「あの、セバスチャン様、私から1つ提案があるのですが」
 するとそこで、専属メイドのアイリーンがシュバッと手を上げた。

「なんですかなアイリーン」

「私とマリア様は年も背格好もかなり似ていますし、専属メイドなのでマリア様の立ち居振る舞いや特徴なども把握しております」

「ふむ。それで?」

「私がマリア様の格好をして身代わりになっている間に、マリア様は使用人の振りをしてなんとかセレシア侯爵領まで逃げ延びる、というのはどうでしょうか?」

「なるほど、替え玉作戦というわけですか」
 セバスチャンが少し考え込むように、握った右拳を口元に当てた。

「マリア様のお父さまであられるセレシア侯爵様の庇護下に入りさえれば、国王陛下であってもおいそれとは手は出せないでしょう」

「それはそうですが……ですがそれではアイリーン、あなたは間違いなく殺されることになりますぞ? それも騙された腹いせに(むご)い方法で殺されるでしょうな」

「それでマリア様が助かるのなら、私の命などお安いものです」
 アイリーンが殉教者のようなキリッとした顔で言った。

「アイリーン……あなたはもう覚悟を決めたのですな。まるでよく晴れた冬の日の朝空のように澄みきった瞳をしている」
 セバスチャンがアイリーンをじっと見つめながら、二度、三度と小さく頷く。

「いいえ、覚悟ならとうの昔に決まっておりました。実は私は昔、まだ子供だった頃にマリア様に命を助けて頂いたことがあるのです」

「ほぅ、そのようなことがあったのですか」

「かつて命を救っていただいたマリア様の身代わりとなって死ねるのなら、私は本望です。私の命はきっと今ここでマリア様のために使われるために、あの時生き延びたのでしょう」

 えっ!?
 子供の頃にアイリーンの命を助けた!?
 この私が?
 たかがメイドを?

 え、マジで何の話?
 まさかこいつ、どさくさに紛れて勝手に話を盛ってるんじゃないでしょうね?
 こいつならやりかねないもんね。

 けど、まぁそれはそれとして――、

「もはや皆まで言うまい。では替え玉作戦で行こう――」
 セバスチャンのその言葉に、

「その案は絶対に却下よ。別の作戦にしなさい」
 だけど私は言葉を被せるようにしてピシャリと言った。

「ですがマリア様──」
 反論しようとするアイリーンに、

「却下と言ったら却下よ。これは主である私の命令よ。私はあんたの作戦を認めないし、異論を出すことも認めないわ。別の作戦を考えなさい」

 私は有無を言わさない強い口調で命令した。
 
 だってそうでしょ?
 だってそんなの絶対いやだもん!

 この私が!
 王家すら凌ぐ莫大な財力を持つセレシア侯爵家令嬢のマリア=セレシアが!

 使用人の格好をするなんて絶対に嫌なのよ!
 そんなの末代までの恥じゃない!

 これから先ライバルたちに、

『ごきげんよう、使用人の格好をしてまで逃げのびようとした無様なマリア=セレシアさん(プゲラwww』
『今日はメイド服ではなく、綺麗なドレスを着ておられますのね(ぷーくすくすww』
『なんとなく雰囲気が違いますけど、もしかして今日も使用人と入れ替わっておられたりするのでしょうか?(大爆笑wwwwww』

 とか永遠に言われ続ける羽目になるんだよ!?

 ひいぃぃっ!!
 想像するだけでおぞましいわ……!
 全身に鳥肌が立っちゃう!

 そんなことになったらもう私、恥ずかし過ぎて2度とパーリーに参加できなくなるじゃないの!

 嫌いやイヤ嫌!
 嫌ったら嫌!
 絶対に嫌!

 それだけは何が何でも絶対の絶対に嫌なんだからねっ!!