【4】五十三日前
それからというもの、僕はたびたび四季宮さんに呼び出されては、遊びに連行された。
やれボーリングだ、やれショッピングだ、やれラーメン屋だと、彼女に言われるがままに連れまわされたわけなのだけど。
もう最近に至っては、自遊病のことは関係のない場所まで連れ出される始末だった。
だけどそれを主張したところで、口の達者な彼女に口下手な僕が叶う訳もなく、彼女に引っ張られるままに遊びに出かけていた。
もちろん、楽しい。
行動力に乏しい僕を振り回してくれるくらいにパワフルで、声が小さく早口な僕に呆れずに付き合ってくれて、何より檸檬の香りみたいに爽やかな声で笑う彼女と一緒にいられることは、とてもとても、幸運なことだと思う。
だけどそれゆえに怖くもある。
なにか、とんでもないしっぺ返しがあるんじゃないかと身構えてしまう。
これだけの幸運を、なんの見返りもなしに受け取れるほど、僕は素直な性格をしていなかった。
放課後。学校の階段を上り、自分の教室を目指す。
四季宮さんは、友達の八さんと一緒に遊びに行くとかで、今日の僕はフリーだった。
日直の用事を済ませ、人も減って来た校内を歩き、自分の教室前までやってきた。ふと、先日四季宮さんと教室の中で話したことを思い出した。
『要するにね、真崎君。君はもっと、自分の言葉に句読点を打って、しっかり、はっきり、相手に自分の考えを伝えるべきだよ』
単語と単語の間を、あるいは文節を、区切って分けて、相手に明確に伝わるようにする。確かにそれは大切なことなのだろう。四季宮さんの言う事は概ね正しい。
だけど、自分の言葉に自信がある人にしかできないことだとも思ってしまった。
きっと彼女が思っている以上に、僕は情けなくて、自信のない人間なのだ。
四季宮さんは「じゃあ、まずは私と話すところから練習しよう」なんて言ってくれたけど、果たしてそれで改善するかどうか……。
「最近茜ちゃん、あの子と仲いいねー。誰だっけー? あの、ほら、えーと」
「藤堂真崎君?」
「そーそー、藤堂君。前からあんなに仲良かったっけ?」
教室の中から僕の名前が聞こえて、思わず扉にかけた手を引っ込めた。
条件反射とでも言えばいいのか。気にせず入れば良かったのに、これではまるで盗み聞きしているみたいで、ちょっと決まりが悪い。
四季宮さんと話しているのは、八さんだった。
八織江さん。四季宮さんの親友で、四季宮さんとは別方向に突き抜けて明るい子だ。嫌いではないけど、苦手なタイプだった。
「んー、仲良くなったのはここ最近かな?」
「ほへー。なんかあったの?」
「それは秘密ー」
「えー! なんでよー! 私と茜ちゃんの仲じゃんかー!」
どうやら教室の中には二人しかいないらしい。
同じく、廊下側にも僕以外に人影はない。
だからだろうか、二人の声は、扉を挟んでいてもよく聞こえた。
「だーめ。織江ちゃんには、もう私の秘密知られちゃってるから。これ以上バレちゃったらフェアじゃないもん」
「いいじゃんアンフェアでもー。秘密握りたーい。茜ちゃんを牛耳りたーい」
「ふふ、なにそれ。変なの」
秘密……秘密ってなんだ? と首をかしげる。
自遊病のことかと一瞬思ったが、それは八さんですら知らない内容だったはずだ。
だとすれば一体……。
「藤堂君とお出かけとかしたんっしょー?」
「したよ。この前は一緒に激辛ラーメン屋さん行ったんだー」
「ずるーい! 私も行きたーい!」
「織江ちゃんは辛い物苦手でしょ?」
「うぬぬ、そうだけど……そうだけどぉ」
ちなみに四季宮さんは僕がひいひい言いながら食べ切ったラーメンを、ぺろりと平らげていた。カーディガンを脱ぐ要素なんてどこにもなかった。これなら他の誰かと来ても問題なかったのではないかと思ったが、単純に、八さんと一緒には来られない場所に付き合わされただけだったのかもしれない。
「でもさあ、大丈夫なの?」
「大丈夫って……何が?」
「いやー、ほら」
「茜ちゃんの婚約者の話、藤堂君は知ってるの?」
がつっ!
