そして迎えた翌朝。
ザワザワ――ザワザワ――。
私は屋敷の外がなんともうるさいことで目を覚ました。
見上げると、自分の部屋のものではない見慣れない天井がある。
「ふわぁ……そう言えば籠城するための部屋で寝たんだっけ……」
昨夜の間にこの部屋に通じる階段や通路を全部引っぺがして、陸の孤島状態にしたのだ。
でもいつものふかふかのベッドとお気に入りの枕じゃなかったから、肩とか腰が痛いなぁ。
「おはようございますマリア様」
ベッドの上で上体だけ起こしてで「うーん……!」と伸びをする私に、既に身支度を整えてすぐ側に控えていたアイリーンが、丁寧なお辞儀とともに挨拶をしてきた。
ザワザワ――ザワザワ――。
「ああうん、おはよう……。それよりなんだかえらく外が騒がしいみたいなんだけどどうしたの? まだ日の出までは時間があるわよね? まさかもう攻め込んで来たの?」
「それが詳しいことははっきりしないのですが、外の様子がどうにもおかしいのです」
アイリーンは起き抜けの紅茶を音もなく差し出すと、そう答えた。
さすがアイリーン、準備がいいわね。
常に最良で最高のタイミングを見計らっているあなたのそういう病的に注意深いところ、私は好きよ?
「おかしいって?」
ふぅ、起きてすぐの紅茶は目が覚めるわね──、
「どうも周囲を取り囲む人間の数が10倍か、下手をしたら20倍以上に膨らんでいるようなのです」
「ぶふぅぅ――っ!」
私は思わず紅茶を噴き出した。
ほとんど口の中に残ってなかったから良かったぁ……。
でもいや、えっ!?
取り囲む人数が10倍か20倍って、ええぇっ!?
3000人の20倍とすると、つまり6万人いるってこと?
3000人相手でもかなり厳しいって言ってたのに、さすがにその数は無理でしょう!?
セレシア侯爵領からお父さまが救援に駆けつけてくれたとしても、焼け石に水じゃないの……。
うん、終わったね私。
どう考えてもこれは無理だわ。
いくら私が神に愛された生まれながらの勝ち組の超スーパーウルトラセレブでも、6万の大軍に攻められたらさすがに死ぬわ、うん。
はぁ、敵のど真ん中に隕石でも降ってこないかなぁ……。
しかしそこで、窓の隙間から外の様子を真剣な表情で窺っていたセバスチャンが、「おやっ?」という顔をしながら振り向いた。
「どうにも不可解ですな。昨日より取り囲んでいた兵士たちは、新たに来た数万の人間を警戒しているのか大多数はこちらには背を向けております」
「えっと? つまりどういうことよ?」
「まだ断定はできませんが、もしや彼らはマリア様のお味方なのではないでしょうか?」
「私の? もしかしてお父さまが助けに来てくれたのかしら!」
私は最高の可能性を期待したんだけど、
「残念ながらセレシア侯爵領からこの王都まで兵を差し向けるには、どうやっても1日では不可能にございますので、違いますでしょうな」
セバスチャンはやや申し訳なさそうにそれを否定した。
「ああそう……じゃあどこの誰なのよ?」
「可能性としては王都近隣に領地を持つ周辺諸侯でしょうか? しかしそれにしては少々数が多すぎます。そろそろ明るくなってきましたので、所属を示す旗印などがないか今一度確かめてみましょう」
セバスチャンの言うとおり、話している間に次第に辺りが少しずつ明るくなってき始めていた。
「本当に味方だったらいいんだけどなぁ……」
再びセバスチャンが外を覗き見て――そして驚きを隠しきれない口調で言った。
「ま、マリア様! すぐに外をご覧くださいませ! 大変なことになっておりますぞ!」
「今度はなによ? っていうか今より大変な状況ってありえるの……?」
私はため息をつきながらセバスチャンの隣に行って外を覗き見た。
すると――
私の視線の先にあったのは――周囲を取り囲む膨大な数の民衆だった。
農具や木の棒などを持ったものすごい数の平民たちが、屋敷を囲む王国軍をさらに外側からぐるっと取り囲んでいるのだ。
慌てて窓を開けてみると、彼らの声が風に乗って聞こえてきた。
「聖女マリア様を今すぐ解放しろ!」
「王国軍を取り囲むんだ!」
「王国軍が動きを見せたら突っこむぞ!」
「俺たちが聖女マリア様を守るんだ!」
「マリア様万歳!」
「マリア!」「マリア!」「マリア!」「マリア!」
今なお続々と集まってくる民衆たちは、今にも突撃を敢行しそうな様子で気勢を上げながら、王国軍を取り巻いていた。
あれは外国人居留地から来たのかな?
