まだまだ蝉の声が響く午後7時。
園にて明日の準備を終え家に帰る最中、何となくあのコンビニの前を通った。
期待している訳では無い。
ただ単純に、足が向いただけ。
そんな言い訳を背中に乗せて、怪しまれない程度に辺りを見回す。
(いるわけないか……)
そう諦めようとした時だった。
聞き覚えのある声が「すいません」と言った。
それは、俺に向けられていた。
「昨日の方……ですよね?」
時が止まったかのように、首を傾げる彼女が目に焼き付いていく。
返事をしない俺を不思議に思ったのか、あの…と問いかけてくる姿にハッとして、急いで声を返した。
「……へ、あっ!は、はい!そう、です!」
驚きすぎて声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
思わず口を抑えると、目の前からふふっと優しい笑い声。
昨日よりも元気そうだった。
「良かった……!また会えました」
ふわり、微笑んで呟いた言葉を聴き逃しはしなかった。
会えた。そこに込められた意味を考えるにはまだ早いと、脳に警鐘が鳴らされた。
「……実は、ここに行けば貴方に会えるかなって、少し期待してまして……」
「え!?そうなんですか!?」
「はい……やっぱり、お礼をさせて欲しくて…!この後、お時間あったりしますか…?」
「え、あ、時間ならいくらでも…!」
「そっ、それなら、ちょっとだけ付き合って貰うことって出来ますか?美味しいレストランがあるんです」
二つ返事で承諾をした俺を連れて、彼女は歩き出した。
辿り着いた先は、いかにもオシャレなレストラン。
一人で入るには、俺みたいな凡人には苦しいものがあるくらい煌びやかな雰囲気に思わず圧倒されてしまう。
席に着いた後も浮ついた緊張は拭えず、お冷を受け取る手が微かに震えていた。
親切な店員さんに従って、料理を注文すると当然の沈黙が訪れた。
(エゴだ何だと言いながら、結局着いてきてしまった…)
何を話せば良いのやら。俺、面白い話なんて持ってないぞ。どうしよう。
ぐるぐると回り続ける脳を何とか落ち着かせようと体に流したお冷は予想よりも冷たくて、お陰で冷静な思考が戻ってきたように感じる。
(こういう所って、何故か水も美味く感じるよな……)
そんなどうでもいいことを考えながら、傾けた拍子に動いた氷を目で追う。
同時に、ふぅと彼女が息を吐く音がはっきりと耳に入ってきた。
「……あの、いきなり連れてきてしまってすみませんでした。驚き、ましたよね……?」
「え?あー、まあ確かにびっくりはしましたけど……俺、こういうオシャレな店とか来ることないんで、嬉しいですよ」
助け助けられの関係から知り合いへと発展させる為、お互いに自己紹介を済ませた。
ちなみに、幼稚園で名乗る時の癖で下の名前を真っ先に言おうとしてしまったことは断じて秘密だ。
「佐藤……さん、ですね…!」
「ありふれた名前ですいません…」
「え?いえいえ!素敵なお名前ですよ?それに、覚えやすいですし」
「っ……そんなこと、初めて言われました」
目を逸らした俺に対し、にこにこと笑う彼女は26歳のOLさん。
見た目的に年下だとは思っていたが、園児たちのお母さんでもおかしくない年齢だと知って驚いた。
「佐藤さんはご職業、何をされてるんですか?」
「あー、えっと…一応、その、幼稚園教諭をして、ます」
謎にたどたどしく答えてしまったことを激しく反省する。一応って何だ、一応って。
「幼稚園教諭!?す、凄い……!」
「あ、いや…そんな大層なもんじゃ…」
「誰でも出来る職業じゃないですよ。お仕事、色々と大変でしょう?」
「んー、大変じゃないと言えば嘘になります…でも、その分やり甲斐もありますし、何より子供たちと過ごす時間がとても楽しいんで」
「…何だか素敵ですね」
「へぁ!?そ、そーですかねぇ…?」
ははは、と笑ってみせるが口の中は荒地のように乾いていた。
あれ、俺こんなに話すの下手だっけ…?