と大きな音がした。
それが、僕が扉にぶつかってしまったからだと気づくのに数拍の間を要した。
加えて、真っ白になった頭が稼働するまでにもう数拍。
不審に思ったのだろう。
がらりと扉がスライドしたかと思うと、八さんがきょとんとした顔で立っていた。
「あ、ありゃ? 藤堂君、なんでこんなところに――」
何か言われる前に、僕は走り出した。
荷物は全部教室に置きっぱなしだったけど、知ったことではなかった。
何かに追われるように、バクバクと荒く脈打つ心臓の音を聞きながら廊下を走り抜けた。
「真崎君、待って!」
呼ばれた気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。
僕の都合のいい聞き間違いだったかもしれない。
彼女に引き留めて欲しいと願う、僕の頭が勝手に作り上げた幻聴だったとしても驚きはしない。
※
その日の夜、あらかたの事情を話し終えると、御影は開口一番に言った。
「あのなあ、俺はお悩み相談窓口じゃなんだが」
「知ってるよ、そんなこと」
「毎度毎度、納期ギリギリに電話かけてきやがって……」
知るもんか。
お前だって僕の予定なんてガン無視で、イラストのチェッカーさせるじゃないか。
「ったく織江のやつ……もうちょっと声落として話せっつーの……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもない」
何事もなかったように、御影が言う。
「んで、お前はその婚約者の話を聞いて、ショックを受けていると」
「……ちょっと違う」
「何が違うんだよ」
「ショックを受けてることに、ショックを受けてるっていうか……」
期待なんてしていないつもりだった。
四季宮さんと僕では、住んでいる世界が違う。クラスで人気者の彼女が、僕と仲良くしてくれているのは、たまたま僕が、自遊病のことを知ったからだ。あの日、階段で僕が彼女を受け止めなければ、きっと卒業まで会話を交わすことすらなかっただろう。
家によばれたり、プールに一緒に遊びに出かけたりしたのは、彼女の欲求に合致する人物が、たまたま僕だったというだけの話だ。
だから、勘違いしてはいけない。期待するなんてもってのほかだ。
そう自分に言い聞かせていたはずなのに、婚約者の話を聞いた瞬間、頭が真っ白になってしまった。そんな自分に、ショックを受けた。彼女と特別な仲になれるのではないかと無意識下で期待していた自分に、幻滅した。
「ふーん。面倒くさいやつ」
「うるさいな……。お前にだけは言われたくない」
「それで、お前はこれからどうするわけ。四季宮さんとのつながりを全部、切っちまうのかよ」
「それは……」
例えばまた、彼女から遊びに誘われたら……僕はどう思うのだろうか。
……うん、嬉しいだろうな。四季宮さんと遊ぶのも、話すのも、とても楽しいから。
だけど同時に、辛くもあるだろう。これまでと同じように、四季宮さんに接することができるかどうか、自信はなかった。
「……分からない」
「ま、そうだろうな」
炭酸の抜ける音がして、御影は少しの間黙り、そして続けた。
「何はともあれ、お前はまず、四季宮さんから直接話を聞くべきだと思うぜ。お前が走って逃げた時、呼び止めてくれてたんだろ?」
「……多分」
幻聴だったかもしれないけど。
「だったら一度、ちゃんと二人で話し合ってみるんだな。愚痴ったり嘆いたりすんのは、その後でも遅くないだろ」
「それはそうだけど……」
その時、スマホが一つぶるりと震えた。
四季宮さんからだった。
着信音が聞こえたのか、御影が問う。
「メッセ?」
「うん、四季宮さんから。今日のことについて、明日詳しく話したいって」
「ふーん、良かったじゃん」
「良かった……のかな?」
僕は、今日突然逃げてしまったことを謝りつつ「了解」と打ち込む。
いつも通りの味もそっけもない返事が、なのになぜか、よそよそしく見える。
「お前、鈍感だな」
「何がだよ」
さっきから、御影の発言がイマイチ要領を得ない。
良かったとか鈍感だとか……いったい何の話をしてるんだ?