外国人の一団もいる。
そしてその中に私は見知った顔があるのを見つけた。
「あれってリプニツカヤと、たしかこの前私が0点をつけてやったのになんでか高名なマエストロの弟子になりやがった……エルザちゃん、だっけ? あれリーザだった? いやリエナだったかな? まぁいいや、名前はもう忘れちゃったあの子よね?」
とにかくリプニツカヤ&あの歌手志望の女の子が、木箱の上に登って歌と即興の劇をして民衆の士気を高めているのが見えたのだ。
時々私の名前が出てくるから私の歌と劇なのかな?
さすが私。
私を讃える歌劇まで作られているなんて、なんてスーパーセレブなんだろう。
困るわぁ、本当に困るわぁ。
むふふっ。
「でもこれってどういう状況? いったい何が起こってるの?」
私はいったん室内に視線を戻すとセバスチャンに問いかけた。
「おそらくマリア様が窮地に陥ってると知り、帝都や帝都周辺の民衆が自発的に立ち上がったのでしょうな。マリア様を守ろうと、彼らはこうやって駆け付けてくれたのです」
「それ本当!?」
「本当さ。ま、最初に噂をばらまいて焚きつけたのは俺たちだがね」
「――っ! なに奴!」
突如として部屋の入り口から聞こえてきた声に、セバスチャンが即座に反応する。
私を自分の背中に隠すようにして前に出ながら、流れるような動作でスラリと腰の剣を抜いた。
さすがセバスチャン、惚れ惚れするような動きで頼もしいわ。
「おいおい、セバスチャン。俺だよ俺、アルツハウザーだ」
そこにいたのは特務騎士団『ヘル・ハウンド』のアルツハウザー卿だった。
マナシーロ=カナタニア先生の『星海の記憶』最終巻が読めなかった時に力を貸してくれた、セバスチャンの盟友の騎士ね。
「アルツハウザー卿? なぜここに貴兄がいるのですかな? それに階段も通路も全て外して、ここには簡単には入ってこれないようにしていたはずでしたが」
「裏仕事を扱う特務騎士ともなれば、色々なところに忍び込んだりすることも多くてね。これくらいは手慣れたものなのさ。それよりも早く剣を仕舞ってくれないか? 元近衛騎士団長に殺気と剣を向けられていては、俺も気が気でないんでね」
「マリア様に敵対するつもりはない、と?」
「ははっ。そんなつもりだったなら、イチイチ声をかけてから入ってきたりはしないだろう?」
アルツハウザー卿は小さく笑いながら肩をすくめてみせた。
あらやだ、よく見たらこの人結構格好良くない?
眼光鋭い渋キメっていうか。
もう少し若かったら結構好みだったかも。
前に会った時は『星海の記憶』の最終巻が読めないことにブチギレてたから、彼がイケメンかどうかとかまで気が回らなかったのよね。
心の中で格付けチェックをする私をよそに、盟友二人の会話は続いていく。
「確かにそれは一理ありますな」
「それに剣技無双で知られた元・近衛騎士団長に真正面から戦いを挑むほど、俺は自分の腕を過信をしちゃあいないさ」
「……その言葉、信じさせてもらいますぞ?」
セバスチャンが剣を鞘に納めると、
「ではお邪魔するよ」
アルツハウザー卿が部屋の中へと入ってきた。
セバスチャンは一応まだ完全には警戒の気持ちを緩めてはいないのか。
何が起こってもいいようにと、私とアルツハウザー卿の間に位置取っていた。
でも彼からは悪意みたいなのは感じないかな。
勘だけどね。
「しかしながら、それはそれで腑に落ちませんな。王家直属の特務騎士であるアルツハウザー卿が、何よりも重要視するはずの王命に背くというのはいかなることでしょうかな?」
セバスチャンが問いかけた。
「つまり『ヘル・ハウンド』も一枚岩じゃないのさ。俺たち一派は国王陛下ではなく、第二王女殿下から密命を受けて動いている」
「第二王女殿下から?」
第二王女!?