ママさんたちと話す時はもっと自然なはずだ。
彼女も同世代なのに、何でこんなにも胸が締め付けられて言葉が上手く出ないのだろうか。
その答えを知る前に、運ばれてきたハンバーグの湯気が二人を包み込んだ。
「わ、美味そう……!」
「ふふ、味は保証しますよ?」
「それは楽しみです!じゃ、いただきます」
何故だか見栄を張って小さく切ってしまった欠片から、じゅわ、と効果音が聞こえるほど熱々な肉汁が顔を出す。
口に入れれば、それは口内を湿らせて丁度いい焼き加減のお肉と上品なソースの香りが身体中に充満した。
美味しい、なんて一言で済ませてしまうのは勿体ないくらいの味わいに、俺は数秒言葉を失っていた。
「………」
「……ど、どうですか…?」
「……はっ、め、めっちゃ美味いです…!美味すぎて、言葉出なかったっていうか……」
「それは良かった…!」
さっきまでがっついてるように見られたくないからとわざわざ控えめに切り分けた事を忘れて、フォークとナイフを動かす手が止まらない。
何だこれ、美味すぎる。
その様子に再度微笑んだ彼女も続けてナイフを手に取り、小ぶりな欠片を丁寧に口に入れた。
きっと育ちがいいんだろうな、この人。
このレストランにも引けを取らない綺麗な仕草に思わず目が奪われてしまう。
「……?ど、どうかしました?」
「えっ、あー何も!そ、それにしても美味いなぁこの肉……!!」
くそ、何でこんなに心臓がうるさいんだ。
女性が飯を食べてる所なんて、同業者で見慣れてるはずなのに。
どうにも、この人の前では落ち着きを保てないようだった。
その後はテンパりながらも、他愛のない話をした。
趣味だとか、仕事の愚痴だとか、経歴だとか。
会話が増える毎に自然と心身も和らぎ、スムーズにラリーを続けることが出来るようになった。気がする。
「へぇ。じゃあ今住んでるお家でも犬を飼ってるんですか?」
「はい!可愛いんですよ〜!トイプードルなんですけど……あ、写真見ます?」
「わ、見たいです……!」
「ちょっと待って下さいね……」
生粋の犬好きだと言う彼女は、実家にも犬が何匹かいるらしく何とも楽しそうに彼らとの思い出を語ってくれた。
「………あれ!?」
「ど、どうしました?」
「えっと……あれ、ま、待って下さいね……!」
この感じ、見覚えがある。
仕事鞄を漁り、焦ったような声を出す。
もしかして。
「…………携帯、家に忘れたんでした……」
俺の勘は不幸にも当たってしまった。
しかも言い方的に、忘れて一日外出していたことすらも忘れていたらしい。
ガクリと分かりやすく肩を落として、「わんちゃんの写真見せたかったです……」と嘆いている。
「あはは……またお恥ずかしいところを見られちゃいましたね……そそっかしくてすみません。私、いつもこうなんです……いつも、ドジばっかで」
そう言いつつも口角は上がっていて、まるで慣れっこと言うようにすぐ気を取り直し、再びハンバーグに手をつけた。
「……分かります。俺もよくやらかすんで。そういうこと」
流石に二日連続で貴重品を家に忘れたことは無いが。
同意しつつも、俺は少し引っ掛かっていた。
いくら気をつけていても起きてしまうのが、トラブルというもの。
それが例え自分のせいではなくとも、不幸に苛まれれば顔は自然と下を向いてしまう。
自身に「闇」が纏わり付いたような感覚になる。
周囲の「光」が羨ましくなる。
早い話、財布を置いてきてしまっただけでもその日一日ブルーになるのに、次の日に今度は携帯電話を忘れたとなれば、俺なら自己嫌悪に陥ってしまうだろう。
何をしてもダメな自分、が浮き出てしまって笑うことすら苦しくなるかもしれない。
それなのに。
「ふふ、そういえば昨日もそう言ってくれましたね。私たち、実は似てるのかも」
「……っ」
