夏のバカンスを利用して、私はセレシア侯爵家が外国に所有しているプライベートビーチへと遊びに来ていた。
 美しい白浜が見渡す限り左右どこまでも続いている。

 ちなみに私の住む王国は内陸国で海はない。
 なので私も海を見るのはこれが5回目くらいだったりする。 

 代替わりしたセレシア家お抱えデザイナーに作らせたゴージャスなビキニを着て、水着の上に薄手のカーディガンを羽織った私は、

 ザザーン、ザザーン。

「ふぅ……波が岸に打ち寄せる音が心地いいわね……」

 大きなパラソルで作った日陰の下でビーチベッドに横たわりながら、陽光を受けてはキラキラと輝く海をぼんやりと眺めていた。

「都会の喧騒から解き放たれたっていうか、時間がゆっくり流れていく気がするわね……」

 こうして寄せては返す波の音に身を委ねていると、ライバル公爵令嬢グループとの冷戦とか、ライバル令嬢とのマウント合戦とか、着物の独占権を失った悲しみとか、最近お父さまの名代であちこち行かないといけなくて大変なこととか、そういう日々のアレコレを忘れていられるわ……。

 私が大自然の揺りかごに包まれながら、束の間の休息を優雅に満喫していると、

「マリア様はせっかく海に来たというのに泳がれないんですか?」

 側に待機していたアイリーンがそんなことを尋ねてきた。

「こんなカンカン照りの日差しの下に出たら、私の真っ白なお肌が焼けちゃうでしょ。私日に焼けると赤くなるから絶対に焼けたくないのよね。あと海は塩水でしょ? しょっぱいしベタベタするじゃない」

「はぁ、さようでございますか。マリア様はせっかく泳ぎはお得意ですのに。先日も泳げないご学友の方が泳げるようになるよう、熱心に教えてさしあげたと伺いましたよ?」

「学園は屋内プールだから日焼けの心配はいらないからね」

 え?
 それよりも、私が泳ぎを教えてあげるなんてありえないって?

 馬鹿ね。
 自分で言うものなんだけど、私は学園では「マリア様」と呼ばれて貴族や大商人の令嬢たちからチヤホヤされて慕われているから、こうやって時々面倒を見てあげたりもするのよ。

「でしたら日焼け対策でもう一度、日焼け止めクリームをお塗りしましょうか?」
「あんたは手つきが妙に嫌らしいから却下ね」

「ええっ、そんなことありませんよ!」

「そんなことありまくりよ。あんたの手つきときたら、まるでロマンス小説に出てくるヒーローに成敗される変態セクハラオヤジのようだもの。塗るにしても別のメイドにやらせるわ」

「そんなぁ……マリア様のお肌に触れるにあたって、わずかな傷もつけることがないように細心の注意を払っているだけですのに。決してやましい気持ちなんてありはしませんよぉ……」

 そうは言うものの。
 朝アイリーンに日焼け止めクリームを塗ってもらった時の、気持ちいいようなこそばゆいような、ビクビクッとしてなんともモゾモゾでゾワゾワする感触を思い出すと、この専属メイドに任せるのはなにかマズいような気がする私だった。

「だいたいあんたこそ、こんなところで何をしてるのよ?」

「私はマリア様の専属メイドですから、当然お側におりますよ」

「今日は特別に自由にしていいって言ってあったでしょ。代わりのメイドもいるんだから今日くらい羽を伸ばして遊んできなさい」

「お心づかいありがとうございます。ですが私はマリア様の側にいられることが一番の幸せですから」

「あらそう。殊勝な心掛けね」

 まぁ使用人が忠義に厚いのはいいことだわ。

「ところで、本当に日焼け止めクリームは塗らなくてもよろしいでしょうか? 怖がらなくても大丈夫ですよ、それはもう優しくお塗りしますので」

 手をワキワキさせながら、なんとも気色の悪い下心満載の笑顔を見せるアイリーンに、私はきっぱりと言った。

「今すぐ海に飛び込んできなさいこの変態メイド。そして私がいいと言うまで帰ってこないで。言っておくけどこれは命令よ」

「……かしこまりました」

 アイリーンが海で一人寂しくぴちゃぴちゃと水遊びする様をしばらく眺めた後、

「ふぁ~~あ……なんだか眠くなってきちゃった」

 私はその様子に特に興味もなくなったので、ちょっとお昼寝をすることにした。

 そして私が目を覚ます2時間後まで、アイリーンは目的もなくずっと一人で水遊びを続けていたそうな。