ってあれじゃん!
私が独占していた着物と技術を奪ったやつじゃん!
くっそー、あのことは私まだ許してないんだからね。
「第二王女殿下はマリア様をお救いするようにと我らに密かに命じられたのだ」
くうっ!?
なんでか知らないけど、こうやって助けてくれるっていうんなら、まぁ仕方ないから百歩譲ってあんたのことは許してやるわ。
寛大なスーパーセレブの私に感謝することね!
「それでこの騒ぎというわけですか」
「民衆に声をかけて回ったらすぐだったよ。さすがは高名な聖女マリア=セレシア様だと感心したもんだ」
「屋敷を取り巻く輪が膨大に膨れ上がったのを確認した時は、ついに天命も尽きたかと思いましたが、おかげで助かりましたぞ」
「おっと。驚くのはまだ早い。まだまだ、これだけじゃないぞ?」
「と言いますと?」
「シュヴァインシュタイガー帝国が、我が国との国境沿いに青狼騎士団を展開しつつある」
「青狼騎士団を!?」
思わず、といった様子でセバスチャンが大きな声を上げた。
でもそこでさすがに私は話についていけなくなって、セバスチャンに質問をすることにした。
「ねぇねぇセバスチャン、青狼騎士団ってのはなんなの?」
「紛争や内乱が発生した時に即座に初期対応を行うための、シュヴァインシュタイガー帝国が誇る最精鋭の騎兵部隊にございます」
「な、なんでそんなすごい部隊が動いてるの!?」
「強大な軍事力を使って、マリア様に危害を加えることは許さないと国王陛下に対して強烈な圧力をかけてくれているのでしょうな」
「えーと? なんでシュヴァインシュタイガー帝国が私にそんなことをしてくれるのかしら?」
意図がわからなくて私は首を傾げた。
「少し前にマリア様が、ご友人であるコーデリア様とシュヴァインシュタイガー帝国皇太子殿下の恋の仲を取り持ったことがあったかと思います」
「え? ああ、そう言えばそんなこともあったかしらね」
コーデアリアを冴えない貧乏貴族の息子と結婚させてやろうと思ったら。
なんとその男はシュヴァインシュタイガー帝国皇帝の隠し子――皇太子だったのだ。
そしてコーデリアを追い落とすはずが、あろうことかコーデリアは大陸最大の超大国の皇太子妃になってしまったのだ。
あまりにもムカつく出来事だったから、記憶から完全に抹消してしまっていたわ。
っていうか!
今思い出してもムカつくわ……!!
「他にも七選帝侯のトラヴィス公爵のご子息をお助けした一件もあったかと。かように大恩あるマリア様を助けるために、国境沿いに最精鋭部隊を展開するという最大の外交圧力をかけてくれたのでしょうな」
「はぁ、なるほどね~」
コーデリアはたしかにムカつく女だわ。
でもでも、こうやって私を助けてくれたのよね。
オッケー、分かったわ。
今回に限っては100万歩譲ってあのことは水に流してあげるから!
