逆上せるような暑さが容赦なく押し寄せる朝。

休日出勤のサラリーマンに揉まれながら夕食の買い出しに出かけた俺は、黒色の服を着てきてしまったことを早くも後悔していた。

自分のTシャツと同様に地面が焼かれていくのを見ながら信号待ちをしていると、街のビジョンでは丁度俺の星座が占いで一位という情報が流れていた。


『貴方は今日、人生が大きく変わる日を迎えるかも!すぐそこにある運命を見逃さないで!ラッキーアイテムはスニーカーよ!』

「………運命ねぇ」


脳裏に過ぎったのは、彼女の煌めいた笑顔。

あの食事の日から、半月が経とうとしていた。

そこそこ近所に住んでいることは分かっていても偶然はそう重ならないもので、生活環境も職業も異なる相手の姿を見掛けること、それすら叶うことは難しかった。

今となっては会う口実もないし、何なら連絡先も知らない。
二人の縁は、今にも切れようとしていた。


妙に甲高い声のキャラクターが高々と掲げた言葉が頭を反芻する。

『すぐそこにある運命』。

そんなものが本当にあるとすれば、既に掴んでいたっておかしくはない。こう独り身を寂しむことだって、ないはずだ。

やけに捻くれたセリフは飲み込んで、代わりに溜息を吐いた。


(いやいや、大体何を期待してるんだ俺は……)


そもそも、運命なんて陳腐な言葉に縋るほど純朴では無い。
神様の気まぐれで全ての事が動いているのならば、俺はとっくに神様には見放されている。


(あの子だって、きっともう俺の事なんて忘れてるだろうし……)


朝から得意のネガティブを発動しながら、信号が青になった横断歩道を渡る。
今日は休日だからか駅前、人が多いな。

そう思い、何気なく顔を上げた時だった。


ふわりと風に舞う、艶のある髪。

遠くからでも分かる上品な佇まい。

優しさの滲んだ柔らかな表情。


その姿が目に入って一秒。
気づけば俺は走り出していた。
あんなに重かった一歩を、踏み出していた。


汗が地面を濡らした瞬間、冷静になった頭が疑い深く問う。

忘れられていたらどうするんだ。
誰ですか?なんて言われたら立ち直れるのか。
まずあの人は本当にあの子なのか?
人違いなら?ただの過剰反応だったら?


それでも、足は止まらない。

彼女のポジティブさが影響したかな、なんて考えた時にはもう近くまで来ていた。


「……っはぁ……、あの……っ!」


大きく息を呑む。
味わったことの無い緊張の味がした。


「………っ、え!佐藤、さん……!?」



それは。



「……あの……こ、この後」



人生が。



「お、お……お時間、ありませんか…!?」



大きく変わった日。