頬を染めて、嬉しそうに眉を下げる。
俺が助けた時の、あの可愛い笑顔だった。
(どうして……)
ふと、聞きたくなった答えを求めてしまった。
眩しすぎる「光」から目を背けながら。
「……そう毎日ドジとかミスばっかりだと、自分が嫌になりませんか…?」
どうして貴女は、笑っていられるのか。
不幸すら跳ね除けて、立っていられるのか。
我ながら場にそぐわないネガティブな問いをした自覚はある。
けれど、どうしても俺には理解できなかった。
だから、気になって仕方なかったんだ。
一瞬驚いたような顔をしてから一拍置いて、彼女は答える。
「……確かに、こんなことになったのは自分のせいだって思うことも勿論あります。こうドジばかりやっていると尚更……」
ですよね、と同意するより早く、俺を強い意志の宿った瞳が捕えていた。
「でも、私はそんな所さえも私なんだって受け入れるようにしています。逆に言えば、ドジしない私は私じゃないというか……ま、人に迷惑を掛けるのは本当にダメなことですし、それはそれでどうなんだって話ですが」
目の前で放つ言葉一つ一つが、まるで覚えたてのように頭に流れ込んでくる。
何もかもが新鮮で、瞬きすら忘れるくらい目の前の人物に魅入ってしまう。
「それに」
花が舞うような笑顔、をそのまま具現化したような顔で彼女は続ける。
「今回の場合、ドジのお陰で佐藤さんに出会えましたから」
「………っ!」
こんなにも素敵な人は、これまでいただろうか。
咄嗟にそう感じてしまうほどの衝撃。
まるで、脳に雷が鳴ったようだった。
「私、あの時助けてくれたのが優しい佐藤さんで良かったって思います」
何をしてもネガティブで、卑屈で、悲観的。
そんな自分とは違う考え方が、どうしようもなく綺麗に見えた。
俺が返事をする前に、カランとコップの中の氷が底に落ちた音がした。
園にて明日の準備を終え家に帰る最中、何となくあのコンビニの前を通った。
期待している訳では無い。
ただ単純に、足が向いただけ。
そんな言い訳を背中に乗せて、怪しまれない程度に辺りを見回す。
(いるわけないか……)
そう諦めようとした時だった。
聞き覚えのある声が「すいません」と言った。
それは、俺に向けられていた。
「昨日の方……ですよね?」
時が止まったかのように、首を傾げる彼女が目に焼き付いていく。
返事をしない俺を不思議に思ったのか、あの…と問いかけてくる姿にハッとして、急いで声を返した。
「……へ、あっ!は、はい!そう、です!」
驚きすぎて声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
思わず口を抑えると、目の前からふふっと優しい笑い声。
昨日よりも元気そうだった。
「良かった……!また会えました」
ふわり、微笑んで呟いた言葉を聴き逃しはしなかった。
会えた。そこに込められた意味を考えるにはまだ早いと、脳に警鐘が鳴らされた。
「……実は、ここに行けば貴方に会えるかなって、少し期待してまして……」
「え!?そうなんですか!?」
「はい……やっぱり、お礼をさせて欲しくて…!この後、お時間あったりしますか…?」
「え、あ、時間ならいくらでも…!」
「そっ、それなら、ちょっとだけ付き合って貰うことって出来ますか?美味しいレストランがあるんです」
二つ返事で承諾をした俺を連れて、彼女は歩き出した。
辿り着いた先は、いかにもオシャレなレストラン。
一人で入るには、俺みたいな凡人には苦しいものがあるくらい煌びやかな雰囲気に思わず圧倒されてしまう。
席に着いた後も浮ついた緊張は拭えず、お冷を受け取る手が微かに震えていた。
親切な店員さんに従って、料理を注文すると当然の沈黙が訪れた。
(エゴだ何だと言いながら、結局着いてきてしまった…)