私はスーパーセレブだから心が広いんだもの。
「そういうわけだから、後は時が来るのを待つだけさ。時間的にはそろそろだと思うんだがな」
「今度は何が起こるというのだ?」
「俺が説明するのは野暮ってなもんだ。なぁにすぐに分かるさ。後は起こってからのお楽しみということで」
アルツハウザー卿が悪だくみをする子供のようにニヤリと笑った。
それからしばらくすると屋敷を囲んでいた王国軍に動きがあった。
「見て見てセバスチャン! 屋敷を取り囲んでいた王国軍が、武器を捨てて投降し始めたわ!」
「そのようですな……!」
同時に大きな声が聞こえてきた。
「ここにいる全王国軍兵士に告ぐ! 既に国王陛下は退位され、王太子殿下が新たな国王とおなり遊ばされた! 同時にマリア=セレシアを国家反逆罪の疑いで捕らえよとの王命も取り消されている! 繰り返す! 既に国王陛下は退位され――」
声の主は、光り輝く白銀に赤の意匠が施された美しい鎧を着た、白馬に乗った騎士――近衛騎士だった。
「ねえセバスチャン、国王陛下が退位されたの?」
「なるほど。そういう落としどころですか」
「えっと、どうゆうこと?」
イマイチ要領を得ずに首を傾げた私に、セバスチャンが説明をしてくれる。
「王都で民衆が蜂起しただけなら――確かに大きな問題ではありますが――しかし単なる国内問題として済ませられます」
「ふむふむ」
「ですがマリア様をめぐってシュヴァインシュタイガー帝国からも強力な圧力をかけられてしまったとなると、これはもう外交問題へと発展してしまったのです。下手をすれば国家の存亡すら危うくなることでしょう」
「まぁそうよね。なにせシュバインシュタイガー帝国は大陸最大の超大国だもの。その気になればこの国を亡ぼすくらいは余裕よね」
大陸中の国家全てを同時に相手にしても、単独で勝てると言われるほどに圧倒的な超大国。
それが覇権国家シュヴァインシュタイガー帝国なのだから。
「かといって、これだけの一大事を今さら『なかったこと』になどできません。最早どうしようもなくなった国王陛下は、自らの退位と引き換えに、今回の一件を不問に付してもらおうと考えたのでしょうな」
「なるほどね、よくわかったわ。そしてそれはつまり、私は無事に生き延びたってことよね!?」
「そういうことにございますな。おめでとうございますマリア様」
「や、や、や…………やったわ!! これで今日届く新作の着物ドレスを着れるじゃない!」
確認するように問いかけた私の言葉に、セバスチャンが大きく頷いたのを見て、私は喜びを爆発させた。
「ははっ、左様にございますな。美しく着飾ったマリア様の晴れ姿を、私もぜひ拝見させていただきたいものです」
「もちろんよセバスチャン。ここまでよくみんなをまとめてくれたわね。あなたは本当に有能な執事よ。当然お父さまからも褒美があるでしょうけど、まずは私からの褒美として一番最初にドレス姿を見せてあげるわ」
「はっ、ありがたき幸せにございます!」
セバスチャンが美しい礼をすると、
「やりましたねマリア様!」
アイリーンが見計らったようにすすっと前に出てきて、そんなことを言いやがった。
「ああアイリーン、そう言えばあんたもいたんだっけ。紅茶をいれた以外に何もしていないから、いたことすら忘れていたわ。特にあんたに言うことはないから下がっていいわよ」
「ううっ、酷いです……」
「文句があるなら、なにかしら私に貢献してから言いなさいこの使えないグズ!」
「はい、すみませんでした……でもそういう無能にはとことん容赦ないマリア様も素敵です♪」
私に罵倒されたっていうのに、なぜか頬を染めるアイリーン。
ひいぃっ!?
こいつやっぱりいろいろとおかしいわ!?
いやほんとマジな話!