御影はあきれたようにため息をついて、続けた。
「あのなあ。婚約者がいることなんて、別にわざわざお前に言う必要ないだろ? ただの友達に家の事情を全部話す義務なんてないしな」
「うん」
「なのに四季宮さんは、お前に話したいって言ってるわけだ。わざわざ、メッセまでおくってきて」
「だから、それがどうしたんだよ」
「脈ありってやつじゃねぇの?」
僕は数舜、御影の言葉の意味を考えて。
そして力なく笑った。
「それはないよ」
確かに僕たちがただの友達なら、そういう解釈もあったかもしれない。
だけど、僕たちは普通じゃない。
幻視と自遊病。
互いの秘密を知っている関係。
四季宮さんにとっては、自分の全てをさらけ出せる、唯一のクラスメイト。
だからきっと四季宮さんは、僕に隠し事をしていたことを少し気に病んでいて、すべてを話したいと思ったのだろう。まじめな人だ。
僕の覇気のない声を聴いて、今日は何を言っても無駄だと思ったのだろう。
御影は話をまとめた。
「とにかく、さっさと明日話を聞いてスッキリさせて来い」
「うん、分かった。ありがとな、御影」
「礼なんていらねーよ。つーか、二度とこんな電話はごめんだからな」
通話がぶつんと切れる。
僕はスマホをベッドに投げ出して、そのまま自分の体も横たえた。
明日の夜には、この心のもやもやも、晴れているだろうか。それとも、もっと陰鬱な気持ちになっているのだろうか。
たった六十秒先の未来しか見ることのできない僕には、あずかり知らぬことだった。
そして翌日。
僕は思わぬ形で、四季宮さんの婚約者について知ることになる。
もっと正確を期して言うならば――僕は彼女の婚約者と、会うことになる。
それからというもの、僕はたびたび四季宮さんに呼び出されては、遊びに連行された。
やれボーリングだ、やれショッピングだ、やれラーメン屋だと、彼女に言われるがままに連れまわされたわけなのだけど。
もう最近に至っては、自遊病のことは関係のない場所まで連れ出される始末だった。
だけどそれを主張したところで、口の達者な彼女に口下手な僕が叶う訳もなく、彼女に引っ張られるままに遊びに出かけていた。
もちろん、楽しい。
行動力に乏しい僕を振り回してくれるくらいにパワフルで、声が小さく早口な僕に呆れずに付き合ってくれて、何より檸檬の香りみたいに爽やかな声で笑う彼女と一緒にいられることは、とてもとても、幸運なことだと思う。
だけどそれゆえに怖くもある。
なにか、とんでもないしっぺ返しがあるんじゃないかと身構えてしまう。
これだけの幸運を、なんの見返りもなしに受け取れるほど、僕は素直な性格をしていなかった。
放課後。学校の階段を上り、自分の教室を目指す。
四季宮さんは、友達の八さんと一緒に遊びに行くとかで、今日の僕はフリーだった。
日直の用事を済ませ、人も減って来た校内を歩き、自分の教室前までやってきた。ふと、先日四季宮さんと教室の中で話したことを思い出した。
『要するにね、真崎君。君はもっと、自分の言葉に句読点を打って、しっかり、はっきり、相手に自分の考えを伝えるべきだよ』
単語と単語の間を、あるいは文節を、区切って分けて、相手に明確に伝わるようにする。確かにそれは大切なことなのだろう。四季宮さんの言う事は概ね正しい。
だけど、自分の言葉に自信がある人にしかできないことだとも思ってしまった。
きっと彼女が思っている以上に、僕は情けなくて、自信のない人間なのだ。
四季宮さんは「じゃあ、まずは私と話すところから練習しよう」なんて言ってくれたけど、果たしてそれで改善するかどうか……。
「最近茜ちゃん、あの子と仲いいねー。誰だっけー? あの、ほら、えーと」
「藤堂真崎君?」
「そーそー、藤堂君。前からあんなに仲良かったっけ?」
