この日、私はお父さまの代わりに、外国人居留地を視察していた。
 専属メイドのアイリーンも一緒についてきている。

 だったんだけど、

「なんだかよく分からないものがいっぱいな上に、貧乏くさいところねぇ……」

 私はついついぼやいてしまった。

「外国人居留地の方々は言葉の壁や習慣の違いなどもあって、どうしてもお給金が良いお仕事には就きづらいですからね」

 アイリーンはそう言うものの。
 外国の習慣や文化に詳しいという行政職員にあれこれ説明を受けながら朝からこの辛気臭いエリアを見て回っていた私は、いい加減見て回るのに辟易してしまっていた。

 もう結構見て回ったし、そろそろ切り上げて帰りたいなぁ。
 なんかいい言い訳はないかなぁ、とかなんとか思っていると。

 ふと、とあるお店が私の目に留まった。
 見たこともない美しい生地の衣装が、店先にディスプレイされている。

「なにかしらこれ? ドレス……よね? でもそれにしては変な形をしてるわね? 留め具もないしどうやって着るのかしら?」

 そのドレスを見ても、私にはどうやって着るのかさっぱり思いつかなかった。

「これは東の果てにある島国ヤパルナの民族衣装ですな。確か『着物』という名前のドレスだったでしょうか」
 そんな私に行政職員が説明をしてくれる。

「へぇ、着物ドレスかぁ……ちょっと興味あるわね。うん、じゃあ後の予定はキャンセルね! 私はこの着物ドレスを着てみるわ。勘だけど、これは絶対に良いものよ! もろもろ私に任せない!」

 いい加減、視察に飽きていた私は、口から出まかせで一方的に今後の視察予定をキャンセルすると、呆然とする行政職員を尻目に、着物ドレスとやらを扱うお店に入ってみることにした。

 早速、店主に話をつけて着物を着せてもらったんだけど――、

「マリア様、すごく似合っておられますよ! どうぞ、姿見でお姿をご確認くださいませ。きっと驚かれますよ」

 着付けを済ませた私を見たアイリーンが、興奮で頬を染めながら言った。

 私も早速、姿見で着物を着た自分の姿を見てみたんだけど――、

「な……なにこれ、すごいわ! すごすぎるわ! これが着物! こんなの初めてよ! まるで違う世界の住人になったみたい! 最高よ! こんなドレスが世の中にあったなんて!」

 私はもう興奮を隠しきれなかった。

「いつにも増して、本当にお美しいですよ」

「私もそう思うわ。それにしても最初はどうやって着るのか不思議だったんだけど、帯の締め付けだけで、こんなにもしっかりと着形を保持できるものなのね」

「襟元もスッとしておりますし、美しいうなじが大変魅力的ですよ。全体的にすらっとしていて気品のあるマリア様に、本当によく似合っておられます」

「そうよね、本当に似合っているわよね! もしこれをパーリーに来て行けば、私は間違いなくナンバーワンになれるわ」

 これさえ着れば、絶対に誰にも負けない確信が私にはあった。
 ついでに、この着物というドレスとその制作技術を独り占めしなくてはいけないという強い思いも抱いていた。

 これは……下手な金銀財宝よりもはるかに価値があるわ。

 着物は見る人が見れば、その凄まじい価値にすぐに気付くことだろう。
 そうなる前にこの技術を私だけのものにしないと。

 幸いなことに、今は私だけしかその価値を知らないのだから。
 ふふふふ、そうと決まれば話は早い。