私はそのことを図らずも再確認させられてしまった。
とまぁこうして。
私は絶体絶命の大ピンチから脱することができたのだった。
「ふぅ、やれやれ。今回ばかりはさすがに万事休すかと思ったけど、こんな奇跡が起こるだなんて、やっぱり私は神様に愛された選ばれしスーパーセレブよね!」
後にこの一件は、聖女マリア=セレシアを守った民衆の壁――「ウォール・マリア」と呼ばれるようになるのだとかなんとか。
以上が、後の世に『慈愛の聖女マリア』と呼ばれ、大陸中でその名を語られることになるマリア=セレシアの、その若き頃の伝説的エピソードを一部抜粋したものである。
困窮する村人たちを救うために一夜にして金山を発見してみせた『マリアの一夜金山』。
数万もの民衆が心美しきマリアのために我先にと馳せ参じた『ウォール・マリア』。
この特に名高い2つのエピソードをはじめ、時に優しく人を助け、時に厳しく社会の矛盾を糾弾する。
数々の奇跡を起こし、社会を、人の心までも変革してみせたその尊い行いの数々。
しかしてただの一度も見返りを求めなかったその清廉潔白なる姿を評するに、『聖女』という他に適切な言葉は見当たらないだろう。
しかしながら、彼女の為したことはあまりに膨大に過ぎる。
よってここでは到底語りきることができなかったその他あまたの偉業、奇跡、そして献身は。
これはまた別の機会に語ることにしよう。
なにせこの他にもマリアのエピソードときたら星の数ほどありすぎて、本一冊ではとうてい収まりきらないのだから――。
最後に、ここまで読み終えた諸兄に感謝の気持ちを捧げるとともに。
諸兄に『慈愛の聖女』マリア=セレシアの聖なる祝福があらんことを切に願い、筆をおきたいと思う。
<記、マリア=セレシア教会、第119代教皇、レグナルト=アイリーン8世>
「あなたとの婚約は破棄させていただきます!」他人の不幸が大好きな性格最悪ガチクズ【悪役令嬢】マリア。でも神に愛され過ぎたせいで、どれだけクズムーブしても何故かみんなを幸せにしてしまう件。(ざまぁ)
この作品についてマリア様の専属メイドを務めます私、アイリーンが説明をしますね。
・王国
物語の舞台はマリア様の住まう中堅の王国です。
隣りには大陸最大の覇権国家シュヴァインシュタイガー帝国があります。
いわゆるナーロッパですね。
ちなみにシュバインシュタイガー帝国は、
・「無敵転生 ――全チート、フル装備。」(タイトル長すぎるので割愛)
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887258665
の舞台にもなっています。
設定の流用ですね。
流用というか、元々マリア様は「無敵転生」の「第四部 古の盟約」に名前だけちょろっと出てくるキャラだったんですよ(アイリーン豆知識)。
第四部のボスである精霊さんとのクイズ勝負で、「大昔の偉大な聖人」として紹介されていますね。
さすがですマリア様(さすマリ)。
・セレシア侯爵家
セレシア侯爵家は、初代国王より領地と爵位を下賜された名門貴族です。
しかも当代のセレシア侯爵(マリア様のお父さま)は類まれなる商売上手で、いまや王家にも匹敵する莫大な資産を持っています。
現在最も勢いのある貴族とされており、娘であるマリア様にもたくさんのお見合いのお話が来ているんですよ。
でもマリア様はほとんど全部断っているみたいです。
なんでも、
・爽やかなイケメンで
・スラリと高身長で
・匂い立つような男らしさに溢れていて
・聞くだけで心が蕩けるイケボで
・優雅で気品があって
・髭が濃くなくて
・剣の腕は超一流で
・細マッチョで
・マリア様のことを常に立ててくれる
・王家か公爵の若い男性
がマリア様の好みだそうです。
さすがマリア様、かなり理想が高いですね。
・マリア=セレシア
マリア様の外見は、金髪がよく似合う美しい淑女です。
マリア様自身は自分の容姿にややコンプレックスを持っておられるようですが、実際のところはかなりお綺麗だと思います。
ですが性格について、私情を排して客観的に申し上げますと。
極めて自己中心的な、清々しいまでの人間のクズですね。
相手によって容赦なく態度を使い分けて、特に貧民や身分の低い相手・気に入らない使用人に対してはとても当たりがきついです。