教室の中から僕の名前が聞こえて、思わず扉にかけた手を引っ込めた。
条件反射とでも言えばいいのか。気にせず入れば良かったのに、これではまるで盗み聞きしているみたいで、ちょっと決まりが悪い。
四季宮さんと話しているのは、八さんだった。
八織江さん。四季宮さんの親友で、四季宮さんとは別方向に突き抜けて明るい子だ。嫌いではないけど、苦手なタイプだった。
「んー、仲良くなったのはここ最近かな?」
「ほへー。なんかあったの?」
「それは秘密ー」
「えー! なんでよー! 私と茜ちゃんの仲じゃんかー!」
どうやら教室の中には二人しかいないらしい。
同じく、廊下側にも僕以外に人影はない。
だからだろうか、二人の声は、扉を挟んでいてもよく聞こえた。
「だーめ。織江ちゃんには、もう私の秘密知られちゃってるから。これ以上バレちゃったらフェアじゃないもん」
「いいじゃんアンフェアでもー。秘密握りたーい。茜ちゃんを牛耳りたーい」
「ふふ、なにそれ。変なの」
秘密……秘密ってなんだ? と首をかしげる。
自遊病のことかと一瞬思ったが、それは八さんですら知らない内容だったはずだ。
だとすれば一体……。
「藤堂君とお出かけとかしたんっしょー?」
「したよ。この前は一緒に激辛ラーメン屋さん行ったんだー」
「ずるーい! 私も行きたーい!」
「織江ちゃんは辛い物苦手でしょ?」
「うぬぬ、そうだけど……そうだけどぉ」
ちなみに四季宮さんは僕がひいひい言いながら食べ切ったラーメンを、ぺろりと平らげていた。カーディガンを脱ぐ要素なんてどこにもなかった。これなら他の誰かと来ても問題なかったのではないかと思ったが、単純に、八さんと一緒には来られない場所に付き合わされただけだったのかもしれない。
「でもさあ、大丈夫なの?」
「大丈夫って……何が?」
「いやー、ほら」
「茜ちゃんの婚約者の話、藤堂君は知ってるの?」
がつっ!
と大きな音がした。
それが、僕が扉にぶつかってしまったからだと気づくのに数拍の間を要した。
加えて、真っ白になった頭が稼働するまでにもう数拍。
不審に思ったのだろう。
がらりと扉がスライドしたかと思うと、八さんがきょとんとした顔で立っていた。
「あ、ありゃ? 藤堂君、なんでこんなところに――」
何か言われる前に、僕は走り出した。
荷物は全部教室に置きっぱなしだったけど、知ったことではなかった。
何かに追われるように、バクバクと荒く脈打つ心臓の音を聞きながら廊下を走り抜けた。
「真崎君、待って!」
呼ばれた気がしたけれど、気のせいだったかもしれない。
僕の都合のいい聞き間違いだったかもしれない。
彼女に引き留めて欲しいと願う、僕の頭が勝手に作り上げた幻聴だったとしても驚きはしない。
※
その日の夜、あらかたの事情を話し終えると、御影は開口一番に言った。
「あのなあ、俺はお悩み相談窓口じゃなんだが」
「知ってるよ、そんなこと」
「毎度毎度、納期ギリギリに電話かけてきやがって……」
知るもんか。
お前だって僕の予定なんてガン無視で、イラストのチェッカーさせるじゃないか。
「ったく織江のやつ……もうちょっと声落として話せっつーの……」
「なんか言った?」
「いや、なんでもない」
何事もなかったように、御影が言う。
「んで、お前はその婚約者の話を聞いて、ショックを受けていると」
「……ちょっと違う」
「何が違うんだよ」
「ショックを受けてることに、ショックを受けてるっていうか……」
期待なんてしていないつもりだった。
四季宮さんと僕では、住んでいる世界が違う。クラスで人気者の彼女が、僕と仲良くしてくれているのは、たまたま僕が、自遊病のことを知ったからだ。あの日、階段で僕が彼女を受け止めなければ、きっと卒業まで会話を交わすことすらなかっただろう。