何を話せば良いのやら。俺、面白い話なんて持ってないぞ。どうしよう。
ぐるぐると回り続ける脳を何とか落ち着かせようと体に流したお冷は予想よりも冷たくて、お陰で冷静な思考が戻ってきたように感じる。
(こういう所って、何故か水も美味く感じるよな……)
そんなどうでもいいことを考えながら、傾けた拍子に動いた氷を目で追う。
同時に、ふぅと彼女が息を吐く音がはっきりと耳に入ってきた。
「……あの、いきなり連れてきてしまってすみませんでした。驚き、ましたよね……?」
「え?あー、まあ確かにびっくりはしましたけど……俺、こういうオシャレな店とか来ることないんで、嬉しいですよ」
助け助けられの関係から知り合いへと発展させる為、お互いに自己紹介を済ませた。
ちなみに、幼稚園で名乗る時の癖で下の名前を真っ先に言おうとしてしまったことは断じて秘密だ。
「佐藤……さん、ですね…!」
「ありふれた名前ですいません…」
「え?いえいえ!素敵なお名前ですよ?それに、覚えやすいですし」
「っ……そんなこと、初めて言われました」
目を逸らした俺に対し、にこにこと笑う彼女は26歳のOLさん。
見た目的に年下だとは思っていたが、園児たちのお母さんでもおかしくない年齢だと知って驚いた。
「佐藤さんはご職業、何をされてるんですか?」
「あー、えっと…一応、その、幼稚園教諭をして、ます」
謎にたどたどしく答えてしまったことを激しく反省する。一応って何だ、一応って。
「幼稚園教諭!?す、凄い……!」
「あ、いや…そんな大層なもんじゃ…」
「誰でも出来る職業じゃないですよ。お仕事、色々と大変でしょう?」
「んー、大変じゃないと言えば嘘になります…でも、その分やり甲斐もありますし、何より子供たちと過ごす時間がとても楽しいんで」
「…何だか素敵ですね」
「へぁ!?そ、そーですかねぇ…?」
ははは、と笑ってみせるが口の中は荒地のように乾いていた。
あれ、俺こんなに話すの下手だっけ…?
ママさんたちと話す時はもっと自然なはずだ。
彼女も同世代なのに、何でこんなにも胸が締め付けられて言葉が上手く出ないのだろうか。
その答えを知る前に、運ばれてきたハンバーグの湯気が二人を包み込んだ。
「わ、美味そう……!」
「ふふ、味は保証しますよ?」
「それは楽しみです!じゃ、いただきます」
何故だか見栄を張って小さく切ってしまった欠片から、じゅわ、と効果音が聞こえるほど熱々な肉汁が顔を出す。
口に入れれば、それは口内を湿らせて丁度いい焼き加減のお肉と上品なソースの香りが身体中に充満した。
美味しい、なんて一言で済ませてしまうのは勿体ないくらいの味わいに、俺は数秒言葉を失っていた。
「………」
「……ど、どうですか…?」
「……はっ、め、めっちゃ美味いです…!美味すぎて、言葉出なかったっていうか……」
「それは良かった…!」
さっきまでがっついてるように見られたくないからとわざわざ控えめに切り分けた事を忘れて、フォークとナイフを動かす手が止まらない。
何だこれ、美味すぎる。
その様子に再度微笑んだ彼女も続けてナイフを手に取り、小ぶりな欠片を丁寧に口に入れた。
きっと育ちがいいんだろうな、この人。
このレストランにも引けを取らない綺麗な仕草に思わず目が奪われてしまう。
「……?ど、どうかしました?」
「えっ、あー何も!そ、それにしても美味いなぁこの肉……!!」
くそ、何でこんなに心臓がうるさいんだ。
女性が飯を食べてる所なんて、同業者で見慣れてるはずなのに。
どうにも、この人の前では落ち着きを保てないようだった。
その後はテンパりながらも、他愛のない話をした。
趣味だとか、仕事の愚痴だとか、経歴だとか。
会話が増える毎に自然と心身も和らぎ、スムーズにラリーを続けることが出来るようになった。気がする。
