ型――!! 《天地開闢セシ(アマノ)創世ノ黄金拳(ヌホコ)》!!!!!!!」

 天地開闢と同等の究極パワーで私が殴りつけると、巨大隕石は塵も残さずに消えてなくなった。

「ここに私がいたことがあんたの敗因よ。アディオス(さようなら)!」

 こうして巨大隕石の王都落下は、聖天使エンジェル・マリアの活躍によってギリギリのところで防がれたのだった。

 めでたしめでたし。


………………
…………
……



「――なんかすっごく変な夢を見たわ。変っていうか不思議っていうか」

 朝目覚めて早々。
 私はぬるい紅茶を音もなくスッと差し出したアイリーンの顔を見上げながら呟いた。

「どのような夢をご覧になったのですか?」

 寝起きの私を不快にさせないように少し声のトーンを下げつつも、いつものようににっこりと微笑むアイリーン。

「なんかね、巨大な…………あれ、なんだっけ? 今の今まで覚えてたのに忘れちゃったわ」

 ほんとついさっきまで覚えていた夢が、今はもう頭の中で完全に霧散してしまっていた。

「そういうこと、よくありますよね」

「ま、別に大したことじゃないでしょ。うーん、今日もいい天気ね。いい一日になりそう」

 窓の外は明るい太陽の日差しがさんさんと差し込んでいる。
 何も憂いはなかった。

 こうしてスーパーセレブな私の一日は、今日も変わらずに幕を開ける――