家によばれたり、プールに一緒に遊びに出かけたりしたのは、彼女の欲求に合致する人物が、たまたま僕だったというだけの話だ。
だから、勘違いしてはいけない。期待するなんてもってのほかだ。
そう自分に言い聞かせていたはずなのに、婚約者の話を聞いた瞬間、頭が真っ白になってしまった。そんな自分に、ショックを受けた。彼女と特別な仲になれるのではないかと無意識下で期待していた自分に、幻滅した。
「ふーん。面倒くさいやつ」
「うるさいな……。お前にだけは言われたくない」
「それで、お前はこれからどうするわけ。四季宮さんとのつながりを全部、切っちまうのかよ」
「それは……」
例えばまた、彼女から遊びに誘われたら……僕はどう思うのだろうか。
……うん、嬉しいだろうな。四季宮さんと遊ぶのも、話すのも、とても楽しいから。
だけど同時に、辛くもあるだろう。これまでと同じように、四季宮さんに接することができるかどうか、自信はなかった。
「……分からない」
「ま、そうだろうな」
炭酸の抜ける音がして、御影は少しの間黙り、そして続けた。
「何はともあれ、お前はまず、四季宮さんから直接話を聞くべきだと思うぜ。お前が走って逃げた時、呼び止めてくれてたんだろ?」
「……多分」
幻聴だったかもしれないけど。
「だったら一度、ちゃんと二人で話し合ってみるんだな。愚痴ったり嘆いたりすんのは、その後でも遅くないだろ」
「それはそうだけど……」
その時、スマホが一つぶるりと震えた。
四季宮さんからだった。
着信音が聞こえたのか、御影が問う。
「メッセ?」
「うん、四季宮さんから。今日のことについて、明日詳しく話したいって」
「ふーん、良かったじゃん」
「良かった……のかな?」
僕は、今日突然逃げてしまったことを謝りつつ「了解」と打ち込む。
いつも通りの味もそっけもない返事が、なのになぜか、よそよそしく見える。
「お前、鈍感だな」
「何がだよ」
さっきから、御影の発言がイマイチ要領を得ない。
良かったとか鈍感だとか……いったい何の話をしてるんだ?
御影はあきれたようにため息をついて、続けた。
「あのなあ。婚約者がいることなんて、別にわざわざお前に言う必要ないだろ? ただの友達に家の事情を全部話す義務なんてないしな」
「うん」
「なのに四季宮さんは、お前に話したいって言ってるわけだ。わざわざ、メッセまでおくってきて」
「だから、それがどうしたんだよ」
「脈ありってやつじゃねぇの?」
僕は数舜、御影の言葉の意味を考えて。
そして力なく笑った。
「それはないよ」
確かに僕たちがただの友達なら、そういう解釈もあったかもしれない。
だけど、僕たちは普通じゃない。
幻視と自遊病。
互いの秘密を知っている関係。
四季宮さんにとっては、自分の全てをさらけ出せる、唯一のクラスメイト。
だからきっと四季宮さんは、僕に隠し事をしていたことを少し気に病んでいて、すべてを話したいと思ったのだろう。まじめな人だ。
僕の覇気のない声を聴いて、今日は何を言っても無駄だと思ったのだろう。
御影は話をまとめた。
「とにかく、さっさと明日話を聞いてスッキリさせて来い」
「うん、分かった。ありがとな、御影」
「礼なんていらねーよ。つーか、二度とこんな電話はごめんだからな」
通話がぶつんと切れる。
僕はスマホをベッドに投げ出して、そのまま自分の体も横たえた。
明日の夜には、この心のもやもやも、晴れているだろうか。それとも、もっと陰鬱な気持ちになっているのだろうか。
たった六十秒先の未来しか見ることのできない僕には、あずかり知らぬことだった。
そして翌日。
僕は思わぬ形で、四季宮さんの婚約者について知ることになる。
もっと正確を期して言うならば――僕は彼女の婚約者と、会うことになる。