多分同じ人間だとは思っていません。
でもなんだかんだで最後はどんな相手も幸せにしてしまうんですから、本当にマリア様は不思議なお方だと思います。
「私は神さまに愛されている」がマリア様の口癖ですけど、本当にそうなのかもしれません。
そんなマリア様に私が命を懸けてもいいと思っているのは、私が昔、マリア様に命を助けてもらったから。
残念ながらマリア様はまったく私のことを覚えていませんでしたけど。
それはもう完全に初対面だと思っておられますけど。
それでも私にとっては人生を変えてくれた、とても大切な出会いだったんです。
そんな私とマリア様の昔話も、また機会があればお披露目したいですね。
あとは思い込みが激しいというか、怒っている時や考え込んでいる時なんかは、ほとんど人の話を聞いていませんね。
集中力が高いことの裏返しではあるものの、そのせいで大事なことを結構聞き逃してしまっているみたいです。
言うなれば難聴系ヒロインですね。
それとこれが一番大事なのですが。
自分の考えと違ったことを言われたり強制されたりするとすぐにキレます。
もう一瞬でキレます。
沸点は0℃、平常運転からいきなりキレます。
キレた時は相手が偉い人でも平気で罵詈雑言を並べ立てるので、こっちは内心冷や冷やだったりします。
つまりマリア様は、どこに出しても恥ずかしくないとても素敵なレディなんですよ♪
物語の舞台は約6年前、マリアが11歳の頃のお話です。
~~~~
この日、私はお父さまに連れられて、とある貴族主催のしょぼいパーリーに参加していた。
「あー、やっと抜け出せたわ……下級貴族しかいないし、マジくっそだるいんですけど……」
お父さまがお仕事のお話合いのためにパーリーを抜けたのを確認した私は、速攻で会場を脱出した。
今は辟易した気分を少しでも良くしようと、たいして大きくもない庭を歩いて回っている。
「こんなチンケな庭でも、まだ自然というだけで見る価値がなくもないわね。――って誰かいるわね?」
私が一人で散策していると、人口の小川の側に同い年くらいの女の子がいるのが目に留まった。
「うっ……ぐすっ……もう死んじゃおうかな……」
なんか泣いているようだ。
よーし、暇つぶしに声でもかけてあげよう。
「あんた、こんなところでなに泣いてるのよ?」
私がその女の子に声をかけると、女の子はハッとしたように振り返った。
綺麗なドレスを着ていて可愛らしい顔立ちをしている。
貴族の娘みたいね。
――ああそういえば。
主賓の平凡貴族の娘の一人だったっけ?
すみっこの方に立っていた気がする。
「……」
しかし私が話しかけたっていうのに、女の子は泣きべそをかいたまま黙ったままでいる。
「ちょっとあんた。私が――このマリア=セレシアが尋ねたんだから何とか言いなさいよねこのグズ。口もきけないの?」
無視された私はイラっとして少しきつめに問い詰める。
「あぅ……マリア=セレシア?」
「そうよ。セレシア侯爵家のマリア=セレシアよ。名前くらいは知ってるでしょ。で、あんたは?」
「アイリーン=シュミットです……」
シュミット子爵。
やっぱり今日の主催貴族の子供だったか。
「それで? あんたはこんなところで何で泣いてたのよ? 聞いてあげるから理由を教えなさいな」
「えっと……ずっとお姉さんたちにいじめられてて……私のお母さんはお妾さんだから……今日も酷いことばっかり言われて……死ねって……だから悲しくなってここで泣いていたんです……私って死んだ方がいいのかな……」
「ふーん、あっそ。良くある話ね。そんなくだらない理由で、ここで一人で惨めにめそめそ泣いていたわけね」
「……ぐすっ」
妾腹の子供が、正妻の子供にいじめられる。
地べたを這いずり回るアリの数ほどよく聞く話だ。
「ま、あんたがそんなだからいじめられるのよ。そうやっていつまでも弱者のままでめそめそと一人で泣いてなさいな。それで死にたきゃ死になさい。あー、超つまんないの。話しかけて損しちゃった」
私は速攻でこいつへの興味を失った。
「そんな言い方酷いです……ぐすっ」
「酷いですって? じゃあなに? 私があんたに優しくしてやったら、あんたへの姉たちからのいじめがなくなるわけ?」
「それは……」
