「ふんふ~ん♪ ふんふんふ~ん♪」
 鼻歌交じりに学園に行くための朝の支度をしている私に、

「マリア様は今日はとてもご機嫌の様子ですね。何かいいことでもあるんですか?」
 アイリーンがにこやかに尋ねてきた。

「あらやだ分かっちゃう? でもどうしようかなー、教えてあげようかなー、教えないでおこうかなー。まぁあなたがどうしてもって言うのなら、聞かせてあげてもいいんだけれど?」

 私は当然もったいぶってみせた。

 正直、誰かに話したくて話したくて堪らないんだけど、私ってばスーパーセレブのセレシア家令嬢なのよね。

 かなり付き合いも長くなって、何でも話せるようになった気心の知れた専属メイドとはいえ。
 たかがメイドのアイリーンとは決して対等な立場じゃないわけよ。

 つけ上がらせないためにも、アイリーンが必死に聞きたいとお願いをするまでは敢えてもったいぶらせてもらおうかしら。

「それはもう是非とも聞かせて頂けないでしょうか?」
 当然私のご機嫌を損なわないようにアイリーンが話に乗ってくる。

 よろしい、そうまで言うのなら教えてしんぜよう!

「実はね、今日は私の愛読しているロマンス小説の最終巻が発売されるのよ」

「あ、『星海の記憶』ですよね。私も読んでますよ」

「そうそう! 苦難続きだった2人がついに結ばれるのよ? もうずっと楽しみにしてたんだから。ああ、早く最終巻が読みたいわ!」

「それはようございましたね。それではマリア様が学園に行かれている間に、私が買っておきましょうか?」

「まったくもう、あんたは何も分かってないわね。こういうのは自分の手で買うからこそ価値があるんじゃない。そういうわけで、帰りに高級ブックストアに寄るから帰宅が少し遅くなるってセバスチャンに伝えておきなさい」

「かしこまりました」

「さーてと、早く放課後にならないかなぁ~~♪」


~~放課後。

「今日発売のマナシーロ=カナタニア先生の『星海の記憶』の最終巻はどこにあるのかしら? お友だちにも勧めるから200冊ほど買いたいの」

 私はセレブ御用達の高級ブックストアに着くなり店主に尋ねたんだけど、

「ああ、それでしたら出版禁止になったので販売はしてないんですよ」
 店主からは全く想定していなかった回答が返ってきた。

「はぁ!? 最終巻の出版が禁止されたですって!? いったいどういうことよ!? とっとと説明しなさいな!」

 もちろん私はブチ切れて店主を問い詰める。

「そ、そうは言われてましても、私どもも急な話で困っているところでして。なにせ貴族のご令嬢がたを中心に大人気のシリーズの最終巻ですし」

「そんなことは知ってるわよ! だからなんでなのよ!? 理由は! 理由を言いなさい! 私は今日これを読むために生きてきたと言っても過言じゃないのよ!?」

「それが、私どもも詳しい経緯などは存じ上げないのですが、なんでも文化庁の方で『いたずらに性欲を想起させるわいせつな文書』に指定されたそうでして……」

「はぁっ!? そんなわけないでしょ。『星海の記憶』は対立する2つの公爵家に生まれた男女の、苦難に満ちた恋の過程を丁寧に描いた純愛ラブロマンスよ! あんた目が腐ってんの!?」

「そんなことを言われましても……私どもも政府の方から通達があれば、売ることはできませんので……」

「なにそれ、むっかー! 政府が何よ! この私の楽しみを奪うとか絶対に許さないんだから!!」

 私は激しく憤慨して帰宅すると、必死になだめようとするアイリーンを押しのけて執事のセバスチャンを呼び出すと、命令した。

「なんでか知らないけど出版禁止になっているマナシーロ=カナタニア先生の『星海の記憶』の最終巻がどうしても読みたいの。どんな手を使ってもいいから、いくらお金がかかってもいいから。なにがなんでも読めるようにしてちょうだい」

「かしこまりましたマリア様。そういうことでしたら王家直属の特務騎士団『ヘル・ハウンド』に、私が近衛騎士団長を務めていた頃の盟友が所属しております。アルツハウザー卿というのですが、なにやら少々不可解なことが起こっているようですし、彼に探りを入れてもらいましょう」