「あなたとの婚約は破棄させていただきます」

 私――侯爵令嬢マリア=セレシアは、豪華パーリー会場のど真ん中に婚約者の男を呼びつけると、声も高らかに一方的に婚約破棄を宣告した。
 ちなみに相手は落ちぶれつつある公爵家の次男坊だ。

 私の生まれたセレシア侯爵家よりも、圧倒的に上の家格である公爵家ではあるものの。

 今や王家をもしのぐと言われるほどの莫大な富を持つセレシア侯爵家と比べれば、もはやその格差は火を見るよりも明らかだ。
 なので2人の力関係という意味においては、私の方が圧倒的に立場が上だった。

「と、突然どうしたんだいマリア? 俺が一体何をしたと言うんだい? 多分だけど、君はなにか誤解をしているに違いない。だから少し落ち着いて話をしないかい?」

 私の突然の宣告に、婚約者(この時点で元・婚約者だが)はあたふたと右往左往する。
 ま、当然よね。

 落ちぶれつつある実家を救うために、セレシア家の莫大な富をあてにして婚約したようなものなのに。
 それを一方的に破棄されてしまったんだもん。

 その焦った姿を見下すようににんまりと笑いながら私は言った。

「ご自分の胸にお聞きになってはいかかですか? 心当たりがないとは言わせませんわ」

「マリア、さっきからいったい何を言ってるんだ。俺は君のことを愛して――」

「お黙りなさい!」

 私はピシャリと言って婚約者を黙らせた。
 大きな声が響き渡ったことで、パーリー会場が静まりかえる。

 ――とまぁそんな風に言ったものの。
 本当のところは特に理由はないんだよね。

 ま、強いて言うならこいつが気に入らないから?(笑)

 お父さまの顔を立てるために一応ちょっとの間だけ婚約者にしてあげたんだけど。
 なんかこうやっぱりパッとしないのよね、こいつ。

 栄えある公爵家の人間のくせに、格下の侯爵家の私に気に入られようと必死に媚びを売ってくるのが、あまりにみすぼらしくて情けないんだもの。

 だから特になにか不義理をされたわけでもなかったんだけど、婚約を破棄してやったのだ。

 胸に聞いてみろとか言われても、そりゃ心当たりはないわよね。
 だってそれ、私の口から出まかせなんだもん(笑)

 さてさて、この後こいつはどう出るかな?
 私の方はどんな答えを言われても、ボコボコに言い返すだけのシミュレーションをしてきてるからね。

 さぁ文句があるなら、言い返してみなさいな!
 ま、それ以前に自分の置かれている立場的に、私に言い返すことなんてできないでしょうけど。
 ぷーくすくす(笑)

「……そうか、そういうことか。ありがとうマリア」
「……え?」

 だから突然感謝の言葉を告げられて、臨戦態勢だった私は意味が分からずに目を丸くしてしまった。

「マリアは俺の本当の気持ちに気付いていたんだね」
「……はい?」

「やはりそうだったのか」
「いえ、今の『はい』は、肯定ではなく聞き返した感じの『はい?』なんですけど――」

 しかし私の言葉尻に被せるように婚約者は言った。

「みなまで言わなくていいさ。そうさ、全部マリアの言うとおりなんだから」「えっ!?」

「俺はこれまでずっと父に言われた通りに生きてきた。君との婚約もそうだ。実家である公爵家のために君を愛そうとした。自分の本当の心を偽ってね」

「ほ、本当の心……ですか?」

「だけどこうやって君から自分の心に正直になれと言われて、やっと分かったんだ」

「ほ、ほえっ?」

 婚約者はそこまで言うと、パーリーに参加している一人の女性の前に歩いていき(ひざまづ)いた。
 そして高らかに告げた。

「ウェンディーヌ。俺はずっとあなたのことを愛していました。ですが家のことを考えて今日までその心を殺してきたのです。だけどマリアに自分の心に正直になれと言われてやっと分かりました。俺はあなたのことを愛していると。あなたしか愛せないのだと。俺は今日をもって自分の心を殺して生きるのはやめます。だからどうか俺と結婚してください」

「はい、喜んで――」

 二人はひしと抱き合うと熱いキッスを交わした。
 最初はポカーンとしていたパーリーの参加者たちも、次々に祝福の拍手を送っていく。

「ありがとうマリア。君が悪役を買って出てくれたおかげで、俺は真実の愛に気付くことができた。感謝してもしきれない。愛の女神とは君のような女性のことを言うのだろうね」

「は、はぁ……」

「父は反対するだろうが必ず説得してみせる。そしてウェンディーヌと必ず結婚する。結婚式には絶対に呼ぶから、招待状が届くのを楽しみに待っていて欲しい」

「え、あ、はい……」

 こうして私の婚約者(元)は、私との婚約を解消して本当に好きだったウェンディーヌと結婚する事になった。


~~後日。


 公爵はパーリーでの一連の出来事を聞いて心から涙し、2人の結婚を認め、今では2人は結婚を前提にとても幸せに暮らしているという。


「……どうしてこうなった?」

 私はさっき届けられたばかりの結婚式の招待状(もちろんVIP席)を見ながら、首を傾げたのだった。