「はん! そうやって回りにばっかり原因を求めて、言い訳ばっかしてればいいじゃないこのグズ! あんたみたいなのにはそれがお似合いよ」
「う……酷い、ぐすっ、酷いです……」
私の「正論」でぶっ叩かれたアイリーンが、またうざく泣き始めた。
「はぁ? グズにグズって言って何が悪いのよ? いいわ、せっかくだから今からあんたに、この世の真理ってものを教えてあげるわ」
私は両手を腰に手を当てると、胸を張ってそう言った。
「この世の真理……ですか?」
アイリーンがよく分からないって顔を見せる。
「そうよ。いい? この世の中にはね、3種類の人間しかいないの」
「3種類……?」
「そうよ。まずは自分、これが一番大事。当然よね」
「はい……それは分かります」
アイリーンはこくんと頷いた。
「次に自分を心から愛してくれるほんの一握りの人たちよ。つまり家族とか親友ね。ただの友達はここには入らないわ」
「う、うん……」
「そして最後に、それ以外の大多数のどうでもいい人間どもよ」
「……? マリアは何を言っているの?」
「様くらいつけなさいな、この下級貴族の妾腹が!」
「ご、ごめんなさいマリア様」
「つまりね、人間っていうのは自分と、自分を愛してくれるごく少数の人間のためだけに生きればいいってことなのよ。それ以外の大多数の人間がどうなろうと、自分に関係ある?」
「それは、ないですけど……」
「ね、簡単な話でしょ。義理の姉たちからのいじめなんていちいち気にせずに無視するか、もしくはやり返せばいいのよ。だって自分を愛してくれない相手は当然、『それ以外の大多数の人間』なんだから」
「あ……」
「そんな奴らのために我慢なんてしないで、自分を優先すればいい。それだけの話よ」
ま、こんなこと言っても実行なんて簡単にできるわけないんだけどね。
そりゃ私みたいな生まれながらのスーパーセレブだったら、周りが忖度とかしてくれるからなんとでもなるんだけど。
でも妾腹のこいつが反抗とかしたら、いじめがより一層エスカレートしちゃったりして(爆笑)
まぁこいつがどうなっても、私には何にも関係のないことだからどうでもいいんだけど。
それこそ、こいつは私にとって「それ以外の大多数のどうなろうと知ったこっちゃない人間」なんだから。
「……そんな生き方をしてもいいんでしょうか?」
「それを私に聞いてどうするの? そうやって自分で考えずに他人任せにしようとするから、あんたはグズだって私は言ってるのよ。それともあんたは私の言うことなら何でも聞く専属メイドなの? そこんとこ、いい加減に分かりなさいな」
「……」
「じゃあね、私はもう行くから。あんたはいつまでもここで好きなだけ泣いていればいいわ」
私は「正論」という名の棍棒でこいつを叩きのめしたことでとても気分が良くなったので、パーリー会場へと戻ることにした。
「あんまり長いこと不在にしてるとお父さまに叱られちゃうもんね~」
私はくるりと背を向けると鼻歌交じりで歩き出した。
「マリア様……マリア=セレシア様。なんて素敵なお方なのでしょうか。今この瞬間、私はあなたに恋をしてしまいました。だから私は今日からマリア様が教えてくれた、マリア様のような素敵な生き方を頑張ってみようと思います。自分の人生を自分で考えて行動しようと思います。自分の大切なもののために命をかけようと思います。だから待っていてください。きっと必ずもう一度、マリア様に会いにまいりますので――」
背中の向こうでアイリーンが何かを言っていたけれど。
もうこれっぽっちも興味がなかったので、私は完全に無視して歩いていった。
~~6年後~~
「はふぅ、アイリーンの入れる紅茶は本当に絶妙ね。もはや文句の付け所もないわ」
「お褒めいただきありがとうございます」
「他の仕事も早いしメンタルは異様に硬いし。これからも私に仕えることを許してあげるわよ。泣いて感謝しなさいな」
「ありがとうございます。それもこれもあの時マリア様に声をかけていただいたおかげですから」
「なんの話よ? あんたは時々意味不明なことを言うことだけが玉に瑕よね」
「えへへ、申し訳ございません」
マリアとアイリーン。
6年前のあの日、ほんの一瞬だけ交差した2人の人生は、今ここで再び主従として交わり。
今日も今日とて仲睦まじい主従関係を過ごしているのだった。