「へぇ。じゃあ今住んでるお家でも犬を飼ってるんですか?」
「はい!可愛いんですよ〜!トイプードルなんですけど……あ、写真見ます?」
「わ、見たいです……!」
「ちょっと待って下さいね……」
生粋の犬好きだと言う彼女は、実家にも犬が何匹かいるらしく何とも楽しそうに彼らとの思い出を語ってくれた。
「………あれ!?」
「ど、どうしました?」
「えっと……あれ、ま、待って下さいね……!」
この感じ、見覚えがある。
仕事鞄を漁り、焦ったような声を出す。
もしかして。
「…………携帯、家に忘れたんでした……」
俺の勘は不幸にも当たってしまった。
しかも言い方的に、忘れて一日外出していたことすらも忘れていたらしい。
ガクリと分かりやすく肩を落として、「わんちゃんの写真見せたかったです……」と嘆いている。
「あはは……またお恥ずかしいところを見られちゃいましたね……そそっかしくてすみません。私、いつもこうなんです……いつも、ドジばっかで」
そう言いつつも口角は上がっていて、まるで慣れっこと言うようにすぐ気を取り直し、再びハンバーグに手をつけた。
「……分かります。俺もよくやらかすんで。そういうこと」
流石に二日連続で貴重品を家に忘れたことは無いが。
同意しつつも、俺は少し引っ掛かっていた。
いくら気をつけていても起きてしまうのが、トラブルというもの。
それが例え自分のせいではなくとも、不幸に苛まれれば顔は自然と下を向いてしまう。
自身に「闇」が纏わり付いたような感覚になる。
周囲の「光」が羨ましくなる。
早い話、財布を置いてきてしまっただけでもその日一日ブルーになるのに、次の日に今度は携帯電話を忘れたとなれば、俺なら自己嫌悪に陥ってしまうだろう。
何をしてもダメな自分、が浮き出てしまって笑うことすら苦しくなるかもしれない。
それなのに。
「ふふ、そういえば昨日もそう言ってくれましたね。私たち、実は似てるのかも」
「……っ」
頬を染めて、嬉しそうに眉を下げる。
俺が助けた時の、あの可愛い笑顔だった。
(どうして……)
ふと、聞きたくなった答えを求めてしまった。
眩しすぎる「光」から目を背けながら。
「……そう毎日ドジとかミスばっかりだと、自分が嫌になりませんか…?」
どうして貴女は、笑っていられるのか。
不幸すら跳ね除けて、立っていられるのか。
我ながら場にそぐわないネガティブな問いをした自覚はある。
けれど、どうしても俺には理解できなかった。
だから、気になって仕方なかったんだ。
一瞬驚いたような顔をしてから一拍置いて、彼女は答える。
「……確かに、こんなことになったのは自分のせいだって思うことも勿論あります。こうドジばかりやっていると尚更……」
ですよね、と同意するより早く、俺を強い意志の宿った瞳が捕えていた。
「でも、私はそんな所さえも私なんだって受け入れるようにしています。逆に言えば、ドジしない私は私じゃないというか……ま、人に迷惑を掛けるのは本当にダメなことですし、それはそれでどうなんだって話ですが」
目の前で放つ言葉一つ一つが、まるで覚えたてのように頭に流れ込んでくる。
何もかもが新鮮で、瞬きすら忘れるくらい目の前の人物に魅入ってしまう。
「それに」
花が舞うような笑顔、をそのまま具現化したような顔で彼女は続ける。
「今回の場合、ドジのお陰で佐藤さんに出会えましたから」
「………っ!」
こんなにも素敵な人は、これまでいただろうか。
咄嗟にそう感じてしまうほどの衝撃。
まるで、脳に雷が鳴ったようだった。
「私、あの時助けてくれたのが優しい佐藤さんで良かったって思います」
何をしてもネガティブで、卑屈で、悲観的。
そんな自分とは違う考え方が、どうしようもなく綺麗に見えた。
俺が返事をする前に、カランとコップの中の氷が底に落ちた音がした。