「セバスチャン。うん、話してくれるかしら?」

「それではご説明いたします。現在、我が国内ではマリア様こそが神に使わされた聖女であるとする『神の使い聖女マリア降臨論』が庶民の間で急速に広まっております」

「なにそれ初耳なんだけど」

 もしかして皮肉?
 それとも嫌味?

 セレシア侯爵家令嬢マリア=セレシアにケンカを売る気なら、受けて立つわよクソ庶民ども。

「マリア様は世間の評判などまったく気にされない豪胆なお方ですからな。しかしながら国王陛下は違っておられました。王である自らの権威失墜を恐れた国王陛下は、マリア様を捕えて亡き者にしようと考えたようなのです」

「なによそれ……どう考えても人違いでしょ?」
 あまりに荒唐無稽な話に、私は愕然とした。

 そもそも私、自分さえよければ国家とか他人なんてどうでもいいタイプの人間なんだけど?
 自分で言うのも何なんだけど、その辺はちゃんと自覚してるんだけど?

 だって言うのに、なにがどうアクロバティックにねじ曲がったららそんな話になるのよ?

「いいえ、間違いなくマリア様のことにございます」

「うそん……。あ、でも待って? お父さまがこんなことをお許しになるはずがないわよ。そうよ、お父さまがこんな暴挙をお許しになるはずがないわ」

 その事実に行きあたって私は少しだけホッとした。

 セレシア侯爵家は今や貴族で一番の権勢を誇っている。
 つまりお父さまが軽く抗議すればすぐに解決するはずだもんね。

「そうでしょうな」
「だったら安心――」

「だからお館様(マリアのお父さんのセレシア侯爵)が領地に戻られているこのタイミングで、国王陛下は兵を差し向けてきたのです。たとえこの件で今後お館様と険悪になろうとも、マリア様だけは何が何でも亡き者にしようという腹づもりなのでしょう」

「そ、そんなぁ……」

 だってそんな、絶対勘違いなのに……。

「ともあれ。まずはなんとか要求を拒否しつつ、時間を引き延ばしながら交渉の余地を探ってみましょう」

「た、頼んだわよセバスチャン。あなたならできるわ」

 私は何でも解決してみせるこの凄腕執事に一縷(いちる)の望みを託して送り出した。

 しかし。
 交渉は不調に終わった。

 セバスチャンは何時間にも渡って必死に手を変え品を変え交渉を求め続けたものの。
 王国軍の交渉役は、まったく取り付く島もなかったらしい。
 ただただ期限までに私の身柄を差し出せという一点張りだったそうな。

 そして完全に打つ手がない中、今後についての最後の作戦会議が行われた。

 「最後」というのは、明日の日の出の時刻が私の身柄引き渡しのタイムリミットと言われたからだ。
 日の出の時刻を過ぎたら、取り囲む3000人の兵士が攻め込んでくるらしい……。

 重苦しい雰囲気の私の部屋には、セバスチャンやアイリーン、屋敷の警護騎士隊長といった主だった使用人たちが集まっている。

「屋敷を取り囲む王国軍は3000人以上。対してこちらはわずか100人の私兵と、戦力には換算できない使用人たちのみ。この戦力差では、一度攻められれば屋敷に籠城しても一時間と持ちますまい」

「「「「…………」」」」

 しかし元近衛騎士団長という戦について高い知見のあるセバスチャンの悲観的な見立てに、みんな一様に黙り込んでしまった。

「マリア様の引き渡しの期限は明日の朝、日の出の刻。もはや猶予もございません」

 そんな中。
 私はアイリーンの入れた絶妙な温度の紅茶を飲みながら、セレシア家お抱えパティシエの作ったチョコレート菓子を優雅に口に運んでいた。