夏のバカンスを利用して、私はセレシア侯爵家が外国に所有しているプライベートビーチへと遊びに来ていた。
美しい白浜が見渡す限り左右どこまでも続いている。
ちなみに私の住む王国は内陸国で海はない。
なので私も海を見るのはこれが5回目くらいだったりする。
代替わりしたセレシア家お抱えデザイナーに作らせたゴージャスなビキニを着て、水着の上に薄手のカーディガンを羽織った私は、
ザザーン、ザザーン。
「ふぅ……波が岸に打ち寄せる音が心地いいわね……」
大きなパラソルで作った日陰の下でビーチベッドに横たわりながら、陽光を受けてはキラキラと輝く海をぼんやりと眺めていた。
「都会の喧騒から解き放たれたっていうか、時間がゆっくり流れていく気がするわね……」
こうして寄せては返す波の音に身を委ねていると、ライバル公爵令嬢グループとの冷戦とか、ライバル令嬢とのマウント合戦とか、着物の独占権を失った悲しみとか、最近お父さまの名代であちこち行かないといけなくて大変なこととか、そういう日々のアレコレを忘れていられるわ……。
私が大自然の揺りかごに包まれながら、束の間の休息を優雅に満喫していると、
「マリア様はせっかく海に来たというのに泳がれないんですか?」
側に待機していたアイリーンがそんなことを尋ねてきた。
「こんなカンカン照りの日差しの下に出たら、私の真っ白なお肌が焼けちゃうでしょ。私日に焼けると赤くなるから絶対に焼けたくないのよね。あと海は塩水でしょ? しょっぱいしベタベタするじゃない」
「はぁ、さようでございますか。マリア様はせっかく泳ぎはお得意ですのに。先日も泳げないご学友の方が泳げるようになるよう、熱心に教えてさしあげたと伺いましたよ?」
「学園は屋内プールだから日焼けの心配はいらないからね」
え?
それよりも、私が泳ぎを教えてあげるなんてありえないって?
馬鹿ね。
自分で言うものなんだけど、私は学園では「マリア様」と呼ばれて貴族や大商人の令嬢たちからチヤホヤされて慕われているから、こうやって時々面倒を見てあげたりもするのよ。
「でしたら日焼け対策でもう一度、日焼け止めクリームをお塗りしましょうか?」
「あんたは手つきが妙に嫌らしいから却下ね」
「ええっ、そんなことありませんよ!」
「そんなことありまくりよ。あんたの手つきときたら、まるでロマンス小説に出てくるヒーローに成敗される変態セクハラオヤジのようだもの。塗るにしても別のメイドにやらせるわ」
「そんなぁ……マリア様のお肌に触れるにあたって、わずかな傷もつけることがないように細心の注意を払っているだけですのに。決してやましい気持ちなんてありはしませんよぉ……」
そうは言うものの。
朝アイリーンに日焼け止めクリームを塗ってもらった時の、気持ちいいようなこそばゆいような、ビクビクッとしてなんともモゾモゾでゾワゾワする感触を思い出すと、この専属メイドに任せるのはなにかマズいような気がする私だった。
「だいたいあんたこそ、こんなところで何をしてるのよ?」
「私はマリア様の専属メイドですから、当然お側におりますよ」
「今日は特別に自由にしていいって言ってあったでしょ。代わりのメイドもいるんだから今日くらい羽を伸ばして遊んできなさい」
「お心づかいありがとうございます。ですが私はマリア様の側にいられることが一番の幸せですから」
「あらそう。殊勝な心掛けね」
まぁ使用人が忠義に厚いのはいいことだわ。
「ところで、本当に日焼け止めクリームは塗らなくてもよろしいでしょうか? 怖がらなくても大丈夫ですよ、それはもう優しくお塗りしますので」
手をワキワキさせながら、なんとも気色の悪い下心満載の笑顔を見せるアイリーンに、私はきっぱりと言った。
「今すぐ海に飛び込んできなさいこの変態メイド。そして私がいいと言うまで帰ってこないで。言っておくけどこれは命令よ」
「……かしこまりました」
アイリーンが海で一人寂しくぴちゃぴちゃと水遊びする様をしばらく眺めた後、
「ふぁ~~あ……なんだか眠くなってきちゃった」
私はその様子に特に興味もなくなったので、ちょっとお昼寝をすることにした。
そして私が目を覚ます2時間後まで、アイリーンは目的もなくずっと一人で水遊びを続けていたそうな。